~チャンミン~
ユノとの付き合いは、順調といえる。
ユノは僕のことをれっきとした恋人として扱ってくれているし、僕の気持ちも同様だ。
若干の尻込みはあるけどね。
ユノに謝らないといけないことがある。
「俺と付き合ってみて、どう?」と訊ねられたら、「悪くないね」って答えられる。
...その答え方は曖昧でズルいかも。
今のところその機会を与えられていないから、その答えすら口にできていない。
未だにきちんと気持ちを伝えられずにいることが、申し訳ないなぁと思っている。
「いいね。そういうとこ、好きだよ」って、ライトな感じに口にしたことはあるけれど、それもズルいかも。
ユノにしたって『運命だ』を連呼していたのは初めての夜だけで、それ以降の彼は大人しくなってしまった。
きっとユノは、はっきり訊ねることを遠慮しているんだと思う。
『俺のこと、どう思ってる?』と。
軽い付き合いしかしてこなかった僕に、恋人関係を強要したらいけないって思ってるんだろうな。
ユノの童貞を奪った夜から、僕はそれとなくユノの表情をうかがっていた。
「男とヤッてしまって後悔していないかどうか?」とか、「将来を見据えた交際を望んでいるのに、とてもクリーンとは言えない僕の過去に引っかかるものがあるんじゃないか?」、とか。
これで何度目になるんだろう、タクシードライバーの元カレ(前カレ?)の台詞がよみがえる。
『一度ヤッたら捨てられる』
ユノだけじゃなく、僕をも苦しめる言葉だ。
ユノの脳裏にちらつく恐れを取っ払う為、「僕はそんなことしないよ」と宣言してやればいいことだ。
でも、自ら想いを告げる経験が薄弱な僕だから、そのすらできずにいる。
「捨てられるのは僕の方だ。僕に呆れないで」と、ユノに訴えることも難しい。
僕にだって、好きで好きでたまらない男...例の男...が過去に1人いた。
今現在、好きで好きでたまらない男はユノで、大事にしたい人なんだけど、そんな彼だからこそ、触れて欲しくないコトがあり、その人物こそまさに『例の男』なんだ。
・
いつだっけ、ユノの言葉に凍り付いたことがあった。
コトの後の雑談で、僕のナンパ癖の要因に話題がそれかけてきた時だった。
話の発端は、ダイヤモンドのピアスの行方についてだったと思う。
「ダイヤくれた男はどうなった?」
「さあ...知らない」
「そいつとは恋愛してたのか?」
僕が嫌いな言葉だ。
「は?
「恋愛なんてこりごりなんだよ!」
「...やっぱり。
チャンミンもちゃんと恋愛してた経験があるんじゃん。
あんたは全く恋を知らない奴かと思ったんだ」
「僕はそういう話は好きじゃない。
話題を変えよう」
その時こそ、「今こそ、ちゃんとした恋愛をしている」とユノに伝えられる機会だったのに、図星を指されて動揺するあまり、それを逃してしまった。
「分かった」
ユノはあっさり引き下がった。
・
ユノは恋人としてまっとうな男だった。
男の僕が、ユノのぴっかぴかを奪ってしまった。
(お互いチェリー同士だったからちょうどいいじゃん、とポジティブな見方もできなくはないけれど...)
やたら眩しすぎるユノの笑顔を前にするたび、彼の曇った表情を見たくないと真に願うのだ。
「...あ」
怖いことを考えてしまった。
僕から距離を取るべきなのでは?
僕は逃げ足の速い男だから、得意な行動だ。
あ~あ、こんな気持ちになってしまうなんて、好きにならなければよかった。
恋って怖い。
よりによってお相手は『運命』を連呼した、大袈裟で重たい男。
すたこらさっさと、いたずらに感情をすり減らす必要のない、以前の居心地の良い暮らしに戻ればいい。
(それはしたくない!)
だって、僕に“捨てられた”ユノはどうなる?
ここは踏ん張りどころだ。
自分に発破をかけても、どうしても気持ちが沈み込んでしまう。
僕を憂鬱にさせているのは、ユノの優しさや愛情を重荷に感じるせいだけじゃないのだ。
僕のちゃらついていた過去を知られることだけじゃない。
僕をちゃら“つかせた”過去邪魔をするんだ。
あ~あ。
軟派野郎に成り下がった元凶とトラウマから、完璧に解き放たれなければならないんだよね。
「はあ...」
僕はぱさついた前髪をかきあげた。
いい加減、サロンに行かなくては。
(つづく)
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