ユノはチャンミンの背中...ホワイトボードにイラストを描いて、「車とは何か?」の説明をしている...をぽぉっと見惚れていた。
見惚れる程の筋骨逞しい素晴らしいものとは言えず、長身痩躯の男の背中に過ぎない。
この頃のユノが抱く恋心とは、チャンミンをフッたあの男と重ね合わせたものだった。
(あのムカつく野郎は、チャンミンせんせを...せんせを抱いたことがあるのか。
せんせはあのムカつく男とエッチしてたのか)
ユノの頭にポワンと、チャンミンせんせの裸体の想像図が浮かぶ。
(う~む)
5日前に受けた男同士で恋ができる事実の衝撃を、ユノは未だ引きずっていた。
その衝撃のひとつは、その気になればチャンミンと恋ができる可能性が差し出されたことだ。
(俺も...チャンミンせんせと...恋ができるのか...!)
ユノはさらに、貧弱な知識を総動員させて、アレのシーンを思い浮かべてみた。
(恋人なんだからヤって当たり前だよな...あり得ないよな...あり得なかったのに、あり得るかもしれない。
チャンミンせんせとならあり得る!!
俺、チャンミンせんせなら抱ける!)
「ここ試験に出ます」の言葉に、ユノはその一文に蛍光マークをひいた。
(何考えてんだ、俺?
せんせを犯すような考えを持ったらいけない!)
ユノはチャンミンを抱けるか抱けないかの問答で忙しかったのである。
(ユノは20歳平均男子並みの性欲を持っています)
「...ひとことに『車』と『車両』は違います」と言いながらチャンミンは振り返り、バチっとユノと目が合った。
(ヤバっ...)
(ヤベっ!)
不意打ちで、ユノもチャンミンも目を反らす隙がなかった。
ユノは誤魔化そうと、首をかしげて舌ペロした。
「!」
男性にしては紅い唇からのぞく、紅い舌...「可愛い...」と思ってしまったチャンミンだった。
無言の間を埋めたくても、ユノは真面目に蛍光マーカーペンを手に教則本を広げており、注意をする隙無しだ。
(なんだこの子は。
僕のことを見過ぎだよ。
...変わり者だ。
綺麗な子だから、ギリギリセーフだけど...やっぱり怖い)
「......」
ユノのキラキラな目で見つめられ、チャンミンがタジタジとなっている間、ユノの妄想は加速していた。
(...せんせの背中を抱きしめたら...どうかな?
せんせは大きいなぁ、しがみつくみたいになっちゃうよな。
恋人と別れて辛い時で、仕事中は強がってるんだろうな。
せんせ、俺が笑わせてあげるからな!)
「え~っと、Qさん」
苦し紛れにチャンミンは、ユノの隣席の女子(カノジョだと見なしている)を当てて、問題を出すことにした。
「馬車は何に当たる?」
突然指名され、即答できないQは教則本のページをパラパラとめくった。
チャンミンは回答を急かさないよう、穏やかな表情でQを見守った。
少しでも頭を動かすと、ユノがビシビシと送る視線とぶつかってしまいそうだった。
(最前列に席をとり、ガン見してくる教習生はたまにいるけれど、それは勉強熱心だったり、目が悪かったりする人たちだ。
でも、ユノはそれとは違う。
教習内容ではなくて...僕に興味を持っている目だ!)
教習指導員にとっての教習生とは、『お客様』
具体的かつ実害を伴ったハラスメントでない限り、教習生を遠ざけることはできないのだ。
変わり者だということで、ユノを無視したり、担当を外れることは絶対にできない。
ユノに関しては、引いている面もあったが、ユノに見つめられて全身が熱っぽくなるような、鼓動が早くなるような、そんな感覚をいずれ感じ始めることになる。
答えられずにいるQのために、「馬車は...自転車と同じくくりです」と、チャンミンはヒントを出した。
Qはユノのパーカーを引っ張った。
「ユノ」
女子と親し気なところを、チャンミンに見せたくないユノだ。
ムッとした表情になりそうなのをグッと堪え、「軽車両」と小声で答えを教えてあげたのである。
「えっ?」
一度で聞き取れず顔を近づけるQに、ユノは再度教えてやった。
「軽車両」
「何?」
「軽車両」
「ゆっくり言ってよ」
「けい、しゃりょう!」
最後は、ノートの隅に答えを書いてもらったことで、Qは回答することができた。
ここまでのラリーを見守っていたチャンミンに、クスリと笑みが漏れた。
「はい、Qさん正解です。
ユノさんが答えたようなものですけどね、あはは」
チャンミンのからかいに、教室内で笑いがあがった。
ここは「えへへ」と照れ笑いするところだったが、ユノは喜びのビッグウェーブで放心していた。
(『ユノさん』!!
せんせから、初めて名前を呼ばれた!!
せんせ、笑った!
笑顔が...可愛い!!)
ユノは皆が笑っている理由が分からずにポカンとしていた。
無垢で幼いその表情に、チャンミンはもう一度、ユノを可愛いと思った。
「続きに戻りますよ」
担当教習生にプライベートを知られているとは露知らず、チャンミンせんせはさくさく授業を進めてゆくのだった。
(つづく)
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