僕はユノを説得にかかる。
「わざわざ逃げ出さなくても、チャンミンはもうすぐ退所じゃないか?」
『ここを脱出しよう』発言に、ユノは信じられない、といった表情だ。
「ユノを置いてゆきたくない。
外の世界に出られた僕は、ユノがいつ退所できるか表門の前で待ち続けるなんて嫌だよ。
いつになるか分かんないんだよ?」
「俺はもう回復したと思うんだけど?
だから、LOST側も遅かれ早かれ出してくれるんじゃないかな?」
「甘いなぁ。
半年も経たずに、大手を振るってここを出た入所者はいない。
脱出した人を除いて、ね」
「脱出した人がいるのか!?
ここを?」
僕は大きく頷いた。
「逃亡したってことか?」
「ここに入る時、契約書にサインしたはずだよ。
本人の要望では出ることはできません、って」
「そうだったっけ?
あの頃は頭がパーになってたから、覚えてないなぁ」
「許可されて退所していくか、ここから脱走するか、どちらしかないよ。
『ここから出して下さい』『はい、どうぞ』はないワケ」
ユノは腕を組み、「う~ん」と唸っていた。
「それならば、脱走するしかないな。
俺がチャンミンの後を追ってここを抜け出すから、待ってろ」
「無理無理。
ユノは新入りだからLOSTについてまだ詳しくないだろ?
僕が退所した後、1人で脱走作戦を実行させるには心もとないんだ」
首も手も大振りしてみせると、ユノはムッとしたようだった。
「俺ってそんなに頼りない?」
「先輩の話は聞くものだよ。
僕ら2人、協力し合えば絶対に、ここを出られるよ。
ここを出たら...」
「俺はさ、面倒な目に遭いたくないから渋っているんじゃないんだ。
もし脱走が失敗した時、チャンミンの退所日が延期になったりしてさ。
チャンミンに迷惑がかけることが嫌なんだよ」
「刑期をまっとうする前に脱獄。
とっつかまって、刑期が延びる...ぷぷっ。
僕らは監獄に入れられているんじゃないんだよ」
「ははは、そうだね。
ここはただ、『元』閉鎖病棟なだけ。
...わかった。
俺も覚悟がついた」
ユノの両腕に捕まって、唇も塞がれた。
「俺もチャンミンとここを出る」
「...よかった」
唇を重ね合わせたままで僕は下を脱ぎ、ユノは前だけを出した格好になった。
夕飯まであと30分で、ねっとりと愛し合うには時間が足りなかった。
四つん這いになった僕のそこに、ユノは舌を這わせた。
「やっ...そこは。
汚いよ」
「俺の口も汚いから...いーの」
と言って、指も加えて十分にほぐした後、尖らせた舌を緩んだそこに差し込んだり、吸ったりした。
がくりと膝が折れそうになる。
悲鳴をあげそうになるのをぐっと堪えた。
入浴したのは午前中だったから、恥ずかしくて恥ずかしくて、僕は組んだ両腕の中に顔を伏せていた。
その後は...。
室内には肌を打ち合う音と、乱れた息づかい、リズムよくきしむベッド。
ドアを1枚隔てた外で、廊下にモップかけをするスタッフや、亡霊のように徘徊する入所者がいる。
僕らはとてもイケナくて、いいコトをした。
・
「体力をつけないと、いけないんじゃないか?
タンパク質が足りてないぞ?」
肉も緑黄色野菜も取り除いた僕の夕飯は、アイボリーホワイトだ。
メニューは塩コショウだけで炒めた具無しのパスタと、卵の白身と大根のサラダ。
ユノはと言えば、カップラーメンとパイナップルの缶詰だった。
偏食の僕らは似た者同士だった。
「栄養が足りないからもやしみたいなんだ」
ユノは教鞭棒で僕の二の腕を突いた。
「ユノこそ、レトルトものばっかり食べてるくせに、マッチョなんだもん。
ずるいよね」
「それはプロテインのおかげ。
俺はもやしなチャンミンの身体...好きだよ」
昼下がりのえっちを思い出して、ぼっと顔が熱くなった。
「ブラジャーとかフリフリのパンツとか、すげぇ似合うんだから。
「ここで際どい話しないでよ」
新たに今日加わった入所者の世話で、スタッフたちは皆出払っていたからいいものを。
「御馳走さま。
じゃんけんするよ」
僕らには配膳トレーの返却をじゃんけんで決めるという、子供っぽい習慣があった。
「チャンミンはじゃんけんが弱いなぁ。
あはははは」
3日連続で負け越している僕は、楽しそうなユノを睨みつけ、「早く食べて!」と急かした。
僕を困らせようと、ユノはパイナップルのシロップをスプーンにすくっては、ひとさじひとさじ舐めている。
脱出計画の打ち合わせをこれから始めようっていうのに、呑気なユノだ。
ムッとした僕は、ユノの手から缶詰をもぎ取った。
「...いたっ!」
ズキっと走った痛みに、缶詰から手を放してしまった。
派手な音を立てて転がった缶詰からは、シロップが飛び散った。
すかさず痛む箇所を確認すると、缶詰の縁で指を切っただけのようだ。
「大丈夫か!?」
僕の怪我の具合を確かめようと、慌てたユノは僕の手を引き寄せた。
「平気。
ちょっと切っただけだ」
深い切り傷のようで出血量が多く、僕は親指の付け根を握っていた。
傷口はそれほど痛まなかった。
「すまない。
俺が悪い」
ユノの顔色は真っ青になっていた。
「ううん。
僕が無理やりなことしたせいだ」
「ステーションで手当てをしてもらおう。
腕は胸より上に上げておいた方がいい」
「うん」
ユノは僕のパジャマの袖をまくしあげたり、近くの椅子に座らせたりと世話をしてくれる。
「足元に気を付けて。
汚れる。
ティッシュペーパーを貰ってきてくれるかな?」
手首をつたった血液がぽたり、ぽたりとリノリウムの灰色の床を汚していた。
「ああ」
僕の椅子の傍らに膝まづいていたユノは、ふらりと立ち上がった。
噴き出る血液と傷口を見ていると、気分が悪くなりそうなので、僕は天井を見上げていた。
「?」
ユノは僕に背を向けたまま、そこに佇んだままだった。
「...ユノ?」
ユノの様子がおかしくて、僕は彼のパジャマの裾を引っ張った。
そうしたら、ユノの身体はぐらりと後ろに傾いだ。
転倒したら危険だ!
「ユノ!?」
とっさにつかんだ裾を力いっぱい引き寄せて、僕の膝の上にユノを抱きとめることに成功した。
僕の肩に後頭部を預けたユノを見て、驚いた。
紙のように真っ白な顔色だった。
(つづく)
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