(3)僕の失恋日記

 

 

長居し過ぎたかな?

 

店員さんに合図して、コーヒーのお代わりと、サンドイッチを頼んだ。

 

今夜はお惣菜を買って帰ろう。

 

(ユノは何でも喜んで食べてくれる。

できた旦那さんだ)

 

「...?」

 

そこだけかさばったところまでページを繰ると、そこにはCCのプロマイド写真が貼られていた。

 

コメントは何もない。

 

ケジメをつけようと、さよならのつもりで貼ったのだろうか?

 

やっぱり好きだよ、のつもりなのか。

 

僕と言う男は。

 

たかが推しの結婚に、4か月が経っても取り乱したままでいる。

 

当時の心境は、残念ながら思い出すことができない。

 

 


 

 

ー15年前の2月某日ー

 

 

結婚したアイドルなんて需要はないと思う。

そうだ、CCはアイドルを捨てたんだ。

アイドルの座を捨ててまで、CCはその恋人と一緒になりたかったんだ。

そうだ、その通りだ。

 

(※怒りが再燃してきたようだ)

 

 

世の中は、バレンタインまであと何日だって、浮ついている。

去年の僕は、CCのファンクラブ宛にチョコレートとマフラーを送ったけれど、今年の僕はあげたい相手はいない。

でも。

バイト先のバレンタインコーナーはきらびやかでカラフルで、眺めていると気分が上がる。

何かにワクワクする気持ちは久しぶりだ。

 

 

【今日買ったもの】

・チョコレート

(8粒しか入っていないのに、びっくりするくらいの値段。

・牛肉500g

・刺身盛り合わせ

・野菜いろいろ

・調味料

・ワイン

バイト代が入ったばかりだから、贅沢した。

レトルトじゃないものを買ったのは、久しぶりだ。

 

 

僕の部屋で焼き肉をしようとユノを誘ったが、先約あるとのこと。

「申し訳ない」と何度も謝っていた。

突然誘った僕が悪かったのに。

「恋人とデート?」と尋ねたら、「違う」とのこと。

 

 


 

ー15年前の2月某日ー

 

CCのものを捨てられずにいる。

ゴミ袋に入ったまま、押し入れの中に仕舞われている。

未練まみれで捨てられないのだろうか。

意気地なしな自分が情けない。

 

(※捨てられなかったんだよねぇ。

ポスターをやぶったり、CDを割ったり、大胆なことをしていたくせにね。

実家の屋根裏に隠してあったものが、その一部だ。

費やした金額を考えて、勿体なくて捨てられなかったんじゃないんだ。

CCを追っていた日々を否定したくなかったんだろうな)

 


 

(※CCについての記述が、日に日に減ってきていることが嬉しい。

少しずつ元気になっているようだ)

 


 

 

ー15年前の2月某日ー

 

CCは3日後に結婚する。

カウントダウンの日々を送るのに疲れてきた。

僕は疲れ切っている。

 

(※この一文に僕はびっくりだ。

15年前の僕はどのタイミングでこの情報を得たのだろう?

読み返してみたけれど、そんな記述はどこにもない。

そうか。

CCの結婚がいよいよ決定的になる日を知ったんだ。

この日記には、失恋した者が抱く感情を、バリエーション豊かに記録されている。

結婚式の日程を知り、もう一度、落ち込むところからスタートすることになり、それを記すのが辛くなったのだろう)

 

 

ユノに、CCのことを教えてあげた。

今さら教えてあげる必要はなかった。

ユノの差し入れで生き延びていた4か月前、床にずらり並べられたCCの物や、どこかで見知ったCCの婚約の報道から、簡単に分かることだ。

悲しいのは、アイドル歌手CCにガチ恋していたこと、ガチ失恋していることを、僕自身が恥だと思っていることだ。

アイドル相手に真剣に恋をしてしまう、ヤバい僕が恥ずかしくて言いにくかった。

でも、ユノと大っぴらに、恋愛について語り合いたかった。

 

(※僕は恋バナが好きなのだ。

女子っぽいって?

いいんだ、僕はこういう男なのだ)

 

ユノ「そうか。

CCかぁ...いい男だものなぁ。

いい男過ぎるからなぁ...。

そうそう簡単に諦めきれないよなぁ」

 

僕「そうなんだよねぇ」

 

ユノ「CCの結婚式っていつなの?」

 

僕「3日後」

 

ユノ、目を真ん丸にして驚く。

 

ユノ「バレンタインデーじゃないか!?

サイアクだなぁ。

CCはよりによってどうして、この日を選ぶんだよ」

 

サイアクだサイアクだ、とうるさい。

僕の代わりに、ユノが怒ってくれる。

 

 


 

ー15年前の2月13日ー

 

18:00

ユノ、大荷物でやってくる。

 

【ユノが持ってきたもの】

・豚肉、鶏肉、麺、お菓子、缶ビール。

・レンタルDVD(ホラー映画)

 

(※ユノは怖がりなのに、ホラー映画を観るのが好きだ。

一人では観られないけれど、誰かにくっついて、大騒ぎしながら観るのが好きなんだとか。

ユノは昔から変わっていない)

 

部屋の中をキョロキョロ見回していた。

僕の部屋からCCのものが消えていたからだ。

 

 

お腹がはち切れそうになるまで食べた。

ユノは今、お風呂に入っている。

「チャンミンを1人にしておけない」からと、僕んちにお泊りする用意もしてきたのだ。

「美味いものを食って、映画を観ながら徹夜しようぜ」だってさ。

ユノは優しい。

今頃、CCは何をしているのだろうか。

翌日の挙式に備えて、ベッドに入っているのかな。

それとも、バチェラーパーティで大騒ぎしているのかな。

パーティを途中で抜け出して、婚約者に『早く寝なよ』って電話をかけていそうだ。

 

 


 

ー15年前の2月14日ー

 

CCの結婚式

晴れ。

3本目の映画の途中で眠ってしまった。

床で寝たから背中が痛い。

 

 

【前夜のこと】

ユノが借りてきたDVDを3本続けて観た。

ユノはずっと僕の背中にしがみついていた。

ぐらぐら揺さぶるし、僕の耳元で、「ぎゃあ~~!」って叫ぶし、映画の内容が入ってこない。

苦手なのに、なぜホラー映画ばかり借りてきたのか、謎である。

 

 

昨夜食べ過ぎたせいで食欲なし。

CCが既婚者になってしまう日だと意識すると、胸が詰まったみたいに苦しくなる。

今頃、CCは何をしているだろうか?

着替えを済ませたころだろうか?

『僕は今、何をしている?』

そう自分に問いかけると、重苦しさが少し遠のくことに気づいた。

CCに意識を乗っ取られないようにしないと!

 

僕は今、

ニュース番組を見ながら、ユノとジャムパンを食べている。

ユノ、ボサボサの頭をしている。

眠くて仕方ないみたいで、半分しか眼が開いていない。

 

 

ユノにチョコレートを渡した。

きょとん、とするユノに、「バレンタイン」と教えてあげた。

「男からバレンタインチョコもらうなんて、気色悪い」と言わなかった。

ニコニコと嬉しそうだった。

「これは義理チョコだから、気にしないでね」と念を押した。

 

ユノ「義理チョコにしちゃあ、豪華なチョコだなぁ、悪いなぁ」

僕「給料日だったし、CCのために使うはずだったお金が余ってたし」

 

 

「チャンミンを1人にしておけないから」と言って、夕方まで一緒にいてくれた。

ユノは優しい。

 

(※以下は、当時の会話を再現してみたものだ。

おそらく、こんなことを話していたんじゃないかなぁ、って)

 

僕「恋人はいいの?

バレンタインだよ?」

 

ユノ「俺のことは心配せんでもいい。

しっかし、CCすげぇなぁ」

 

僕「うん。

CCはすごい男なんだ」

 

ユノ「キャーキャー言われてなんぼのアイドルが、結婚!?

俺には理解できんなぁ。

チャレンジャーだなぁ」

 

僕「そうなんだ。

ただ者じゃないんだよ」

ユノ

「辛いか?」

 

僕「うん。

これっぽっちも、『おめでとう』っていう気持ちが湧いてこないんだ。

CCのことはとても好きなのに...。

ファン失格だよ」

 

ユノ「冷静に考えてみろ。

好きな奴が、どこぞの人物と結婚してしまうんだぞ?

祝福できるわけないだろ?

チャンミンみたいな可愛い男子をほっぽって、

どこぞの人物と結婚してしまうなんてなぁ」

 

僕「CCと会ったことないもん。

僕の存在なんて知らないよ」

 

ユノ「そうだな、知らないな。

知らないから、どこぞの人物と結婚してしまうんだ。

もしCCがチャンミンと出会っていたら、チャンミンに惚れてしまうかもよ?」

 

 

(※...ここまでが、僕の想像。

15年も前のことで、具体的な会話なんて思い出せないし、日記にも書かれていない。

今の僕は、ユノが言いそうなことはだいたいわかるから、きっと上記のようなことを想像できるのだ。

そして以下が、

15年前の2月14日の最後に書かれていた、実際の文だ)

 

 

ユノが優しくて、僕は泣いてしまった。

「CCは今、誰の隣に立っているのか?」にばかり、意識がいっていた。

僕は恋がしたい。

 

 

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