(12)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

自動車学校とは指導員にとって出会いの多い場だ。

 

週に1度行われる入校式の度、1~3人の担当教習生が新たに加わる。

 

チャンミンが勤めている自動車学校では、男女関係トラブルを避けるため、男性教習生には男性指導員を、女性教習生には女性指導員が担当するルールになっている。

 

この週の入校式では、チャンミンに1人の教習生がついた。

 

20歳男子の大学生U君だ。

 

ルックスは中の中だが、ファッション雑誌から抜け出したかのように、お洒落上級者だった。

(そのセンスはエッヂがきき過ぎていた。

U君の開襟シャツの袖口がほころびており、裾も擦り切れているように見えた。

『この子は経済的に苦労しているのかな』と、心配してしまったチャンミンだった)

 

(へぇ...ユノと同じ大学なんだ)

 

たったそれだけで、ユノと繋がっている感がしてチャンミンの気分が上がるのだった。

 

 

今日はU君の実車教習第2時限目。

 

U君は、ユノとは別のタイプのおしゃべりな男子学生だった。

(もしかしたらU君は、ユノのことを知っているかもしれない)

 

2人は同じ大学に通っている...共通項を見つけたチャンミンは、ユノの違う顔を知りたくなった。

 

第3者の口から聞かされる恋人情報...こそばゆく、恋人のことがもっと好きになったりもして。

 

普段、滅多に教習生と雑談をしないチャンミンなのに「つい少し前まで、僕の担当にユノさんという子がいたのですが...」と、U君に話を振った。

 

「U君はまさか、僕とユノが恋人同士だなんて想像つかないだろうな」と、くすぐったい気持ちになった。

 

「Uさんと同じ学校の学生なのですが...?」

 

U君は助手席のチャンミンを向いて、目を丸くしている。

(彼はユノと違って、運転センスが抜群によかった)

 

「ユノ!?

俺の友だちですよ!」

 

「ホントですか!」

 

教習中であることを忘れ、チャンミンの興奮ボルテージが一気に上がった。

 

「Uさん、よそ見運転になってますよ」

「あー、はいはい」

 

チャンミンにはうすうす気づいていたことがあった。

 

ユノほど口うるさく指導をしていた教習生が、これまでいなかったということに。

 

(キング・オブ・下手っぴ...)

 

教習生ごとに差はつけないモットーでいたくせに、ユノが卒業してしまった今になって、彼にだけ手厳しい指導になっていたことに気づいたのだ。

 

今の場合など、「ユノさん!僕ら2人ともあの世ゆきですよ?」と、冷たく言い放っていただろう。

 

指導においてユノだけを贔屓してはいけない、と意識し過ぎた結果である。

 

「あいつ。

カッコいい奴でしょ?」

 

「ええ、そうですね。

イケメンでしたね」

 

恋人を褒められて、チャンミンは嬉しかった。

 

「でも、自分のカッコよさに気づいてないんですよ、あいつ」

 

「そうだろうなぁ」と、チャンミンは思った。

(ユノはそんな感じの男だ。

自分がどれだけいい男なのかを自覚しているのなら、わざわざ僕を好きになるはずがない)

 

ユノの学生の顔はもちろん、プライベートについても、まだまだ知らないことばかりだ。

 

「あれだけのイケメンだったら...やっぱり、モテますよね?」

 

まずは、一番気になっていることを訊ねた。

 

「そりゃモテますよ」

 

U君はさらりと認めた。

 

(!!!)

 

「...そうですか。

ですよね...」

「ですよ~」

 

教習車は場内コースを出、車庫前の乗降場所で停車した。

 

その直後、車庫に取り付けたスピーカーから教習終了のチャイムが鳴り響いた。

 

「お疲れ様です。

Uさんはこの調子で頑張ってください」

 

チャンミンはスタンプを押すと、教習簿をU君に手渡した。

 

「そうだ!

昨日だっけな、ユノと遊びましたよ」

 

「へぇ...」

 

(昨日といえば、花火大会で渋滞に巻き込まれてしまった日だ)

 

「一緒に遊ぶの、凄い久しぶりだったんですよ。

あいつ、ずーっと付き合いが悪かったから」

 

U君の言う事は、チャンミンにとって身に覚えがあった。

 

「僕と出会ってからのユノは、ずっと僕にかかりっきりだったから...」と、申し訳ない気持ちになった。

 

U君はバッグからスマートフォンを取り出し、すらすらと操作をすると、チャンミンに差し出した。

 

「花火大会に行ってきたんですけど...」

「花火大会...?」

 

「☓○川のやつです」

 

このところ、チャンミンの頭の中は来週の花火大会で占められていたため、昨日の花火大会の話を出されてもピンとこない。

 

「そんときの写真です。

SNSにあげました」

 

浴衣姿の女子3人、4人いる男子のうち1人はU君、もう1人はユノだった。

 

「男4人は同じ学校。

女の子たちは××短大の子です。

それなのに、ユノの奴、途中で行方不明。

後ろを振り向いたらいないの」と、U君は笑った。

 

チャンミンは、喉が詰まったかのように息苦しくなった。

「先生?」

 

スマホ画面が滲んでくるし、耳鳴りがし始めた。

 

様子のおかしいチャンミンを呼ぶU君の声が聞こえない。

 

(女子!?

それって合コンじゃないか!?)

 

真っ青な顔色をして黙り込んでしまったチャンミン。

 

「先生...どうかしたんですか?」

 

ショック状態から回復するにつれ、徐々にU君の声が耳に届いててきた。

 

「あっ...すみません。

写真、ありがとうございます。

皆さん、楽しそうですね。

次の教習が始まってしまいますね」

 

校舎に戻るU君の後ろ姿を眺めながら、チャンミンはぼんやりとしていた。

 

ワクワクとした気分は一瞬でしぼんでしまっていた。

 

(つづく)

 

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