成り行き上、というか、僕がそうしたくてアオ君を自宅に連れ帰った。
空になった弁当箱を携えて、アオ君のアパートメントから僕の家までの道すがら僕らはいろいろな話をした。
アオ君は僕と夫との馴れ初めを聞きたがったから、ほとんど僕が話していたんだけどね。
嬉々として、夫との距離が近づいたきっかけ...男性アイドルにのめり込んだ挙句、彼の結婚によって儚く散った恋のこと、失恋に苦しむ僕を夫が支えてくれたこと、いつの間にか惹かれ合っていたこと、そして七夕飾りにプロポーズの言葉が添えられていたこと...などを熱く語っているうちに自宅に到着していた。
アオ君は僕と夫の住まいに興味しんしんで、すみずみまで見て回った(『ここが寝室だよ』と案内したら、『さすがに夫夫の愛の営みの現場まではちょっと...』と遠慮するものだから、僕は大赤面してしまった)
夕飯の用意をする間、アオ君は我が家のごとくごろりと横になりテレビを見ていた。
ふわっとカレーの香りが家じゅう漂い始めた頃、アオ君はテレビを消して僕の元へやってきて「手伝うこと、ある?」と申し出た。
「やっぱりイイ子じゃん」と感心したけど、アオ君は家事がからきしであることをすぐに思い出し、「いや...座ってて」と断りかけた。
「でも...」と思い直した。
家のことをある程度出来るように仕込みたくて連れ帰ったようなものだ。
夫の予言通り、僕はお世話したくて仕方がないのだ。
3歳の子供でもあるまいに、食器を並べることくらい出来るだろうと、食卓の用意を依頼したのだった。
ヒヤヒヤしながら見守る僕の視線に気づいて、アオ君はムッとしたようだ。
「あのなぁ、俺を何だと思ってるんだよ?
召使がいるような家庭で育ったわけじゃないんだし」
アオ君の家庭事情に興味しんしんだった僕は、おずおずと訊ねた。
「...アオ君のお父さんとお母さんって、どんな人?」
僕の質問にグラスを並べていたアオ君の手が止まった。
「......」
(やば、地雷だったかな?)
アオ君は僕から目を反らし、しばらくの間俯いていた。
伏せた目の目尻のラインが夫に似ていた。
「ごめん!
答えたくなければいいよ。
今の質問、忘れて」
慌てた僕はぱたぱたと手を振った。
自宅を出て寮生活を選択したのは、行きたい学校が遠方にあったから、という理由も当然あるから不自然ではないのだけど。
でも、基本的な生活術が未熟なアオ君が、両親ではなく遠い親戚の夫を頼らずにはいられないところに事情がありそうだと思ったのだ。
夫がアオ君の世話役をかってでたのは、アオ君の両親から依頼されたからとは見えなかった。
僕は夫の両親とは1度だけ会ったことはあるが、その他親族は知らない。
学生結婚だった僕らは結婚式など挙げておらず、僕らを表立ってお祝いしてくれたのは、僕の家族と夫の妹、数人の友人たちだけだ。
没交流だったのに、「息子が一人暮らしをするから」と近場に暮らしていた従兄弟(つまり夫)を頼るのはあまりに都合が良すぎる。
「いや、いいよ。
話すよ」
アオ君は苦笑するとダイニングチェアに座り、僕も席に着くよう促した。
「俺の両親は...俺を邪険になんかしていない。
いい人たちだ」
「え!?
そうなの?」
「うん。
俺のやりたいことを全部、自由にやらせてくれてる。
失敗したとしても、『次頑張ればいいさ』と許してくれるし、次にやりたいことを応援してくれるんだ」
僕が思っていたのと真逆の回答で、頭の中にクエスチョンマークが飛び交った。
アオ君は僕を見て、ふふっと笑った。
「ヤな親だと思ったっしょ?」
「う、うん...」
「理解ある親を持っているのに、親じゃなくてユノさんに頼ってる。
ヘルプを出せば、俺の親のことだから飛んでやってくるだろうね。
...でも、そうしたくないんだ。
何でなのか、気になるっしょ?」
僕はうんうん、と頷いた。
「これも俺のやりたいことだったんだ」
「やりたいこと?」
「親から離れたかった、っていうか...。
とか言って、アパートとか生活費は援助してもらってるんだけどさ。
半端なとこが笑えるだろ?」
「ううん。
高校生なのに、一人暮らししてるだけでもすごいよ。
僕だったら無理かも...」
「チャンミンなら出来るさ。
家のこと、完璧じゃん」と、アオ君は台所をぐるりと見渡した。
使いかけの乾物の袋の口を留めた洗濯ばさみ、冷蔵庫の扉にはレシピの切り抜き、資源ごみの日に赤丸をつけたカレンダー、夫にDYIしてもらったキャスター付きワゴン...。
古いけれど工夫を凝らして、1日のうち2番目に長く過ごす空間。
「家にいる時間が長いだけ。
僕ってほら、小説家だし...全然売れてないけどさ。
ユノに養ってもらってるんだ。
情けないよね。
ははは」
鍋の中身が焦げ付きそうだった為、軽くかき混ぜたのちガスの火を止めた。
「情けないなんて...。
そういうこと、ユノさんには言わない方がいいよ」
「どういうこと?」
頬杖をついたアオ君は、ちょっと怖い顔で僕を見た。
「ユノさん、悲しがると思うよ?」
「......悲しがる...?」
アオ君の言葉に僕は首を傾げた。
(つづく)
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