(21)僕らが一緒にいる理由

 

~夫の夫~

 

俺はアオ君を責めていない。

 

「このままじゃいけないよ」と、思い出させてあげただけだ。

 

「ずっとここに居続けるわけにはいけないよ」と。

 

「突然アオ君がいなくなったら、チャンミンの落ち込みようは酷いと思う。

もちろん、俺も寂しいよ、とても」

 

「......」

 

俯くアオ君の頭に片手をのせた。

 

垂れた前髪が濃い影を作って、アオ君の表情を覆っていた。

 

俺から頭を撫ぜられるがままのアオ君は、もう17歳、まだ17歳だ。

 

「俺の場合は最初から事情を知っていたから、多少はマシだろうけど、チャンミンは何も知らないからね。

 

最後まで内緒にしているのは、さすがにチャンミンが可哀想だ。

 

早いうちに、チャンミンには説明をしておいた方がいいかもしれないなぁ」

 

「そうですね...」

 

「アオ君だって、何も知らせずに行ってしまうのは嫌だろう?」

 

「嫌です」

 

「最初は最後まで知らせない方がいいと思っていた。

でも、アオ君の手助けを始めてすぐに、これは俺だけが抱えきれる秘密じゃない、と考えを変えた。

どうせすぐにバレるだろうからと、外出の言い訳も適当にしてたしさ」

 

「...じゃあ、爪痕を残してもいいんですか?」

 

「ああ。

ガツン、とね。

その時は俺も一緒にいるから」

 

アオ君の頭の上にあった手を彼の肩に落とし、ぽんぽんと叩いた。

 

「どう?

得られたものはあった?」

 

「あったと思います」

 

「それはよかった。

じゃあ、どこかで場を設けるよ」

 

「理解してもらえるでしょうか?」

 

「するさ。

チャンミンは小説家をやってるだけあって、感情面で柔軟性はあると思うよ」

 

パタパタと、聞きなれたリズムのスリッパ音に顔を上げると、夫が寝室の戸口に立っていた。

 

「ユノ~。

具合はどう?」

 

「楽になったよ」

 

「ホントに?」

 

俺の言葉を信用していない夫は「どれどれ~?」と、俺の額に手を当てた。

 

炊事中の夫の手は冷たくて気持ちがよかった。

 

「昼間より下がったかなぁ?

夫は反対側の手をアオ君の額に当ててみせると、「あれ?アオ君の方が熱い?」と首を傾げて今度は自身の額に手をやった。

 

「あれ?

僕も熱があるかも」

 

「それは手が冷たいからだよ」

 

「ユノの風邪がうつったかも。

ほら、おでこに触ってみて。

熱いから」

 

「いや...全然」

 

「体温計使えばいいじゃないですか」

 

「そりゃそうだけど」

 

俺たち3人は、互いの額の温度を比較し合っては笑った。

 

 

 

~僕~

夫が風邪をひいた。

 

朝出勤していった夫が、昼食前にふらふらになって帰宅したのだ。

 

「もぉ!

僕の言うことを聞かないから!」

 

湯上りの身体で寒空の下、出掛けていった夫が悪い(寒い季節、暑いくらいに暖房がきいた部屋で食べるアイスクリームが最高なんだとか)

 

僕は夫を着替えさせ、寝床に押し込んだのち、執筆の続きに戻る為書斎に引っ込んだ。

 

キーボードを打つ指のスピードは落ちない。

 

生活が充実しているおかげなのか、近頃の僕は冴えているのだ。

 

気持ちが若くなったと感じるし、夫のダメダメなところが気になりにくくなった。

 

第一章まで書き上げた時、夫を寝かせてからちょうど3時間が経っていた。

 

音をたてないようドアを開け、寝室の様子をうかがうと、夫はまだ寝息をたてていた。

 

額に貼っていた冷却シートを新しいものと交換してやる間、風邪薬がよく効いているのか夫はぴくりとも動かなかった。

 

口元に耳を寄せ、呼吸音とリズムを確かめた。

 

吐息は熱く、うっすら開いた唇はかさかさに乾いている。

 

「......」

 

僕ら以外誰もいるはずないのに、キョロキョロ周囲を見回してから夫にキスした。

 

今のキスの相手が素面の健康体の夫だったとしたら、首根っこをつかまれベッドに引きずり込まれていただろうな。

 

 

お粥でも用意しようと台所に立った丁度その時、チャイムが鳴った。

 

「寒い寒い!

ぼたん雪っていうの?

でっかい雪が降ってきた」

 

前髪と両肩に雪をのせたアオ君だった。

 

今夜、アオ君を夕食に誘っていたことを忘れていた。

 

夫が風邪で寝込んでいることを知らせると、アオ君の表情が瞬時に曇った。

 

「えっ!?

大丈夫なの?」

 

「だいじょーぶ。

ユノはひと冬に必ず1度は風邪ひく人なの。

僕は滅多にひかないんだけどね~、はは~」

 

アオ君のおろおろ具合が面白かった。

 

「病院は!

病院に連れていかなくてもいいんですか?」

 

心配する挙句、寝室まで突撃しようとするアオ君を引き留めた。

 

「今はゆっくり寝かしておくことが、一番の養生だよ」

 

「...分かったよ」

 

「お粥を作るんだけど、教えてあげようか?」

 

「...しょうがねぇな。

教えてもらうよ」

 

アオ君は僕の隣に立って、米の研ぎ方包丁の持ち方などを手取り足取り指導した。

 

ネギに添えたぶきっちょなネコの手に、僕は心の中でクスクス笑っていた。

 

 

夫が目覚めるまでの間、僕とアオ君は共にコタツでみかんを食べていた。

 

外皮をむくなり、2,3房まとめて口に放り込むアオ君に対して、僕はみかんのスジを丁寧に取り除く派だ。

 

「チャンミンらしい食い方だなぁ」

 

「うるさいなぁ。

そうだ!」

 

僕が夫の浮気を疑う以前、密かに温めていたプランについて、アオ君に助言を仰ぐことにした。

 

引きこもりの僕よりも、若者の感覚の方が頼りになりそうだった。

 

「ユノに贈り物をしたいと思ってるんだ。

まとまった原稿料が入ったんだよ。

何をあげた方がいいと思う?」

 

「名目は何?」

 

アオ君は2個目のみかんの皮をむきながら尋ねた。

 

「クリスマス兼誕生日兼バレンタイン兼ホワイトデー兼いままでありがとう、これからもよろしくね兼、「大好きだよ」プレゼント...とか?」

 

「う~ん」

 

「財布やパス入れ。

万年筆、ネクタイ。

王道なものでいいんじゃね?」

 

「実はね...大体のものはあげつくしたんだ」

 

各種イベントごとに、ちょっといいモノをお互いに贈り合ってきたから、近年ネタ切れになってきていた。

 

「旅行もいいかなぁ、と思ってはいるんだけどさ」

 

アオ君は僕の左薬指を見て、「アクセサリーは?」と訊ねた。

 

「ファッションリングってこと?

ネックレス...ユノなら付けそうだね、休みの日とか」

 

「ピアスなんかはどうかな?

ユノさん、ピアスホール開いてたし」

 

アオ君は自身の耳たぶを指さした。

 

「ユノさんなら、30過ぎてもピアスが似合うイケオジになれるよ」

 

「あのね~、ユノはオジサンな年じゃないよ」

 

「俺からみたら、30過ぎたらオジサンだよ」

 

「...っ」

 

いちいち相手にしていたらきりがない、スルーすることにした。

 

「ピアスか~。

ちゃんとしたものはあげたことないかも」

 

夫から無理やりピアスホールを開けられた過去を思い出していた。

 

ファッション雑貨コーナーへふくれっ面の僕を連れてゆき、揃いのピアスを買ったっけ?

 

1ペアを半分こしたはず。

 

懐かしいなぁ...。

 

「いいね。

ピアス、いいかも」

 

土鍋の蓋がカタカタ音をたて始めた。

 

出来上がったお粥は、アオ君が寝室に運ぶことになった。

 

 

(つづく)

 

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