(16)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

(まずい...)

 

ユノの脳内に黄色ランプが点滅していた。

 

(ここは、思いっきり目撃したことをせんせの目の前で知らせた方が一番だ。

俺は嘘が苦手だ。

知らなかったフリをしようにも、結局は顔が緩んでしまう。

そもそも、洗面台の上に置いてあったんだ。

目をつむって手を洗ったってか?

気付かないフリは無理がある。

...とにかくせんせには、気まずい思いをさせたらいけない)

 

「すんませんすんません!

タオルっすよね。

ありました~」

 

ユノはリビングに向けて声を張り上げた。

 

そしてこの直後、ビックリ仰天なことが起こる。

 

棚に納められたタオルに手を伸ばした時、タオルに引きずられた何かが床に落下したのだ。

 

「ユノさ...」

 

ちょうどその時、チャンミンは足元に転がったモノに目を丸くするユノと対面した。

 

(あ゛あ゛~~~!)※チャンミン

 

(なんだこの数珠みたいなものは...!?)※ユノ

 

2人は数秒、悪さを目撃された子供...じゃなくて、カンニングがバレてしまった生徒のような表情で顔を見合わせていた。

 

ユノの手にはアレが、床にはソレが転がっている。

 

「え~っと...えっと...」

 

言い訳をこしらえる前に目撃現場を見られてしまい、ユノはもごもご言うしかできない。

 

チャンミンの脳内もめまぐるしい。

 

(僕の馬鹿馬鹿!

指だけじゃ物足りない時の愛用品。

ビーズ型のアレ!

ユノと付き合うようになってから、奥を埋められる感覚をリアルに想像してしまってたまらなくなって...。

酔いに任せてポチってしまったサイズの大きいヤツ...)

 

言い訳案を必死にいくつも絞り出す。

 

(『これは僕のものじゃない...突然、ここに現れた』は無理があるな。

じゃあ、これは?

『友人の忘れ物なんだ』

『実は大人の玩具の卸しを副業でやってるんだ』

『前の住人が置いていったんだ』

『モニターをやっているんだ』

『どんなものかなぁって、興味があって買ってみただけ。まだ使ったことないよ』

ああ~!

全部、馬鹿らしい嘘ばかりだ!)

 

「......」

 

誤魔化せば誤魔化すほど、かえって恥が増すだけだと分かっているため、ここは黙るのが最善だった。

 

ユノは単刀直入に訊ねた。

 

「これ、何ですか?」

 

ユノがそれの用途が思いつかなかったのにはワケがあった。

 

それは取っ手も含めて長さ30センチほど、シリコーン製のしなる細い棒に球体がいくつも繋がっている。

 

(何だ...これ?

便利グッズ?

掃除道具...排水口とかの?)

と、ユノは想像した。

 

「こ、これは!

子供が見るものじゃありません!」

 

チャンミンはユノの手から、それを奪い返した。

 

「子供って...!

俺は成人してますって!」

「いいえ!

ユノさんが見るものじゃありません!」

 

「どうしてです?」

「どうしてもったら、どうしても...です!」

 

チャンミンの顔は、怒りと羞恥で茹でタコになっている。

 

「で、...これって何です?」

「...ぐっ」

 

ユノは素朴な質問を投げかけたが、素直な疑問こそ返答に困るものなのだ。

 

それは、入口に刺激を与えるよう、1つ1つのパーツがただの球体ではなく、いびつな形をしている。

 

色は赤色。

 

じっくり見ると、1つ1つがイチゴの形状になっている。

 

こうした遊び心を加えることで、営みを盛り上げる演出効果が期待できる逸品だ。

 

「どうやって使うんすか?」

「...っ!」

 

ユノはここまできてようやく、うっすらとだがコレの使用方法を想像することができた。

 

言葉に詰まるチャンミンにユノは慌てて、

「ですよね、ですよね。

あ~なるほど、“そういうヤツ”ですよね」

とフォローしてみたのだけど...。

 

「......」

 

絶望と羞恥のあまり、チャンミンは床に伏せて大泣きだす寸前だった。

 

(ああ...穴どころか海溝に沈みたい。

絶望の淵に墜落してして、姿を永遠に消してしまいたい...!)

 

「せんせ?」

 

ユノは微笑を浮かべたが、それはからかう笑みではない。

 

質問攻めにしたのは、チャンミンを動揺させて面白がるためではなく、純粋な疑問だった(ピュアな子供からの質問こそ、回答に困ってしまうものなのだが...)

 

「俺、こんくらいじゃ引きません、って。

むしろ...」

ユノはチャンミンの肩を引き寄せると、力一杯抱きしめた。

「人間っぽくて、すげぇ可愛いと思いました」

 

「え?」

 

「実は俺、せんせって性欲なんか無いんじゃないかって思ってたんすよ」

 

「...そんなこと...ないですよ。

なぜ、そう思ったのです?」

 

「何かあるとあたふたしてるし...行動が可愛いんです。

だから、せんせとエッチぃことが結びつかなくて。

でも、そうじゃなかった!

めちゃギラギラじゃないっすか!?」

 

「ギ、ギラギラ!」

 

「せんせのそこ...こんぐらいは余裕なんすよね?」

 

ユノはピンク色のブツをちらっと見た。

 

「な、な...なんてこと言うんですか!!」

 

チャンミンは腕をつっぱってハグするユノの口を塞いだが、ユノはその手を易々と引きはがした。

 

「や~です」

 

そして、ずいっと顔を寄せ、チャンミンの耳元で囁いた。

 

「これ使ってみます?一緒に?」

「!!!!」

 

ユノは目を剥くチャンミンの頬に唇を押し当てた。

 

「ユノさっ...!」

 

キスされた頬を押さえるチャンミンに、ユノは「せんせ...俺のキス...嫌なんすか?」と泣き真似した。

 

チャンミンはまんまと騙された。

 

「...ごめん、ごめんね」

 

オロオロし出したチャンミンに、ユノの顔は緩むのだ。

 

(あ~、せんせって可愛いなぁ)

 

「嫌じゃないですよ」

「知ってます」

 

「ユノさん!

僕の真似をしないでください!」

(この返しは、教習中のチャンミンの口癖)

 

少しだけ空気が和んだことに、ホッとした2人だった。

 

 

(つづく)

 

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