(13)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

「せんせ?

どうしたんすか?」

 

自分を追いかけてきたチャンミンに、ユノはポカンとしている。

 

「はあはあ...ユノさん」

 

万年運動不足のチャンミンは両膝に手をついて、息が整うまでに時間を要した。

 

「よかった...はあはあ...間に合って」

 

チャンミンが追いかけてくるとは全く期待していなかったユノは、嬉しさよりも戸惑いの方が大きかった。

 

「忘れ物...しましたっけ?」

 

ユノはスマートフォンでも置き忘れたのかと、バッグの中を探りかけたところ、チャンミンは部屋の鍵を握りしめているだけだった。

 

ユノを見送った後のチャンミンはどうだったか、というと...。

 

チャンミンの目の前で、玄関のドアがカチャリとラッチの音をたてて閉まった。

 

「ふうぅ...」

 

肩の力が抜けた。

 

(ひとりになりたかった。

頭と感情の整理をしたかった)

 

ホッとしたのもつかぬ間、突如、猛烈な切迫感に襲われた。

 

それは、「今すぐユノを追いかけないと、僕らは駄目になってしまう!」といった、説明のつかない切羽つまった感情だ。

 

チャンミンはシューズラック上が定位置の鍵をひっつかむと、サンダルを引っかけ部屋を飛び出した

 

「...ユノを思って部屋を飛び出すパターン...何度目だろう」と思いながら。

 

(自転車だからきっともう、遠くまで走り去ってしまっているだろう。

間に合わないだろうな)

 

半ば諦めていたが、ユノがマンション前でぼんやりしていたおかげで、捕まえることに成功したチャンミンだった。

 

「忘れ物じゃなくて...はあはあ」

 

チャンミンは手を伸ばし、ハンドルを握るユノの手に重ねた。

 

「せんせ?」

 

「ユノさん、明後日は何時待ち合わせにしましょうか?」

 

「待ち合わせ?」

 

「会う予定にしていたでしょう?

夜勤明けって言ってましたよね」

 

「はい。

...でも...」

 

今夜のハプニングと意味深なぎこちない空気から予想するに、明後日の約束など自然消滅するのでは?と、ユノは諦めていたのだ。

 

「あの約束...有効なんすか?」

 

「当たり前でしょう」

 

チャンミンは微笑すると、ハンドルから引き取ったユノの手と、指を絡めて繋いだ。

 

気まずい雰囲気にしてしまったのは、ストレートに尋ねられなかった自分の臆病さだと、チャンミンはちゃんと分かっていた。

 

(分かっていたけれど、気まずい雰囲気を自ら作ることで、ユノにイジワルをしていたのだ...多分。

僕って、卑怯で弱虫だ)

 

「どこかに連れていってくれるんすか?」

 

「まあ...そんなところです。

映画なり買い物なりして、外でご飯を食べませんか?」

 

「はい!」

 

ユノは電話やメッセージで済むのに、直接伝えようと自分を追いかけてきたチャンミンにじんとした。

 

チャンミンは、デートの誘いに顔を輝かせたユノを見て、自分に向けられる好意はやはり本物だと思ったのだ。

 

2人の間に漂っていた、ぎくしゃくとした空気の靄が再び晴れた。

 

実のところ、「気にするのは止めておこう」と、容器に靄を詰めて蓋をしただけだが...。

 

(せんせは俺に何か言いたいことがあるみたいだ。

でも、それを隠しているのは、俺に遠慮しているせいだ。

これだけのことで気まずくなっちゃうなんて...俺たちはまだまだだなぁ)

 

ささいなことで心の距離ができたり、不安定になったり。

 

ささいなことで距離が縮まったり、愛情が深まったり。

 

「せんせ、おやすみ」

「ユノさん、気を付けて」

 

2人は手を振り合い、その場で解散したのだった。

 

 

その後。

 

ユノの自転車はアパートの方へ...ではなく、ある場所へと向かっていた。

 

到着したのはレンタルDVD店...チャンミンとの出逢いの場所だ。

 

ユノには目的があった。

 

 

駐車場は5割方埋まり、店内は夜ふかし目的の客たちが商品を物色中だった。

 

ユノは躊躇なき足取りで店内奥を目指し、堂々と暖簾をくぐった。

 

ユノの身長ほどの高さの棚がぐるりと四方を囲み、その棚を肌色の比率高めな背表紙がぎっしりと埋めている。

 

(どれにしよう...)

 

ユノの探査の目は左上からスタートし、ジグザグに舐めてゆき、右下でゴール。

 

1つの棚が終われば、次の棚へ移る。

 

1歩後ろに下がり、もう一度、ジャンル名の書かれた札を確認する。

 

「...無いか」

 

ユノが探していたものは見つからなかったようだ。

 

(やっぱ、特殊だからかな。

ネットで探した方がいいな)

 

せっかく来たついでだからと、不完全燃焼に終わった性欲を呼び起こす目的もあり、ユノはノーマルな作品を手にとった。

 

目的のアダルト動画にたどりつくまでの検索キーワードを思い浮かべながら、ユノは暖簾の外に出た。

 

「!!」

 

上の空だったユノは、通路にいた客と衝突してしまった。

 

「ユノ!」

「まるちゃん!」

 

鉢合わせしてしまったのは親友同士。

 

ユノはAVコーナー帰り、まるちゃんはアニメコーナーに向かう途中だった。

 

「おっす。

何してんだ?」

 

まるちゃんはフードを目深にかぶっており、季節感無視のファッションだ。

(まるちゃんは他人に顔を見られるのを嫌う)

 

カゴの中身に注がれたユノの視線に気づき、まるちゃんは得意げに言った。

 

「これさ、すでに廃盤になってて、市場に出回っていない奴なんだ。

ところがレンタル店にはあったりするんだ。

ここってチェーン系じゃないから、マニアックなものが結構あるんだぜ?」

 

次にまるちゃんはユノが手にしたモノを確認するなり、すっとその目を細めた。

 

「ふ~ん。

やっぱ、好きと好きとはやっぱ、違うもんなんだなぁ」

 

ユノにはまるちゃんの言葉がすんなり理解できない。

 

「『好き』と『好き』?」

 

「ユノは先生が『好き』

でも、女の子の裸が『好き』

恋愛対象と性欲の対象の性別が別って話」

 

「ああ。

その通りだ。

悪いか?」

 

「悪いっていうか、大変だなぁと思って」

 

「......」

 

「...俺んちくるか?

新しい紅茶を手に入れたんだ」

 

ユノは迷うことなく「行く」と答えた。

 

今夜抱えてしまったモヤモヤを、恒例のまるちゃんとのトークで整理したくなったのだ。

 

支払いを済ませた2人は、まるちゃん宅へと向かった。

 

 

(つづく)

 

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