~ユノ~
俺はだんだん腹がたってきた。
反応してしまった俺のムスコの見境のなさと、チャンミンが相手ならヤレるかもと思ってしまった自分に、だ。
「僕はオトコだ。
ユノが挿れる場所は女の子の穴じゃない」
「確かに...」と、納得させられそうになるから恐ろしい。
チャンミンのマジな眼がいけない。
だから迷いが生じたんだ。
迷っている時点で、誘いに乗っているのと同然ではないか。
事実、俺の身体は反応しかけていて、それはつまり、チャンミンの説得にイエスと頷いているのと同然ではないか。
ぐらぐら揺れる俺に、チャンミンはとどめを刺しに来る。
「お尻の穴だ。
穴に意味はない」
「......」
「妊娠の心配はない。
2人で気持ちよくなるための穴だ。
それだけだ」
「『それだけ』?」
チャンミンは頷いた。
「僕とのセックスに意味はない。
愛はいらない」
チャンミンは俺の頬を両手で挟むと、鼻の先同士がくっつきそうな距離にまで顔を近づけた。
「!!」
キスされるのではと、反らしかけた顔はチャンミンの手にホールドされてしまった。
「ねぇ、気持ちよくしてあげるから」
チャンミンの熱い吐息が直接唇に吹きかかる。
「僕、ユノのことが気に入ったんだ」
「......」
徐々に分かってきた。
俺を腹立たせたものの正体を。
...それは、チャンミンの軽々しさだ。
この男は誰に対してもそうなのか?
俺たちは知り合ったばかりの間柄で、互いの素性は知らないも同然(自宅の住所と職業、シモの毛事情程度か?)
俺ってもしかして、いわゆる『ナンパ』されたのか?
俺のことを性的に見ていたのか?
男なら誰でもいいのか?
この2日間、ちょいちょいそれらしい言動で俺をからかっていたが、実は半分本気のものだったのか?
マッチョなタクシードライバーが言っていたことは本当で、俺も彼と同様な目に遭うのか?
俺はそれに気付かずにいたし、当然のことながらチャンミン相手にその気は全くなかった。
それどころか、面白い奴だと興味が湧いていて、友達になれるかもしれないとまで思いかけていたのだ。
「もう1度言うよ?
僕のここは、女の子の穴じゃない。
だから、ユノはチェリーのままでいられる」
「なんだよ、その理屈は?」
「ただのオナホールだと思って構わない」
一瞬で我に返った俺は、チャンミンの手を払いのけて怒鳴った。
「ふざけんな!」
俺の剣幕にチャンミンは茫然と、払いのけられた手は宙に浮かせたままでいる。
俺はゆっくりと、絞り出すように言った。
「自分の身体を軽々しく扱うな!」
「...っ!」
俺の剣幕に我に返ったチャンミンの顔からは、妖しげな笑みが瞬時に消えた。
俺は勢いよく立ち上がった。
「帰る!」
俺の腰にまたがっていたチャンミンは、その勢いで湯船に背中からひっくり返ってしまった。
腹が立っていた俺はそんなチャンミンに手も貸さず、彼をまたいで湯船から出た。
「待って!」
浴室を出て行く俺をチャンミンは追いかけた。
「やだ。
待って!」
「......」
俺の身体から滴る水で、床に水たまりができてしまった。
「行かないで」
「......」
俺はすがりつくチャンミンを無視して、服を着た。
びしょ濡れの身体に衣服が貼り付き、下着ひとつ身につけるのに手こずる自分にも苛立っていた。
「ごめん、ごめんね。
言い方が悪かった」
チャンミンが手渡してくれたタオルを受け取り、頭を拭いた。
「......」
「僕の周りの奴らはみんな、そういうヤツばっかなんだ。
だから、同じノリで接しちゃっただけなんだよ」
「『そういうヤツ』?
どういうヤツなんだよ?」
Tシャツを着終えた俺は、その辺りに置いたはずのバッグを探していた。
「僕をひとりにしないでよ」
キョロキョロする俺の前を、チャンミンが立ちはだかった。
「ごめんね!
僕が悪かった。
謝るから帰らないで」
俺のバッグを抱きしめ、涙目の上目遣いのチャンミンは全裸のままだ。
「ああいうことは、もう言わないから。
さっきのは忘れて」
俺の偏見がそうさせてしまっているのだろうか...チャンミンが可哀想になってきた。
ストーキング男。
ダイヤモンドを贈り、除毛を命じた男。
力自慢の未練たらたらタクシードライバー。
この男の過去のオトコには、ろくな男はいないのか。
それも無理はないか...と思った。
この男の見た目は綺麗過ぎるし、態度も軽薄だ。
軽薄な態度は、軽薄な人間関係しか生まず、ついには軽薄な人間しか寄ってこなくなる。
その軽薄さの発端が何だったのかは知らないが(過去のトラウマ?)
チャンミンの思う『友人』とは、肉体関係込みのものかもしれない(その辺りのすり合わせは必要だな)
たまたま知り合った俺に対しても、いつものノリで軽薄に誘ってしまったのだろう。
俺はチャンミンを...フルチンのままバッグを抱きしめ、泣き出しそうな顔をした男を見つめていた。
「こんな僕で...ごめん」
無様な恰好のまま置き去りにして、部屋を出て行ってしまうこともできた。
チャンミンの誘いにのれない男なら、そうしてしまっただろう。
『気持ち悪いんだよ?
男とデキるわけね~だろ?』と、吐き捨てて。
男とHができるかどうか?...確かにこれは越え難い壁だ。
けれども俺が抱いた嫌悪感は、そういう類のものではなく、チャンミンの軽々しさなのだ(身体は反応してしまったけれども)
俺にとってセックスとは、快楽を求める為だけのものではない。
神聖なものなのだ(ヤッてもいないのに)
チャンミンはその主義を知っているくせに、俺を誘ってきた。
俺の主義を曲げようと、あの手この手で説得にかかってきた。
自身の身体を道具のように扱うチャンミンが嫌だったのだ。
その点は、チャンミンが男だろうが女だろうが関係ない。
「...わかったよ」
ホッと、チャンミンは張りつめていた表情を緩めた。
俺はチャンミンにタオルを放ってやると、ベッドに座るよう促した。
「いつもそうなのか?」
「え?...」
「ああやって男を誘ってるのか?」
誤魔化しは許さないぞと、俺はチャンミンを真っ直ぐ見据え、彼の答えを待った。
「僕の癖というか...僕にとって当たり前のことというか...。
ユノと仲良くなりたいな、って」
「俺と仲良くなりたい...ね」
チャンミンは俺のバッグを深く抱きしめ、こくりと頷いた。
「ユノは?
ユノは僕と仲良くなりたい?」
「っていうか、既に仲良いじゃん。
どうでもいい奴を助けに行くかよ」
「...ありがと」
俺は思い起こしてみた。
ズカズカと無断で俺の席につき、失恋直後の俺を慰めようとしてくれたこと。
髪型といい服装といい、見た目がすごかった。
誰にも明かしたことのないこと...童貞...を、こいつならばとカミングアウトした。
無邪気に尻の穴を見せられた時の衝撃。
見た目のチャラさに反して、職業がまさかの介護士だと知った時のギャップ感。
悪態をつきながらも、前彼に拘束されているチャンミンを救出するために、大慌てで家を出た時の俺の感情。
気付いたら一緒に湯船に浸かっていた。
「あんたは面白い奴だし、放っておけないっていうか...。
驚きの連続だったよ」
言いながら顔が熱くなってきた...どうやら俺は照れているようだ。
「そうだね」
チャンミンの腕からバッグを奪い取った。
絶望的に顔をゆがめるものだから、「帰らね~よ」と言って安心させた。
「服、着ろよ。
寒いだろ?」
帰る気は無くなっていた。
「あんたは俺の主義を知っているよな?
知っていて誘ったんだろ?」
「...うん」
「俺と本気でしたかったんだろ?」
「...うん」
「チャンミン...。
身も心も、俺と全てを繋げる覚悟はあるのか?」
「え?」
俺はチャンミンの肩をつかんだ。
裸の肩は、見た目の華奢さに反して男らしいがっちりとしたものだった。
「チャンミンは本気なんだよな?
俺も本気になってもいいんだな?」
「え?
それはどういう...?」
俺の言葉が意外過ぎるのか、チャンミンは目を丸くさせて戸惑っているようだった。
それもそうだろう。
俺だって、こんなことを言い出した自分に驚いているのだ。
俺を帰らせまいと、立ちはだかったチャンミンを目の当たりにした時、カチリと歯車が合わさったというか、枯れ草の中から針を見つけたというか...とにかく簡単には説明できない何かの辻褄があったのだ。
「Hするのに『愛は要らない』なんて言うなよ」
このあと俺は、とんでもないことを口走るのだった。
(つづく)
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