長居し過ぎたかな?
店員さんに合図して、コーヒーのお代わりと、サンドイッチを頼んだ。
今夜はお惣菜を買って帰ろう。
(ユノは何でも喜んで食べてくれる。
できた旦那さんだ)
「...?」
そこだけかさばったところまでページを繰ると、そこにはCCのプロマイド写真が貼られていた。
コメントは何もない。
ケジメをつけようと、さよならのつもりで貼ったのだろうか?
やっぱり好きだよ、のつもりなのか。
僕と言う男は。
たかが推しの結婚に、4か月が経っても取り乱したままでいる。
当時の心境は、残念ながら思い出すことができない。
ー15年前の2月某日ー
結婚したアイドルなんて需要はないと思う。
そうだ、CCはアイドルを捨てたんだ。
アイドルの座を捨ててまで、CCはその恋人と一緒になりたかったんだ。
そうだ、その通りだ。
(※怒りが再燃してきたようだ)
・
世の中は、バレンタインまであと何日だって、浮ついている。
去年の僕は、CCのファンクラブ宛にチョコレートとマフラーを送ったけれど、今年の僕はあげたい相手はいない。
でも。
バイト先のバレンタインコーナーはきらびやかでカラフルで、眺めていると気分が上がる。
何かにワクワクする気持ちは久しぶりだ。
・
【今日買ったもの】
・チョコレート
(8粒しか入っていないのに、びっくりするくらいの値段。
・牛肉500g
・刺身盛り合わせ
・野菜いろいろ
・調味料
・ワイン
バイト代が入ったばかりだから、贅沢した。
レトルトじゃないものを買ったのは、久しぶりだ。
・
僕の部屋で焼き肉をしようとユノを誘ったが、先約あるとのこと。
「申し訳ない」と何度も謝っていた。
突然誘った僕が悪かったのに。
「恋人とデート?」と尋ねたら、「違う」とのこと。
ー15年前の2月某日ー
CCのものを捨てられずにいる。
ゴミ袋に入ったまま、押し入れの中に仕舞われている。
未練まみれで捨てられないのだろうか。
意気地なしな自分が情けない。
(※捨てられなかったんだよねぇ。
ポスターをやぶったり、CDを割ったり、大胆なことをしていたくせにね。
実家の屋根裏に隠してあったものが、その一部だ。
費やした金額を考えて、勿体なくて捨てられなかったんじゃないんだ。
CCを追っていた日々を否定したくなかったんだろうな)
(※CCについての記述が、日に日に減ってきていることが嬉しい。
少しずつ元気になっているようだ)
ー15年前の2月某日ー
CCは3日後に結婚する。
カウントダウンの日々を送るのに疲れてきた。
僕は疲れ切っている。
(※この一文に僕はびっくりだ。
15年前の僕はどのタイミングでこの情報を得たのだろう?
読み返してみたけれど、そんな記述はどこにもない。
そうか。
CCの結婚がいよいよ決定的になる日を知ったんだ。
この日記には、失恋した者が抱く感情を、バリエーション豊かに記録されている。
結婚式の日程を知り、もう一度、落ち込むところからスタートすることになり、それを記すのが辛くなったのだろう)
・
ユノに、CCのことを教えてあげた。
今さら教えてあげる必要はなかった。
ユノの差し入れで生き延びていた4か月前、床にずらり並べられたCCの物や、どこかで見知ったCCの婚約の報道から、簡単に分かることだ。
悲しいのは、アイドル歌手CCにガチ恋していたこと、ガチ失恋していることを、僕自身が恥だと思っていることだ。
アイドル相手に真剣に恋をしてしまう、ヤバい僕が恥ずかしくて言いにくかった。
でも、ユノと大っぴらに、恋愛について語り合いたかった。
(※僕は恋バナが好きなのだ。
女子っぽいって?
いいんだ、僕はこういう男なのだ)
ユノ「そうか。
CCかぁ...いい男だものなぁ。
いい男過ぎるからなぁ...。
そうそう簡単に諦めきれないよなぁ」
僕「そうなんだよねぇ」
ユノ「CCの結婚式っていつなの?」
僕「3日後」
ユノ、目を真ん丸にして驚く。
ユノ「バレンタインデーじゃないか!?
サイアクだなぁ。
CCはよりによってどうして、この日を選ぶんだよ」
サイアクだサイアクだ、とうるさい。
僕の代わりに、ユノが怒ってくれる。
ー15年前の2月13日ー
18:00
ユノ、大荷物でやってくる。
【ユノが持ってきたもの】
・豚肉、鶏肉、麺、お菓子、缶ビール。
・レンタルDVD(ホラー映画)
(※ユノは怖がりなのに、ホラー映画を観るのが好きだ。
一人では観られないけれど、誰かにくっついて、大騒ぎしながら観るのが好きなんだとか。
ユノは昔から変わっていない)
部屋の中をキョロキョロ見回していた。
僕の部屋からCCのものが消えていたからだ。
・
お腹がはち切れそうになるまで食べた。
ユノは今、お風呂に入っている。
「チャンミンを1人にしておけない」からと、僕んちにお泊りする用意もしてきたのだ。
「美味いものを食って、映画を観ながら徹夜しようぜ」だってさ。
ユノは優しい。
今頃、CCは何をしているのだろうか。
翌日の挙式に備えて、ベッドに入っているのかな。
それとも、バチェラーパーティで大騒ぎしているのかな。
パーティを途中で抜け出して、婚約者に『早く寝なよ』って電話をかけていそうだ。
ー15年前の2月14日ー
CCの結婚式
晴れ。
3本目の映画の途中で眠ってしまった。
床で寝たから背中が痛い。
・
【前夜のこと】
ユノが借りてきたDVDを3本続けて観た。
ユノはずっと僕の背中にしがみついていた。
ぐらぐら揺さぶるし、僕の耳元で、「ぎゃあ~~!」って叫ぶし、映画の内容が入ってこない。
苦手なのに、なぜホラー映画ばかり借りてきたのか、謎である。
・
昨夜食べ過ぎたせいで食欲なし。
CCが既婚者になってしまう日だと意識すると、胸が詰まったみたいに苦しくなる。
今頃、CCは何をしているだろうか?
着替えを済ませたころだろうか?
『僕は今、何をしている?』
そう自分に問いかけると、重苦しさが少し遠のくことに気づいた。
CCに意識を乗っ取られないようにしないと!
僕は今、
ニュース番組を見ながら、ユノとジャムパンを食べている。
ユノ、ボサボサの頭をしている。
眠くて仕方ないみたいで、半分しか眼が開いていない。
・
ユノにチョコレートを渡した。
きょとん、とするユノに、「バレンタイン」と教えてあげた。
「男からバレンタインチョコもらうなんて、気色悪い」と言わなかった。
ニコニコと嬉しそうだった。
「これは義理チョコだから、気にしないでね」と念を押した。
ユノ「義理チョコにしちゃあ、豪華なチョコだなぁ、悪いなぁ」
僕「給料日だったし、CCのために使うはずだったお金が余ってたし」
・
「チャンミンを1人にしておけないから」と言って、夕方まで一緒にいてくれた。
ユノは優しい。
(※以下は、当時の会話を再現してみたものだ。
おそらく、こんなことを話していたんじゃないかなぁ、って)
僕「恋人はいいの?
バレンタインだよ?」
ユノ「俺のことは心配せんでもいい。
しっかし、CCすげぇなぁ」
僕「うん。
CCはすごい男なんだ」
ユノ「キャーキャー言われてなんぼのアイドルが、結婚!?
俺には理解できんなぁ。
チャレンジャーだなぁ」
僕「そうなんだ。
ただ者じゃないんだよ」
ユノ
「辛いか?」
僕「うん。
これっぽっちも、『おめでとう』っていう気持ちが湧いてこないんだ。
CCのことはとても好きなのに...。
ファン失格だよ」
ユノ「冷静に考えてみろ。
好きな奴が、どこぞの人物と結婚してしまうんだぞ?
祝福できるわけないだろ?
チャンミンみたいな可愛い男子をほっぽって、
どこぞの人物と結婚してしまうなんてなぁ」
僕「CCと会ったことないもん。
僕の存在なんて知らないよ」
ユノ「そうだな、知らないな。
知らないから、どこぞの人物と結婚してしまうんだ。
もしCCがチャンミンと出会っていたら、チャンミンに惚れてしまうかもよ?」
・
(※...ここまでが、僕の想像。
15年も前のことで、具体的な会話なんて思い出せないし、日記にも書かれていない。
今の僕は、ユノが言いそうなことはだいたいわかるから、きっと上記のようなことを想像できるのだ。
そして以下が、
15年前の2月14日の最後に書かれていた、実際の文だ)
・
ユノが優しくて、僕は泣いてしまった。
「CCは今、誰の隣に立っているのか?」にばかり、意識がいっていた。
僕は恋がしたい。
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