<俺を煽らないでくれの巻>
ポジティブな要素しかないアルファに生まれたことを嘆く者は、ほとんどいない。
アルファとは力の象徴だ。
一方、オメガとは妊娠し子を産むための存在。
アルファ(時にはベータ)の力にねじ伏せられ、獣じみた性欲に流され、望まない妊娠を強いられることもある。
多くのオメガたちは、オメガ属としてこの世に生まれ落ちたことを嘆いた。
特にオメガの男性は、外見が男性であっても、女性を妊娠させることはできない。
アルファ又はベータの男性、又はアルファの女性に...言葉は悪いが『種付け』される役目なのだ。
ベータだった過去があるが故、チャンミンのショックは大きかった。
チャンミンは初潮を迎えた日、夕食も食べずに布団にもぐり込み、さめざめと泣いた。
ユノはチャンミンの背中を叩いてあやした。
(チャンミンは泣き始めて30分後には寝入ってしまった。
ユノは、チャンミンがいつ目を覚ましてもいいように、一晩中目を覚ましていた。
チャンミンは朝までぐっすり眠っていた)
長い期間、オメガ属は他属からの冷遇に耐え忍んできた。
ところがここ数年前ほどから、その状況が変化してきた...。
長くなるのでその解説は後述する。
・
(僕はこんな目にあっているのに、ユノは何の変わりがないなんて!
それどころか、前より逞しくなったし、イケメン度が増した。
ユノばっかりズルい...!
僕なんて、身体の線が丸くなったような、アレが小さくなってきたような。
ユノのモノなんて、絶対に前よりサイズアップしてる!
ユノばっかりズルい!
ズルいよ!)
チャンミンは17歳でオメガに転性して以来、ユノへの妬みがどうしても消えてくれなかった。
ユノが全身全霊、チャンミンに尽くしてくれたとしても、オメガであるが故の哀しみを消すことはできないのだ。
チャンミンはユノに当たり散らしてしまうのを止められず、ユノはこれまでずっと、チャンミンの嘆きを受け止めてきた。
オメガになりたての頃は、怒りの沸点が低くて常にカリカリしていたのが、1年もすれば落ち着いてきた。
生理の手当てにも慣れてきた。
ユノを伴って、オメガ専門店へ買い物に出かけることもある。
ユノは抑制剤を入れるピルケースをワクワクと選ぶチャンミンを、温かい目で見守っているが、内心でため息をつくこともあった。
チャンミンを守りきれるか、自信を失いそうになる時がある。
アルファは万能な存在ではない。
知力や体力、そして精力が優れているだけで、ベータ以上の精神力や愛情を持ち得ているとは限らない。
優しさに欠けている者が多い、ということだ。
エリート意識が高く、オメガと見ればねじ伏せようとするアルファが多い中、ユノは心優しきアルファだった。
(...その優しさはほぼ、チャンミンに注がれている)
アルファとオメガの結びつきは、愛情よりも生殖本能...孕ます者と孕まされる者...によるところが大きい。
ところがユノとチャンミンは、アルファとオメガになってしまった以降も、愛情で結びついており、立場も対等なままだった。
(ユノのチャンミンへの溺愛度と、チャンミンの姫度がUPした)
ベータとして生きてきた過去が、世のアルファとオメガカップルと比較して、精神的な繋がりを強くしているのだろう。
・
時は変わって、現在。
ここは社員寮のユノの個室。
ふたりはベッドに並んで腰をかけていた。
ユノは電話中だった。
ユノの実家から、次の3連休に、引っ越し作業の手伝いに来るようにと、連絡があったのだ。
高齢のひとり暮らしは心配だからと、父方の祖母がユノの実家に身を寄せることになったという。
「う~ん、分かった、うん、うん。
じゃあな」
電話を切ったユノは浮かない表情だった。
「どしたの?」
チャンミンは大盛り牛丼をかき込んでいた箸を止めた。
早くて明日、明後日にヒート(発情期)を迎えるチャンミンは、食欲を抑えられずにいたのだ。
ヒート前のオメガの身体は、妊娠に備えて栄養を欲する。
食欲が増したチャンミンは、社員寮の大盛りセットだけでは足りず、テイクアウトをしてきたもので腹を満たしていた。
「ユノ...顔が怖い」
「あ~、うん。
ちょっとね」
「怖い顔をしていても、ユノはカッコいいけどね」
小首を傾げて、赤い舌をぺろ。
(可愛いんだよ、こんちくしょー)
ユノは内心で悶絶する。
「チャンミンもカッコいいよ」
(「可愛いよ」と言いたいところを我慢した)
「メシ、足りるか?」
「食べても食べても、お腹が減るんだよね~。
嫌になっちゃう」
「好きなだけ食え」
チャンミンは一粒も残さず綺麗に平らげ、「あ~、美味かった」と、膨れた腹を撫でた。
食欲が満たされた次は、性欲だ。
(ご飯は美味しいし、ユノも美味しそう。
ムラムラする!)
「ゆのぉ!!」
チャンミンは勢いよく、ユノの首にかじりついた。
チャンミンは発情抑制剤を服用してはいるが、完全には性欲とヒート臭を抑えることはできないのだ。
特に性欲が高まると、ヒート臭は強くなる。
「おっ!」
ユノは、不意打ちのチャンミンの動作に、ぶわりと広がったヒート臭をまともに嗅いでしまった。
「うっぷ...」
とっさに鼻を覆ったが時すでに遅し。
胸がムカムカしてきた。
ユノは常用している抑制剤の副作用により、ヒート臭過敏症になっていた。
胃の腑からこみ上げてくる吐き気で、ユノの顔色は真っ青になっている。
「ごめん!」
チャンミンは冷蔵庫から、イチゴを取り出してきた。
こんなこともあろうかと、牛丼ついでに購入してきたのだ。
(ユノの部屋には自前の冷蔵庫がある。この中に、抑制剤のアンプルが冷蔵保管されている)
「おえっ、おえっ」
「これ食べて」
気持ち悪いし、ムラムラするしで、ユノは背中を丸めてうずくまっている。
「いきなり抱きついてごめん」
チャンミンはユノを抱き起すと、よく冷えたイチゴをユノの口にねじ込んだ。
イチゴ果汁で赤く濡れたユノの唇に、チャンミンの後ろがキュンとした。
チャンミンはイチゴにかぶりつき、ユノに口づけた。
(イチゴの口移し(きゃっ))
「チャンミン!
駄目だ!
駄目!」
ユノの下半身は、瞬時に膨張率100%の臨戦態勢。
(やばいやばい!)
このままだと、欲に流されチャンミンを襲ってしまう。
「チャンミン!」
ユノはぐいぐい唇を押し付けてくるチャンミンを引きはがした。
「俺を煽るなよな~」
「ごめんごめん」と、チャンミンは両眉を下げて謝った。
(危なかった...チャンミンを襲うところだった)
ユノは額に浮いた冷や汗をぬぐった。
(いててて。
勃ちすぎて痛い...)
・
ヒート期中の性欲は、『人間、止めました』レベルの凄まじさだ。
(チャンミンは「濡れちゃって困るの」などと、ユノを煽る台詞を吐くから、困ったものだ)
オメガのヒート期は、アルファも正気を失う。
(チャンミンを襲うわけにはいかない)
ヒート期のオメガとの性交は、妊娠率100%。
(チャンミンとの将来が未確定な今は、チャンミンを孕ませるわけにはいかない!)
アルファとオメガの『番(つがい)』制度についても後述する。
(ヒート期のチャンミンを抱きたい!
抱きたい!
抱きてぇ~!)
これがユノの本音だ。
ユノはその衝動性を抑えるために、チャンミンのヒート期は普段の3倍もの抑制剤を服用しなくてはならなかった。
・
実家からの電話に、ユノが浮かない顔をしていた理由については、次回にまわす。
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