「戻りましょうか」と、ユノはチャンミンの肩に回していた腕を解いた。
(あれ?
続きは?)
チャンミンは肩すかしを食らったような気分になった。
「ユノさん!」
チャンミンの手は自然と、洗面所を出ようとするユノの手首を捕らえていた。
「わっ!」
力任せに引き寄せられ、ユノは後方へとバランスを崩してしまった。
ユノから取り上げた赤色の玩具は、邪魔になって床に落とした。
チャンミンはユノを胸に抱きとめるより先に、ユノをこちら向きにひっくり返した。
そして、抱きしめるのではなくユノの両頬をぎゅっと挟むと、間髪入れず唇を奪った。
(せんせー!!)
深いキスをしたのは、このキスが初めてかもしれない。
男同士の交際は欲に火が付くのも早く、欲に正直なあまり、その場の雰囲気など無視して行為に至る...と、一般的に思われている(多分)
チャンミンがユノとの関係に前進できずにいる理由は、非常に分かりやすい。
10歳以上の年齢差とユノがノンケだということが...これまでの恋愛通りにいかない理由...チャンミンの前に立ちはだかる大きな壁となっていた。
遠慮がちになっていたところに、自信をさらに失わせるようなネタが上がってきたのだ。
ますます調子が狂う。
「でも...」とチャンミンは思う。
ユノに押し倒されて拒んだのは自分の方だったのに、攻められないでいるのも寂しかったのだ。
過去の恋のパターンによると、交際においてイライラや緊張感、不安感に支配されるようになった度、それらから目を反らすために恋人を押し倒すこともしばしばだった。
恋人の態度や醸し出す空気がいつもと違と察した時、指摘が追及になってしまい、それが別れの原因となったこともしばしば。
それならばと、彼にもっと尽くそうと甲斐甲斐しくなった結果、関係性を好転させるどころか、別れへのカウントダウンを早めてしまったこともしばしば。
チャンミンはそうなってしまうが怖くて、言葉で無理ならば身体で恋人を繋ぎ止めよう、寂しさを埋めようと、積極的に押し倒すしか術をしらなかった。
ユノと女子と並んだ写真のショックは、相当大きかった。
大人の玩具を見られてしまった件と相まって、その後の振る舞いが分からない。
『どうして内緒にしてたの?
知られたくないって、思ったからでしょ?
やっぱり女の子がいいんでしょ?』
ユノに訊ねられない代わりにとった手段が、ディープなキスだった。
「...んっ...ふっ」
ユノの両頬はチャンミンの蜘蛛のように細くて長い指にホールドされ、唇は何度も何度も重ね直された。
(せんせっ...!
は、激しっ。
やっぱ、ギラギラじゃん)
驚きで抵抗してみたのもわずかな間。
だらりと落とされていた両腕はチャンミンの腰にまわる。
チャンミンから取り上げられなかったピンク色の玩具は、ユノの片手に握られたままだ。
ユノにとって、腰の高さが自分と同じ位であることが新鮮だった。
口内を舐め回され、ねっとりと与えられる刺激にユノの膝の力が抜けた
(あ...すげぇ気持ちいかも)
されるがままのキスからその先へ...スイッチが押されるのを待っている。
ユノはさきほどチャンミンを押し倒したが、チャンミンの拒絶によりその先に進めなかった。
途中でストップさせられ、悲しい思いもしたけれど、同時に「助かった」とホッとしていたのも事実。
ムラっときたのは確か。
しかし、その「ムラっ」は、ユノの身体のある部分を刺激しなかった。
チャンミンには絶対に言えないこと......性欲が湧かなかったのだ。
ユノの心配事は「勃つかどうか」
(男と付き合うのは初めてだ。
俺はせんせのことが大好きだ。
今こうやってキスしているのもドキドキするし、気持ちいい。
大好きな人とキスができて、とても嬉しい。
でも...)
ユノにとってチャンミンとは、憧れの人に近い存在だ。
チャンミンに見惚れた瞬間から始まった恋。
泣きじゃくるチャンミンを『綺麗だ』と心奪われ、『この人を泣かせたくない』と心に決めた人。
近づきたくて、チャンミンが勤める自動車学校に入学し、周囲を気にしない好き好きアピールの末、ゲットした恋。
(それなのに...それなのに!)
チャンミンが危惧した通り、彼の裸体を前にしてユノが尻込んでしまった可能性は大。
(せんせって、綺麗な顔してるのにギラギラだった。
このギャップは、いい興奮材料になってくれるかも...)
チャンミンのキスはさすが「大人の味」
ユノの身体の中心線に沿って、快感と幸福感の痺れが駆け下りてゆく。
にもかかわらず、チャンミンを押し倒した時以上の行為...初めてのディープキスをしたにも関わらず、性欲が激しく刺激されなかった。
(勃たねぇ!)
そのことにショックを受けたユノは、いまいちキスに集中できずにいたのだった。
(つづく)
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