チャンミンからの「どう思いましたか?」の質問に、ユノは何て答えたらよいか、フル回転で考えた。
(いよいよ来たぞ...)
ユノは緊張した。
(これはまるちゃんに相談すべき案件だ。
だが、今ここにまるちゃんはいない。
俺の判断で、俺自身の言葉で伝えないといけない。
取り繕ったりしない、正直な気持ちを!)
ユノは言い訳や説明を並べる前に、あの夜、チャンミンを見て真っ先に何を思ったかを言葉にした。
「どうって...。
せんせが可哀想だなぁ、って思いました。
彼氏が浮気してて、逆ギレした挙句の『別れよう』
ひどい話だと思いました」
「ずいぶんはっきり、会話を聞いていたんですね?」
「あんなデカい声で口論してたら、聞くつもりはなくても耳に入っちゃいますよ」
実際は、会話の内容を聞き取れる場所まで近づいたことは、黙っておいた。
「それから?」
チャンミンがどんな感情でいるのかを読み取りたくても、その顔は無表情で、この類の話題がいかにデリケートなものなのかと、ユノはますます緊張した。
「『これがゲイカップルか!?』と、驚きました。
俺の身近にはいなかったもので。
...ゲイじゃなくても、男同士で付き合うことはあるみたいですけど...」
『ゲイ』のワードに、チャンミンの片方の眉毛がぴくり、と持ち上がった。
「それから?」
「それから...せんせは男の人と付き合う人なんだなぁ、って思いました」
チャンミンは、今までのユノの説明...事実を述べただけで核心に触れていない...だけでは満足できなかった。
『ユノは一体、どう思ったのか』についてこだわっていた。
「ユノさんは僕らを、変わり者を見る目で見たのではないですか?
...男同士で気持ち悪い、って?」
ユノの気持ちに応えるために、必ず確認したかった点だ。
(友達以上の関係に進みたくても、いつもここでストップしてしまうんだ)
「それは無いです!
無いない!
全く無し!」
ユノは首も手も振ってのオーバーアクションで否定した。
「僕が傷つくと思って、気を遣わなくていいですよ」
チャンミンは真っ直ぐ、睨みつける勢いでユノを見つめた。
「俺はホントのことを言ってます。
さっきも言いましたけど、凄い泣いているせんせを、俺は放っておけなかった。
放っておけなかったのは...せんせのことが気になってしまって...。
せんせは涙でぐちゃぐちゃで」
当時のことを思い出し、ユノはこみ上げてきた涙をこぶしで拭った。
「『俺なら慰めてやれる』って、とっさに思ったんです。
初対面の男相手に、そう思ったんす。
あんなクソ野郎...あ、すんません...なんかより、『俺なら優しくしてあげるのに』って。
本気で思ったんです」
「ユノ...さん」
ユノはお茶をひと口飲み込むと、ひと呼吸ついた。
「ふう...」
チャンミンもユノに倣って、お茶を飲んだ。
「男同士が恋愛してるところを初めて見ました。
俺の目の前で泣いていた人...せんせのことです...を見て、男同士でもノーマルな恋愛と変わらないんだな、って思いました。
激しい感情のぶつかり合い、って言うですか?
不謹慎ですけど、俺、感動しちゃって」
「珍しいものを見学できたから?」
チャンミンは卑屈になってしまう自分を抑えられなかった。
チャンミンの固い声に、ユノの表情が引き締まった。
チャンミンのリアクションを半分面白がっていたところや、片想いに浮ついていた自分の軽々しさを反省した。
「好きなんだからいいじゃん」と、気持ちをオープンにしてきたが、それを素直に受け入れ難いチャンミンの背景に考えが至っていなかったのだ。
(せんせの不安を解消してあげることを言ってあげないと!
俺なら大丈夫、だって)
「見学だなんて...違いますよ。
なぜ感動したかと言うと...うーん。
『男相手でも、恋愛ができるんだ!』
『俺はこの人と...目の前でフラれて泣いている人と恋愛できるんだ!』
...この発見に感動したんす」
「ユノさんが言っている意味が理解できないのですが?」
「この心情を説明するのは難しいんすよね~。
雷に打たれたかのようでした。
う~ん...。
それじゃあ、どれだけ感動したかについて説明します。
せんせとは自動車学校では初対面じゃありませんでした」
「そうですよね、僕のことを前から知っていた。
僕には男の恋人がいた。
僕は男が好きな男だ...と」
「そういうことになります」
数週間にわたって、その事実を知らぬ存ぜぬを貫いてきたユノに感心した。
「知らなかったのは僕だけですか?」
(ああ...恥ずかしい!)
「そういうことになりますね。
だって、最初に教えていたら、俺のことをストーカー野郎だって、身構えると思ったんです」
「...まあ...そうかもしれませんね」
「卒業するまで我慢してたんですが...。
今、告白します!」
ユノの表情がよりキリっと引き締まった。
「いつ見ても綺麗な顔だ」と、チャンミンは見惚れた。
そしてチャンミンは、ユノが何を言おうとしているのか予想できていた。
「俺の気持ちなんて、とっくの前に気付いているでしょう?」
「...なんとなく」
とぼけることもできたが、チャンミンは認めた。
「俺は、せんせと恋愛がしたくて今の学校に入校したんす」
「え...」
ユノはチャンミンが教習指導員であることを知った経緯を説明した。
「すべてが偶然なんですよ。
レンタルショップでひとめ惚れして、住んでいるとこを知りました。
自動車学校で先生をしているって知って、そこに入校しました。
そして極めつけは、担当の先生がせんせだったんす。
今じゃ、家にあげて貰って...もう...俺、幸せです」
ユノの『ひとめ惚れ』の言葉に、チャンミンの胸の奥がじんと痺れた。
想いを伝えようと必死なユノは、今の言葉が告白になっていたことに気付いていない。
「俺は男です。
俺がせんせに好意駄々洩れ出来てたのは、せんせの恋愛対象が男だと知った上のことです。
あ、俺は女の子が好きなタイプです。
ノンケです」
「知ってます」
「せんせが男と恋愛出来る人でよかった、とマジで思いました。
これで分かってくれましたか?
あの夜、『男と恋愛ができるんだ!』って俺が感動した意味です。
もし、せんせがノンケだったら、男の教習生に追いかけ回されたら、キモイでしょう?」
「ノンケだったことはないから、キモイ気持ちは分かりませんけどね」
ここでようやく、チャンミンは笑顔を見せた。
「俺は成人してるし、生徒と付き合ったって何の問題もないと思いますけどね。
あー、はいはい。
職場で禁止されてるって言いたいんでしょ?
でも、告白するのは自由ですよね?
俺の独り言だと思って聞いてください」
「ユノさんの独り言なら、さっきから聞いていますよ」
「いっぱい話しましたからね。
先生と生徒の関係じゃなければ、せんせは俺と恋愛できます。
せんせが俺のことをどう思っているかについては、脇に置いておいての話ですが。
俺はもうすぐ卒業します。
卒業するんすよ!?
どうですか?」
「彼女がいるでしょう?」
「彼女?
彼女なんていませんよ」
「ほら、いつも一緒にいる子は?」
「あ~、あの子はただの友だちです。
ん?
へぇ...俺のこと、ちゃんと見てたんですね~」
「ユノさん!!」
「俺...せんせに振り向いてもらえるように、頑張ったんですから。
馬鹿みたいでしょ?
バレバレでしたよね?」
「...そう、ですね。
あははは」
チャンミンの中で不安のいくつかが解消され、緊張がほぐれた今、笑う余裕ができた。
ユノに全部知られていたことに腹立たしさを覚えないでもないが、なぜだか「よかった」と安心する自分がいた。
「せんせ」
ユノはつられて笑うことなく、きりりと真剣な表情のままだった。
「はい?」
「そろそろ、俺を見て下さいよ」
「......」
ユノにとってこれは一か八かの、チャンミンの気持ちに発破をかける台詞だった。
「せんせは俺のこと嫌いですか?」
「まさか!
嫌いだなんてっ、全然!」
「なら、よかった...。
可愛い生徒ですか?」
「ま、まあ...そうです...ね」
「好きですか?」と尋ねるのはまだまだ早いと判断していた。
「せんせは男が好きな男で、俺は男です」
「その通りです」
「チャンミンせんせが好きです。
俺はせんせと恋愛がしたい」
「......」
「俺が卒業してからでいいんで、真剣に考えてみてください」
(つづく)
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