(2)19歳-初夜-

 

 

半年後、俺は高校を卒業する。

 

そして、父親の母校である大学に進学することが、我が家の長男が選択すべき進路だった。

 

俺にはそのつもりは全くなかったため、父親に反旗を翻すタイミングをはかっていた。

 

 

チャンミンが運転する車は、針葉樹林を貫く山道を下っていた。

 

密集した木々で日光は遮られ、常に薄暗い道だ。

 

山林を抜けると視界が突然開け、西に傾きかけた太陽の光が眩しくて、俺は目を細めた。

 

チャンミンの腕が助手席まで伸びてきて、グローブボックスを探りだした。

 

上半身を傾けたことで俺の鼻先に、夕日でオレンジ色に染まったチャンミンの耳があった。

 

サングラスをつかんだチャンミンは、運転席へと身体を起こした。

 

目の前を通り過ぎるわずかな隙をついて、俺はチャンミンの耳たぶを食んだ。

 

「わあぁぁ!

ユノ!」

 

チャンミンは悲鳴を上げ、車はぐらりと大きく蛇行した。

 

俺がとっさにハンドルを掴んだおかげで、トウモロコシ畑に突っ込んでしまうのは免れた。

 

「事故っちゃうじゃないですか!

もぉ!」

 

「立派な耳だったから、つい」

 

「びっくりしたじゃないですか!」

 

「ごめんごめん」

 

チャンミンのふくれっ面には媚びは一切ない。

 

純真そのままのチャンミンだから、俺は苦しむ羽目になるのだ。

 

ここ1年ほどの俺は以前よりも強烈に、チャンミンに触れたくて仕方がない。

 

舌先をくすぐるだけのキスとハグ...こんな程度の...親愛の情を伝えるだけの優しいものだけじゃあ...足りない。

 

でも、それ以上の行為は?

 

恋愛関係にある者たちは、どうしているのだろうか。

 

級友たちに尋ねることができない。

 

俺は男、チャンミンも男。

 

俺は人間、チャンミンはアンドロイド。

 

『禁断の』という言葉が頭をよぎる。

 

何度も何度も。

 

照れと恐れがあって、チャンミンに訊けずにいる。

 

触ってもいいか?

 

嫌じゃないか?

 

チャンミンのことが好きだから触れたいのに、世間の目はそう捉えてくれないだろう。

 

家庭用に普及しているアンドロイドは、人間たちのコンパニオン的存在だ..例えば配偶者や恋人代わりとして。

 

チャンミンと行為に及ぶことは十分可能だ。

 

...でも、チャンミンをずっと側に置いているのは、それが理由じゃないんだ。

 

...チャンミンと裸で抱き合うなんて...間違ったことをしている気がするんだ。

 

俺の葛藤を露とも知らず、チャンミンは屈託なく俺に触れてくる。

 

学習デスクに向かう俺の背を包み込むように身をかがめる...眠りに就く俺の額にキスをする...木立の下を手を繋いで散策をする...。

 

なんと幼く、ほのぼのと穏やかなことか。

 

俺の中でフラストレーションが溜まっていく。

 

 

俺たちの車はやがて田園地帯を抜け、学校のある隣市を目指している。

 

屋敷がそびえる山林が遠のいてゆく。

 

チャンミンが生まれた工場はあの山林の反対側にあって、ここから望むことはできない。

 

 

チャンミンはいつも、あと数キロで寄宿舎に着くという地点で車を停車させた。

 

そこは肥料倉庫の脇で、この道は学校に用事のある者しか通らない。

 

夕暮れ過ぎの時刻で、ライトを消してしまえば辺りは暗い。

 

俺たちの顔は吸い寄せられる。

 

唇と唇が重なり合い、熱く湿った息が鼻から漏れた。

 

互いの口内へ互いの舌をそろりと引き込んで、形と感触を味わうスロウなキスだ。

 

チャンミンのキスは、控え目な性格をそのまま表している。

 

だから、チャンミンを驚かせないよう、俺はたぎる欲望を全力で抑えているんだ。

 

ところが、今日のキスは今までと違っていた。

 

俺の太ももにチャンミンの手が添えられていた。

 

その手が、俺の太ももの上で動き出した。

 

どういうつもりでいるんだ?

 

男の生理がどんなものなのか、知らないはずはないだろう?

 

チャンミンは指先を、俺の脚の付け根へと滑らせていく。

 

そこより先は駄目だ。

 

キスに集中していられなくなった。

 

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]