チャンミンは焦っていた。
(話題が何も思いつかない!
TVでも付けておけばよかった...)
ユノもチャンミンも、相手に探りをいれられずにいた。
チャンミンはユノに、「女の子と一緒に花火大会に行ってたんだって?どういうこと?」と。
ユノはチャンミンに、「言いたいことがあるなら、言ってくださいよ。もしかして、花火大会のことですか?」と。
それが出来ない。
なぜなら、無駄に話を振って墓穴を掘りたくなかったからだ。
その静寂を破ろうとユノは、「せんせもひと口どうすか?」と、ハンバーグの欠片を刺したフォークを、「あ~ん」とチャンミンの口元に近づけた。
「...っ」
チャンミンは気持ちでは突っぱねようと迷ったくせに、無意識で口は大きく開けていた。
ユノは大き目に切り分けたハンバーグを、ふざけてチャンミンの口の中に押し込んだ。
「ユノさっ...!」
チャンミンの口の中はハンバーグでいっぱいになり、口の周りにデミグラスソースがたっぷり付いている。
リスみたいに頬をふくらませ目を白黒とさせているチャンミンに、ユノの中で何かのスイッチが入った。
「せんせ!」
「ユノさっ...!」
ゴツン、という鈍い音。
フォークが床を転がる固い音。
ユノはチャンミンを床に押し倒していた。
床についたユノの両腕の間で、チャンミンは目を大きく丸く見開いている。
「......」
「ユノさん!
ちょっと...!」
ユノが腰の上に乗ってチャンミンの動きを封じている。
「下りてください!」
「いやです...!」
ユノの力強い両手で肩を掴まれて、身じろぎも拒まれた。
自分を見下ろすユノの真剣な1対の目に、チャンミンはたじろぐ。
(ユノの目...)
期待していたことが実現したシチュエーションだったのに、チャンミンの今の心境では喜んで受け入れるのは難しい。
(モヤモヤを晴らすために、言葉では解決できないからとセックスに持ち込むパターンが多かった。
『一緒にしたいことが特にないから』、といった理由の時も多かった。
ムラっときたからヤる。
そういうものなんだけど...)
ユノを見上げるチャンミンの目が、動揺で揺れていた。
(どうしよう!)
ユノがチャンミンを押し倒してしまったワケ...ぎこちない空気感を晴らす方法が見つからず、焦れた結果である。
「どうしたの?
ユノさん?」
もぐもぐ食べるチャンミンの顔が可愛くて、ムラっときてしまった結果でもある。
ところが、押し倒した後になってその勢いがしゅん、と消えてしまったのだ。
(このままじっとしていたら、変に思われる!
押し倒した次は...。
そうそう...キスだ!)
チャンミンはめざとく、ユノの目から困惑の色を見つけてしまった。
「!!」
顔を近づけたユノの顎は、チャンミンの手の平で押しのけられてしまったのだ。
「どうしてですか!?」
「こういうの...今夜は止めておきましょう」
ユノの顎を押しのけたチャンミンの力は案外強く、ユノは傷ついた気分で顎をさすった。
「なんで?」
「今は駄目です」
「なんでですか!?」
掴まれた両肩が自由になったためチャンミンは起き上がり、唇の端に付いたデミグラスソースを手の甲で拭った。
「『恋人ができれば、裸で抱き合いたいと望む男です』って言ってたのは‘せんせ’じゃん」
「覚えてましたか?」
「忘れられるわけないっすよ」
「そうですね。
ユノさんを煽るようなことを言ったのは僕でした。
あの時はあなたを傷つけてしまいましたね」
不貞腐れて頭をくしゃくしゃ掻くユノに、チャンミンはなだめるように言った。
「ユノさんは知っているかどうか...。
アソコには直ぐに挿れることは出来ないのです。
そのぉ...慣らさないといけなのです」
「ならす?」
男女間でも行われているプレイのひとつではあるが、その経験がないユノには知識が足りないことも多い。
きょとんとしたユノを前に、チャンミンは「無知なユノに呆れた顔をしたらいけない。彼を傷つけてしまう」と、表情に気をつけた。
「あそこはアレを挿れるには、とても狭いのです。
だから、前もって拡げておかないと...」
「そうなんすか!?」
ユノのきょとんとしていた表情がふむふむと、まるで教習中のような真剣なものに変化した。
「そりゃそうですよ。
普通はこれくらいの狭さです」
と言いながら、チャンミンは指で輪っかを作ってみせた。
丸めた指の間には隙間はない。
「これを最低でもこれくらい拡げないと」
と、チャンミンは輪っかをひと回り大きくした。
「拡げるには時間がかかります」
「拡げないと?」
「“ぢ”になります」
ユノの顔がゆがんだ。
「でも...せんせはその~、あの~...経験があるんでしょ?
挿れられる側だって、言ってたじゃないっすか?」
自分で言っておきながら、チャンミンの顔がボンっと真っ赤になった。
「そうでしたね」
毎日のように慰めている後ろ...いつでも受け入れることが出来るのに、「今すぐはできない」と断ってしまったチャンミン。
ユノには、花火大会という名の合コンに参加したかもしれない疑惑がある。
(疑惑が晴れないまま、ユノに抱かれるのはなぁ...イヤだ。
それからもうひとつ、心配なことがある。
いざ、僕の身体を目の当たりにした時、それまでイキっていたユノのものがしぼんでしまったら...!
しぼんでしまったことに焦るユノを目にしたら...男である自分が嫌になる)
自信喪失してしまう心情を想像してみて、チャンミンは心の中で青ざめるのだ。
恋にのめり込むハズのチャンミン、今回の恋はいつもの調子になれずにいる。
(不安の根源はユノがノンケであることだ。
それから、年の差!
ちっぽけなことを気にしてしまう僕を、嫉妬深く心が狭い奴だと、いつ軽蔑されてもおかしくない!)
(つづく)