~君とキスしたい~
一方、民の方といえば...。
作品作りに没頭するユンの指示に従って、てきぱきと立ち働いていた。
忠実に、敏捷に動いていれば、次々と襲うむなしさを忘れられるからだ。
とある老舗デパートのショーウィンドウを12月の一か月間、ユンの作品が飾る。
納期を1か月後に控え、制作工程も仕上げに差し掛かっていた。
搬入しやすよう、2メートル四方の作品は分割できる造りにせねばならず、つなぎ目の工夫にユンは民と共に知恵を絞った。
制作過程に参加させてくれることを、民は素直に喜んだ。
民の後頭部は、大きなリボンが飾られている。
Kのアイデアだ。
長めの頭頂部の髪で禿げた箇所を覆って、ヘアアクセサリで留めてある。
抜糸の済んだ傷も癒えた。
手を止めると、チャンミンのことが思い出されて仕方がなかった。
(ユンさんのことが好きなはずだったのに。
よそ見をしていたのは、私の方なのに...)
引っ越し日と翌日は、郷里から義母が来てあれこれと世話をやいてくれた。
布団一式と基本の家電を買ってもらい、夜は義母と1枚の布団を分け合って眠った。
真上の天窓の向こうは真っ黒で、星は見えなかった。
「辛くなったらいつでも帰っておいでね」
駅の改札前で別れる間際、義母の言葉に、「今すぐ帰りたい」と口走りそうになるのを必死で抑えた。
(どうしてこんなに寂しいんだろう)
ぺたりと床に座り込んだ民は、チャンミンの家を出て初めてぽろぽろと涙を流した。
届いた冷蔵庫を、苦も無く動かせる自分にも泣けてきた。
(チャンミンさんの手伝いがなくても、引っ越し作業くらい一人で出来るじゃない...)
シャワーのお湯が傷口を濡らしてしまい、雑な洗い方になってしまう自分に泣けてきた。
翌日、泣き腫らした顔で出勤してきた民に、ユンはおや、と眉を上げた。
新しい住所をユンに知らせると、「引っ越し祝いは何がいい?」と民に尋ねた。
帰宅途中、スーパーで食材を買ってきたものの、ジャガイモひとつうまく剥けない自分に泣けてきた。
(夕飯はずっと、チャンミンさんが作ってくれたから...)
民は調理をすることを諦めて、翌朝用に買った食パンをかじり、口の中がパサパサすることにも泣けてきた。
(チャンミンさんから距離を置こうと、決めたのは自分じゃない。
だって、チャンミンさんはリアさんのものなんだもの。
でも。
どうしてこんなに悲しいんだろう)
うかない顔の民に、ユンは「この子に、何かあったな」とひと目で感づいた。
「民くん。
チャンミン君は?」
「えっ!!」
ユンの口から出た「チャンミン」の名前に、民は動揺を隠せない。
「チャ、チャンミンさん、ですか?
さ、さあ...。
私、チャンミンさんのところをお暇してからは、会ってないです...」
「ところで、チャンミン君は、民くんとどういう関係なんだい?」
「えっ!
チャンミンさんは...あの...その...」
しどろもどろになる民に、
「すまないね。
君とチャンミン君は兄弟だなんて、勘違いをしていた」
民の本来の兄Tから、民が事故に遭ったと連絡があった時に、このことに気付いたのだ。
「非常に似ていたからね」
「は、はい。
全くの他人なんです」
「それなのに、一緒に住んでたんだ?」
「それは...チャンミンさんはお兄ちゃんのお友達なんです。
仕事と住むところが決まるまで、住まわせてもらっていたんです」
「本当に、それだけかい?」
意味深なユンに、民は両手を激しく振った。
「なあんにも。
全~然」
(それにしては...チャンミン君の態度が不自然だった。
『友人の弟』以上のものだったぞ...。
俺に噛みつかんばかりの目をしていた。
悟られたかな...。
ふうん。
チャンミン君もそっち側か。
面白くなりそうだな。
同じ顔を並べて、絡ませたら面白い作品が出来そうだな)
ユンの頭の中に、双子以上に同じ顔をした二人を前に制作をする光景が浮かぶ。
「モデルの方は、怪我がよくなってからにしよう。
ポーズをとらせたら辛いだろうから。」
そう言って民の身体を気遣ったユンは、民をモデルとしてポーズをとらせることから解放していた。
(つづく)
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