(12)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

 

「戻りましょうか」と、ユノはチャンミンの肩に回していた腕を解いた。

 

(あれ?

続きは?)

 

チャンミンは肩すかしを食らったような気分になった。

 

「ユノさん!」

 

チャンミンの手は自然と、洗面所を出ようとするユノの手首を捕らえていた。

 

「わっ!」

 

力任せに引き寄せられ、ユノは後方へとバランスを崩してしまった。

 

ユノから取り上げた赤色の玩具は、邪魔になって床に落とした。

 

チャンミンはユノを胸に抱きとめるより先に、ユノをこちら向きにひっくり返した。

 

そして、抱きしめるのではなくユノの両頬をぎゅっと挟むと、間髪入れず唇を奪った。

 

(せんせー!)

 

まともにキスをしたのは、このキスが初めてかもしれない。

 

男同士の交際は欲に火が付くのも早く、欲に正直なあまり、その場の雰囲気など無視して行為に至る...と、一般的に思われている(多分)

 

チャンミンがユノとの関係に前進できずにいる理由は、非常に分かりやすい。

 

10歳以上の年齢差とユノがノンケだということが...これまでの恋愛通りにいかない理由...チャンミンの前に立ちはだかる大きな壁となっていた。

 

遠慮がちになっていたところに、自信をさらに失わせるようなネタが上がってきたのだ。

 

ますます調子が狂う。

 

「でも...」とチャンミンは思う。

 

ユノに押し倒されて拒んだのは自分の方だったのに、攻められないでいるのも寂しかったのだ。

 

過去の恋のパターンによると、交際においてイライラや緊張感、不安感に支配されるようになった度、それらから目を反らすために、恋人を押し倒すこともしばしばだった。

 

恋人の態度や醸し出す空気がいつもと違と察した時、指摘が追及になってしまい、それが別れの原因となったこともしばしば。

 

それならばと、彼にもっと尽くそうと甲斐甲斐しくなった結果、関係性を好転させるどころか、別れへのカウントダウンを早めてしまったこともしばしば。

 

チャンミンはそうなってしまうが怖くて、言葉で無理ならば身体で恋人を繋ぎ止めよう、寂しさを埋めようと、積極的に押し倒すしか術をしらなかった。

 

女子と並んだユノの写真のショックは、相当大きかった。

 

大人の玩具を見られてしまった件と相まって、その後の振る舞いが分からない。

 

『どうして内緒にしてたの?

知られたくないって、思ったからでしょ?

やっぱり女の子がいいんでしょ?』

 

ユノに訊ねられない代わりにとった手段が、ディープなキスだった。

 

「...んっ...ふっ」

 

ユノの両頬は、チャンミンの蜘蛛のように細くて長い指輪にホールドされ、唇は何度も何度も重ね直された。

 

(せんせっ...!

は、激しっ。

やっぱ、ギラギラじゃん)

 

驚きで抵抗してみたのもわずかな間。

 

だらりと落とされていた両腕はチャンミンの腰にまわる。

 

片手は、チャンミンから取り上げられなかったピンク色の玩具が握られたままだ。

 

ユノにとって、腰の高さが自分と同じ位であることが新鮮だった。

 

口内を舐め回され、ねっとりと与えられる刺激にユノの膝の力が抜けた

 

(あ...すげぇ気持ちいかも)

 

されるがままのキスからその先へ...スイッチが押されるのを待っている。

 

ユノはさきほどチャンミンを押し倒したが、チャンミンの拒絶によりその先に進めなかった。

 

途中でストップさせられ、悲しい思いもしたけれど、同時に「助かった」とホッとしていたのも事実。

 

ムラっときたのは確か。

 

しかし、その「ムラっ」は、ユノの身体のある部分を刺激しなかった。

 

チャンミンには絶対に言えないこと......性欲が湧かなかったのだ。

 

ユノの心配事は「勃つかどうか」

 

(男と付き合うのは初めてだ。

俺はせんせのことが大好きだ。

今こうやってキスしているのもドキドキするし、気持ちいい。

大好きな人とキスができて、とても嬉しい。

でも...)

 

ユノにとってチャンミンとは、憧れの人に近い存在だ。

 

チャンミンに見惚れた瞬間から始まった恋。

 

泣きじゃくるチャンミンを『綺麗だ』と心奪われ、『この人を泣かせたくない』と心に決めた人。

 

近づきたくて、チャンミンが勤める自動車学校に入学し、周囲を気にしない好き好きアピールの末、ゲットした恋。

 

(それなのに...それなのに!)

 

チャンミンが危惧した通り、彼の裸体を前にしてユノが尻込んでしまった可能性は大。

 

(せんせって、綺麗な顔してるのにギラギラだった。

このギャップは、いい興奮材料になってくれるかも...)

 

チャンミンのキスはさすが「大人の味」

 

ユノの身体の中心線に沿って、快感と幸福感の痺れが駆け下りてゆく。

 

チャンミンを押し倒した時以上の行為...初めてのディープキスをしたにも関わらず、性欲が激しく刺激されなかった。

 

そのことにショックを受けたユノは、いまいちキスに集中できずにいたのだった。

 

 

ユノとチャンミンはキスをした。

 

今夜のキスはムードに欠けていて、それ以上先には進めなかった。

 

どちらからともなく身体を離すと、何事もなかったかのようにリビングに戻ったのだった。

 

晴れたかと思われたぎこちない空気が、再び2人の周囲に垂れこめてしまった。

 

遠慮という霞で、互いの姿がクリアに見えない。

 

チャンミンへ差し入れた料理は、ユノの胃袋にほぼおさまってしまった。

 

「食べないのですか?」と勧めても、チャンミンは「お腹の調子が...」と断ったからだ。

 

雑談をはさみながら、ユノは箸を動かし、チャンミンはビールをすすっていた。

 

 

「俺、帰ります」

 

ユノは立ち上がった。

 

「こんな時間ですか。

そうですね、そうした方がいいですね」と、チャンミンは現在時刻に驚いた風に言った。

 

そしてチャンミンは、ユノを引き留めることなく、「せんせ、おやすみ」と手を挙げたユノを玄関先で見送った。

 

 

(今夜のせんせは、早く俺に帰って欲しかったのかな)

 

ユノは建物から出ると、駐輪所に停めておいた愛車にまたがった。

 

(この前なんて、帰って欲しくない感じがだだ洩れだったのに)

 

スロープを下りきると、出てきたばかりのエントランスドアを振り返った。

 

(俺から『ごめん』って謝った方がよかったんだろうか?

...でも、謝った時点で、悪いことをしていた自覚があったことを認めたことになる。

とっさに隠してしまったのは、そこに女の子がいたからじゃない)

 

ユノの自転車は走り出すことなく、またがったままでいる。

 

ユノの視線は植え込みに向けられているが、考え事にふけっている証拠にどこにも焦点があっていない。

 

(今年初めての花火大会は、せんせと一緒に行きたかったんだ。

もしせんせも同じことを考えていたら、俺だけが一足早く花火大会に行ってしまったと知った時、がっかりするんじゃないかって...それだけだったのに。

...俺はそのつもりでいても、普通の感覚だとその場に異性がいたかいないかが問題なんだ。

そうなんだよ~!

まるちゃんに叱られるまで、そのことに気付かないなんて!

馬鹿だぁ、俺は!)

 

今夜もチャンミンに会いたくて、バイト帰りの疲れなど何のその。

 

わくわく気分でエレベーターを降り、出迎えたチャンミンの固い表情に「?」となり、ぎこちない空気の中ひとり夕飯を摂り、押し倒してみたら拒まれ、チャンミンの大人の玩具を発見してしまい、アダルトなキスをして...。

 

あらゆる面で自信喪失。

 

ユノはへとへとだった。

 

「ユノさん!」

 

自分の名を呼ぶ声に、(『ユノさん』と呼ぶのはひとりしかいない)振り向くと、ユノを追ってきたチャンミンがいた。

 

 

(つづく)

 

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