~ユノ33歳~
出来上がったラフ案を見せるため、例のカフェに来ていた。
このカフェのオーナーX氏との打ち合わせを終え、「自由にオーダーしてくれ」に甘えて遅い昼食をとっていた。
店内一番奥の窓際が気に入りの席で、店内をぐるりと見渡せる。
5月の午後の陽光が、天井まである窓から降り注いでいた。
チャンミンと1か月以上、会っていなかった。
絵のモデルを4回、用事があるとか、体調が悪いとか、試験勉強とか理由を述べていた。
その連絡も、電話ではなくメールだったことに、がっかりしていた。
あんなことがあったから、仕方がない...か。
あの夜の記憶を思い起こしてみる。
チャンミンの唇の柔らかさ、そこから漏れる掠れた声。
女にはないもので、興奮と快感を俺の指に熱く伝えていた。
多分、最後まで進めてしまうのが正解だったのかもしれない。
途中で止めてしまったことに、チャンミンは傷ついただろう。
俺からの拒絶だと捉えたに違いない。
だから、俺の元を尋ねてこなくなった。
でも。
それでよかったのかもしれない。
結婚生活は壊したくない。
人生を複雑にしてしまうのは、御免だった。
テーブルに頬杖をついて、ガラス向こうの薄着になった人並みを眺めていた。
若い男も通り過ぎるが、チャンミンほどの端正な奴は当然、ひとりもいない。
若い女性に観察対象を移してみても、同様だ。
16歳の男子高校生に、想い煩うなんてなぁ。
夕方にはまだ早い時間、学生服姿が目立つから多分、テスト期間か何かなのだろう。
「あ...」
俺は席を立ち、店内の客に注目されるくらいバタバタと、店を出た。
十数メートル先の背中に向かって、俺は走る。
「チャンミン!」
振り向く前に、チャンミンの肘をつかんだ。
真ん丸の眼とは、こういうのを言うのだろう。
髪を切ったのか、前髪が短くなっていた。
濃いグレーのスラックスに黒のローファー、襟章のついた白いシャツとえんじ色のネクタイ。
高校生のチャンミン。
美しすぎる高校生。
「...義兄さん」
肘をつかんだ俺の手の上に、チャンミンの指がかかった。
放して下さいと...今度は俺の方が...拒絶されるのと思った。
ところが、チャンミンはふっと身体の力を抜き、小さく笑った。
「驚かさないで下さい」
「ごめん...見かけたから...」
チャンミンの肘から手を放そうとしたら、彼の指に力がこもった。
「久しぶりです」
「あ、ああ」
俺がどもってしまったのは、チャンミンの優しい笑顔を、初めて目にしたからだった。
まずいな。
やっぱり俺は、チャンミンが欲しい。
~チャンミン16歳~
Mの言葉。
「ユノさん、盗られちゃうよ」が、あれ以来ずっと、僕の頭にこびりついたままだった。
それは困る。
ただでさえ、姉さんに義兄さんを盗られているんだ。
義兄さんが僕のことを「いい」と思ってくれて、姉さんと別れて僕だけを見てくれるようになったとき...。
あり得ない、と思った。
だって、僕は義兄さんと結婚ができるわけがないし、まず第一に、彼は僕を拒絶した。
果たして、そうだったのかな?
「今日はここまでだ」の意味は、その言葉通りの意味で、「続きはまた今度」だったらいいな。
義兄さんに全てを任せるつもりでいたけれど、男を目の前にして、彼は困ってしまったのかもしれない。
女の子とのセックスに関しては、Mとの関係で大体のところは知っている。
Mとの行為は確かに気持ちがいいし、ムラムラを発散できるけど、心と身体が伴わない。
ヤレばヤルほど、心と身体の距離が広がっていく。
「僕がしたいのはこれじゃないんだ。でも、気持ちがよ過ぎて腰は勝手に動いてしまうし、どうしたらいいいんだ!」って。
Mのことは好きだけれど、それは恋愛感情じゃない。
Mには付き合っている人がいるし(それが例え中年男だったり、2股3股していても)、義兄さんに片想いしているから、僕とMは性欲解消のためのもの。
こんな風にいったらセフレみたいに聞こえるだろうね。
Mのとの行為を通して僕が知ってしまったのは、恋愛感情がなくてもセックスはできる、ということ。
腰の奥が弾ける瞬間、僕の心のもやりが消えてしまう。
他のことがどうでもよくなってしまう...日々溜めに溜めてパンパンに膨れ上がった不快なものを、腰の痙攣と共に吐き出してしまえるんだ。
Mとの会話は気楽だし、興味深い。
義兄さんに片想いしている同志で、互いが相手を義兄さんだと想定して貫いたり、貫かれたりしているんだと思う。
でも、僕は貫かれたい。
経験がないから、どんな感覚かは想像もできない。
女の子を押し倒すよりも、誰かに力づくで押し倒されたい。
男の人に...義兄さんに。
僕のセックスは下手くそで、セックスに向いていない、と言ったMの真意は多分、こうだ。
女の子とやるんじゃなくて、男とやる方に向いている。
僕はそういう意味に捉えたんだけど...間違っているかな?
(と言いつつも、女の子の裸にムラっとくることもあるから、自分の嗜好がよくわからない)
Mとの会話を通して、義兄さんが僕との行為にストップをかけた理由が、僕には分かってしまったんだ。
僕の胸を愛撫している手つきから、男との経験がある可能性を そうじゃなくて、義兄さんはただ、僕の身体を女の子として扱っただけなんだ。
だけど、いざコトに及ぼうとした時、目の前に横たわる身体が男のもので、怖気付いてしまったんだ、きっと。
全てにおいて経験豊富に見えた義兄さんでも、未経験のことがあるんだって。
それを知ってしまった僕の気分は、急上昇した。
なあんだ、簡単なことじゃないか。
義兄さんが未経験でとまどってしまうのなら、僕がリードしてあげればいい。
姉さんやその他の女の人たちなんか、足元にも及ばないくらい、僕の身体に溺れてしまえばいい。
「女とやるより、全然いい」と言わしめればいいんだ。
(つづく)
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