「ええっ!?」
アオ君の爆弾発言に、僕はバネのように立ち上がった。
僕は言葉を失い、アオ君を穴が開くまで凝視していた。
次に夫を見た。
「...知ってたの?」
夫は苦笑して頷いた。
「ズルいよ!」
「そう言うと思った」
僕がどんな反応を返すのか、2人にはお見通しだったようだ。
「ちゃんと説明ができるようになったので、今、話しますよ」
僕は夫とアオ君の両方から肩を押され、ベンチにすとんと腰を下ろした。
「アオ君のご両親は、2人とも男なんだぁ...そっか」
「そういうことです」
「ユノには話せたんだから、僕にも話してくれたっていいじゃん。
だって...僕とユノも同じじゃん」
...子供はいないけれど。
「だからこそ、ですよ。
チャンミンたちがそうだから、言いにくかったんだ」
(あれ?
呼び捨てになってる。
夫がいる場では敬語、僕だけの時はタメ口と使い分けていたのに)
「なるほどね」
「『デリケート』な内容だから、アオ君の口から直接聞いた方がいい」と言った夫の言葉の意味に納得した。
「僕がここに来た理由は話しましたよね?
僕の意志を尊重し過ぎる両親が重いって」
「うん。
理解ある親、だって言ってたよね」
アオ君は僕の方をちらり、と見ると、「それが辛いんです」と言った。
アオ君は柵越しの眼下に広がる景色を、僕はアオ君の横顔を眺めていた。
ニキビひとつない肌はすべすべで、短いまつ毛は黒々と濃く、鼻筋は通っている。
やっぱり夫に似ていると思った。
あと2、3年経ち、青臭さが抜けた頃には、相当カッコいい男の顔になるのではないだろうか。
今日のアオ君は安全ピンを模したピアスをしていた。
これまで、アオ君のピアスに注目していたわけじゃなかったけど、遊び心のあるデザインのものは珍しかった。
「男同士だからって、珍しくない世界だけどさ。
付き合えばいいし、結婚すればいい。
好きにすればいいよ。
でも...」
アオ君は言葉を切った。
「子供を持つとなるとやっぱり、珍しい度が一気に上がるんだよね。
ねえ、チャンミン」
「ん?」
「チャンミンは子供が欲しい、と思ったことある?」
「子供!?」
「そう。
ユノさんとの間の子供」
「......」
僕は遠くのベンチで寛ぐファミリーに目を向けた。
お父さんとお母さんと小さな子供2人。
「考えたことないかも。
だって...不可能でしょ」
僕と一緒にいる限り夫は自身の子孫を残すことができない。
...だって僕は男だから。
「考えたって不毛な望みだよ。
ね?」
僕は同意を求めて、隣に座る夫に目をやると、彼は苦笑していた。
アオ君は淡々と語る。
「両親は一緒になりたくて夫夫になった。
子供が欲しかったから子供を持った。
望みが叶って大満足なんだ。
でもさ、僕はどうなる?」
「どうなるって...」
僕はアオ君に問われて困ってしまった。
「当事者が幸せになるのは結構だけど、そのせいで身近の者が不快な思いをしたら駄目だろう?」
「不快だなんて、そんな...」
「ふっ。
うちの両親みたいなのは全然珍しくないのは分かってる。
僕、小学校高学年からずっと、全寮制の学校に通ってたんだ。
同級生にも俺みたいな子はいた。
寮に入れたのは、両親なりの配慮だったと思う。
寮ならば親の顔は見えにくいからね」
「...そうだね、確かに」
「僕んちの家の近所は、年寄りばっか住んでるんだ。
だから考えが古くてさ。
顔を合わせれば挨拶をしてくれていても、陰ではいろいろ言ってただろうね。
僕のことを物珍しい目で見るんだ。
『あの子が...』ってさ。
両親はそういう奴らから僕を守るためなのか、寮に入れたんだよ」
「そういうことなんだ」
日差しは温かくても風は冷たくて、羽織っていたパーカーのファスナーを上げた。
夫は僕の視線に気づくとふっと微笑むと、手にしていたミカンを僕に差し出した。
「いらない、ありがとう」
僕は首を振った。
「ご両親と口喧嘩したことはあったの?」
「責めたよ。
自分らは大満足だろう?って。
恋愛して結婚するだけでいいじゃないか、って。
無理を押してまで子供を作るなんてさ。
エゴだって。
僕の気持ちは想像したことなかったのか?って」
「......」
「珍しくないけど、やっぱり珍しい存在だ。
チャンミンもそう思うでしょ?」
「う、うん...」
夫はどうなんだろうと隣に目をやると、彼は肩をすくめただけで、どうとでも取れる反応だった。
僕らの間で、この手の話題は上がったことはたびたびあったけれど、それはジョークのひとつとしてだ。
『ユノのことだから、女の子だったら溺愛しそう』とか。
『チャンミンに似たら、かなり可愛い子なんじゃね?』と言われて、ご機嫌になったりして。
「僕に散々責められてもさ、両親は全然、傷ついた顔をしていないんだ。
『仕方がないね』って。
『そういう人はある一定数は存在するものだから』って。
『俺たちは何も悪いコトはしていないんだから、堂々としていればいい』って」
もし僕が親だったとしたら、何て答えるだろうか?
話しながら感情的になってきたようで、アオ君の目は潤み真っ赤な顔をしていた。
「『堂々としていろ』って言っておきながら、『こんな親でごめんな』なんて謝るんだ。
グレてもよかったのに、謝られたらグレられないよ。
ズルいよ、ホント」
アオ君は手の甲で目元を拭った。
「僕は女子が好きだから、両親のことは理解できない。
...でも、僕は紛れもなく両親の子供なんだ」
(そうなんだ...)
「二人はとても仲がいい。
優しい。
僕のことを大事にしてくれる。
それは、僕に負い目があるからなんだと思ってた。
両親のことが嫌いになりそうだった。
僕のしたいことを何でもさせてくれたのも、罪滅ぼしなんだとずっと思ってた。
でも...。
家を離れたかったのに、いざ離れてみたら寂しくて仕方がなかった」
「寮を出たのは?」
「...両親が原因だよ。
好きな子がいたんだけど、両親のことでいろいろ言われてさ。
彼女は僕みたいな境遇の奴に偏見があるタイプの子だったみたいだ」
「そっか~」
僕は迷った。
アオ君の手を...太ももの上で拳を握る彼の手を握ろうか握らないかを。
嫌かもしれないと思い、アオ君の手の甲にそっと手を重ねるだけにした。
「両親に腹が立つんじゃなくて、その子に腹が立った。
両親を侮辱したその子に腹が立ったんだ。
この辺が今までの僕とは違うところだね。
...それで、いくつか問題を起こしちゃって寮を追い出された」
なるほど、そういう経緯で一人暮らしを始めたのか。
「アオ君は赤ちゃんの頃に、ご両親のところに来たの?
言いにくかったら言わなくてもいいよ」
僕は『養子』を念頭に置いて、アオ君に訊ねた。
「ふん。
言わなくていいよ、なんて言ってて、すげぇ聞きたくて仕方がないくせに」
「まぁ...そうだね」
すると、夫は僕の手を握った。
「さりげなくヒントをあげてたつもりなんだけど...?」
しんみりとしていたアオ君の表情が、いたずらっ子のようになっていた。
「え?
ヒント?」
アオ君の言葉の意味が全然、分からない。
夫はアオ君をたしなめるように軽く睨んだ。
アオ君は「すんません」と肩をすくめた。
僕を挟んで座る夫とアオ君は、視線だけで何やら会話をしている。
「何?
2人とも何!?」
「俺の両親...ユノさんとチャンミンだよ」
「は?」
いつもアオ君にからかわれっぱなしの、僕は笑って彼の肩を突いた。
「何言ってるの?」
僕をからかった後のアオ君はいつもへらへら笑っているのに、今日のアオ君は真顔だった。
「真面目な話ですよ。
僕の親はユノとチャンミンと言います」
「ユノ...アオ君ったら、こんなこと言ってるだけど?」
夫に目をやると、ゆるりとかぶりを振っただけだった。
(全くもって意味不明だ)
彼らは僕にドッキリを仕掛けようと、ふたりして何やら示し合わしのだと思った。
『もしかしてガチで信じちゃった?』とか言って。
どんなにあり得ない話でも、ひとまず信じてしまう僕だから、騙す側としてはからかいがいがあるだろう。
「も~。
ふたりして僕をからかわないでよ~」
「僕の両親は、ユノさんとチャンミンだって」と、アオ君は繰り返した。
「......」
ここでふと思った。
アオ君はちょっと頭がおかしい子なのかもしれない、と。
「分かった分かったよ。
もうおしまいにしようよ」
僕はベンチを立ち、「お昼にしようよ」と弁当の入ったバッグをとった(夫への贈り物の袋がバッグから見えそうになって、慌ててしまった)
「真面目な話ですって。
僕の顔を見て?
似てるでしょ?」
アオ君は自身の顔を指さした。
(つづく)
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