(36)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

俺はだんだん腹がたってきた。

 

反応してしまった俺のムスコの見境のなさと、チャンミンが相手ならヤレるかもと思ってしまった自分に、だ。

 

「僕はオトコだ。

ユノが挿れる場所は女の子の穴じゃない」

 

「確かに...」と、納得させられそうになるから恐ろしい。

 

チャンミンのマジな眼がいけない。

 

だから迷いが生じたんだ。

 

迷っている時点で、誘いに乗っているのと同然ではないか。

 

事実、俺の身体は反応しかけていて、それはつまり、チャンミンの説得にイエスと頷いているのと同然ではないか。

 

ぐらぐら揺れる俺に、チャンミンはとどめを刺しに来る。

 

「お尻の穴だ。

穴に意味はない」

 

「......」

 

「妊娠の心配はない。

2人で気持ちよくなるための穴だ。

それだけだ」

 

「『それだけ』?」

 

チャンミンは頷いた。

 

「僕とのセックスに意味はない。

愛はいらない」

 

チャンミンは俺の頬を両手で挟むと、鼻の先同士がくっつきそうな距離にまで顔を近づけた。

 

「!!」

 

キスされるのではと、反らしかけた顔はチャンミンの手にホールドされてしまった。

 

「ねぇ、気持ちよくしてあげるから」

 

チャンミンの熱い吐息が直接唇に吹きかかる。

 

「僕、ユノのことが気に入ったんだ」

 

「......」

 

徐々に分かってきた。

 

俺を腹立たせたものの正体を。

 

...それは、チャンミンの軽々しさだ。

 

この男は誰に対してもそうなのか?

 

俺たちは知り合ったばかりの間柄で、互いの素性は知らないも同然(自宅の住所と職業、シモの毛事情程度か?)

 

俺ってもしかして、いわゆる『ナンパ』されたのか?

 

俺のことを性的に見ていたのか?

 

男なら誰でもいいのか?

 

この2日間、ちょいちょいそれらしい言動で俺をからかっていたが、実は半分本気のものだったのか?

 

マッチョなタクシードライバーが言っていたことは本当で、俺も彼と同様な目に遭うのか?

 

俺はそれに気付かずにいたし、当然のことながらチャンミン相手にその気は全くなかった。

 

それどころか、面白い奴だと興味が湧いていて、友達になれるかもしれないとまで思いかけていたのだ。

 

「もう1度言うよ?

僕のここは、女の子の穴じゃない。

だから、ユノはチェリーのままでいられる」

 

「なんだよ、その理屈は?」

 

「ただのオナホールだと思って構わない」

 

一瞬で我に返った俺は、チャンミンの手を払いのけて怒鳴った。

 

「ふざけんな!」

 

俺の剣幕にチャンミンは茫然と、払いのけられた手は宙に浮かせたままでいる。

 

俺はゆっくりと、絞り出すように言った。

 

「自分の身体を軽々しく扱うな!」

 

「...っ!」

 

俺の剣幕に我に返ったチャンミンの顔からは、妖しげな笑みが瞬時に消えた。

 

俺は勢いよく立ち上がった。

 

「帰る!」

 

俺の腰にまたがっていたチャンミンは、その勢いで湯船に背中からひっくり返ってしまった。

 

腹が立っていた俺はそんなチャンミンに手も貸さず、彼をまたいで湯船から出た。

 

「待って!」

 

浴室を出て行く俺をチャンミンは追いかけた。

 

「やだ。

待って!」

 

「......」

 

俺の身体から滴る水で、床に水たまりができてしまった。

 

「行かないで」

 

「......」

 

俺はすがりつくチャンミンを無視して、服を着た。

 

びしょ濡れの身体に衣服が貼り付き、下着ひとつ身につけるのに手こずる自分にも苛立っていた。

 

「ごめん、ごめんね。

言い方が悪かった」

 

チャンミンが手渡してくれたタオルを受け取り、頭を拭いた。

 

「......」

 

「僕の周りの奴らはみんな、そういうヤツばっかなんだ。

だから、同じノリで接しちゃっただけなんだよ」

 

「『そういうヤツ』?

どういうヤツなんだよ?」

 

Tシャツを着終えた俺は、その辺りに置いたはずのバッグを探していた。

 

「僕をひとりにしないでよ」

 

キョロキョロする俺の前を、チャンミンが立ちはだかった。

 

「ごめんね!

僕が悪かった。

謝るから帰らないで」

 

俺のバッグを抱きしめ、涙目の上目遣いのチャンミンは全裸のままだ。

 

「ああいうことは、もう言わないから。

さっきのは忘れて」

 

俺の偏見がそうさせてしまっているのだろうか...チャンミンが可哀想になってきた。

 

ストーキング男。

 

ダイヤモンドを贈り、除毛を命じた男。

 

力自慢の未練たらたらタクシードライバー。

 

この男の過去のオトコには、ろくな男はいないのか。

 

それも無理はないか...と思った。

 

この男の見た目は綺麗過ぎるし、態度も軽薄だ。

 

軽薄な態度は、軽薄な人間関係しか生まず、ついには軽薄な人間しか寄ってこなくなる。

 

その軽薄さの発端が何だったのかは知らないが(過去のトラウマ?)

 

チャンミンの思う『友人』とは、肉体関係込みのものかもしれない(その辺りのすり合わせは必要だな)

 

たまたま知り合った俺に対しても、いつものノリで軽薄に誘ってしまったのだろう。

 

俺はチャンミンを...フルチンのままバッグを抱きしめ、泣き出しそうな顔をした男を見つめていた。

 

「こんな僕で...ごめん」

 

無様な恰好のまま置き去りにして、部屋を出て行ってしまうこともできた。

 

チャンミンの誘いにのれない男なら、そうしてしまっただろう。

 

『気持ち悪いんだよ?

男とデキるわけね~だろ?』と、吐き捨てて。

 

男とHができるかどうか?...確かにこれは越え難い壁だ。

 

けれども俺が抱いた嫌悪感は、そういう類のものではなく、チャンミンの軽々しさなのだ(身体は反応してしまったけれども)

 

俺にとってセックスとは、快楽を求める為だけのものではない。

 

神聖なものなのだ(ヤッてもいないのに)

 

チャンミンはその主義を知っているくせに、俺を誘ってきた。

 

俺の主義を曲げようと、あの手この手で説得にかかってきた。

 

自身の身体を道具のように扱うチャンミンが嫌だったのだ。

 

その点は、チャンミンが男だろうが女だろうが関係ない。

 

「...わかったよ」

 

ホッと、チャンミンは張りつめていた表情を緩めた。

 

俺はチャンミンにタオルを放ってやると、ベッドに座るよう促した。

 

「いつもそうなのか?」

 

「え?...」

 

「ああやって男を誘ってるのか?」

 

誤魔化しは許さないぞと、俺はチャンミンを真っ直ぐ見据え、彼の答えを待った。

 

「僕の癖というか...僕にとって当たり前のことというか...。

ユノと仲良くなりたいな、って」

 

「俺と仲良くなりたい...ね」

 

チャンミンは俺のバッグを深く抱きしめ、こくりと頷いた。

 

「ユノは?

ユノは僕と仲良くなりたい?」

 

「っていうか、既に仲良いじゃん。

どうでもいい奴を助けに行くかよ」

 

「...ありがと」

 

俺は思い起こしてみた。

 

ズカズカと無断で俺の席につき、失恋直後の俺を慰めようとしてくれたこと。

 

髪型といい服装といい、見た目がすごかった。

 

誰にも明かしたことのないこと...童貞...を、こいつならばとカミングアウトした。

 

無邪気に尻の穴を見せられた時の衝撃。

 

見た目のチャラさに反して、職業がまさかの介護士だと知った時のギャップ感。

 

悪態をつきながらも、前彼に拘束されているチャンミンを救出するために、大慌てで家を出た時の俺の感情。

 

気付いたら一緒に湯船に浸かっていた。

 

「あんたは面白い奴だし、放っておけないっていうか...。

驚きの連続だったよ」

 

言いながら顔が熱くなってきた...どうやら俺は照れているようだ。

 

「そうだね」

 

チャンミンの腕からバッグを奪い取った。

 

絶望的に顔をゆがめるものだから、「帰らね~よ」と言って安心させた。

 

「服、着ろよ。

寒いだろ?」

 

帰る気は無くなっていた。

 

「あんたは俺の主義を知っているよな?

知っていて誘ったんだろ?」

 

「...うん」

 

「俺と本気でしたかったんだろ?」

 

「...うん」

 

「チャンミン...。

身も心も、俺と全てを繋げる覚悟はあるのか?」

 

「え?」

 

俺はチャンミンの肩をつかんだ。

 

裸の肩は、見た目の華奢さに反して男らしいがっちりとしたものだった。

 

「チャンミンは本気なんだよな?

俺も本気になってもいいんだな?」

 

「え?

それはどういう...?」

 

俺の言葉が意外過ぎるのか、チャンミンは目を丸くさせて戸惑っているようだった。

 

それもそうだろう。

 

俺だって、こんなことを言い出した自分に驚いているのだ。

 

俺を帰らせまいと、立ちはだかったチャンミンを目の当たりにした時、カチリと歯車が合わさったというか、枯れ草の中から針を見つけたというか...とにかく簡単には説明できない何かの辻褄があったのだ。

 

「Hするのに『愛は要らない』なんて言うなよ」

 

このあと俺は、とんでもないことを口走るのだった。

 

(つづく)

 

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