(25)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

ユノが年上の、それも男性と恋愛関係にあることは、学校関係やバイト先も含めて誰も知らない。

 

ユノにしてみたら、内緒にしているつもりはなく、尋ねられていないから答えていないだけだ。

 

唯一気付いていそうなのはQだった。

 

Qの鋭い女の勘は、ユノとチャンミンの関係性は単なる教師と生徒間のドライなものを超えていて、2人の間に意味ありげな空気があることを察していた。

 

あれだけチャンミンに金魚のフンのように付きまとっていたユノだ。

 

女の勘がなくとも、ただならぬ想いを抱えているのだろうと疑うことは出来ただろう。

 

彼女とは自動車学校を卒業して以来、学校が違うこともあり、会う機会も動機も無くなってしまった。

 

(Qについては放置で構わない。

でも、友達にはどこかで話しておかないとなぁ...。

俺には付き合ってる奴がいるって。

だから、合コンには行きたくないって。

合コンを全て断るわけにはいかないけれどさ。

あいつらのことだから、「どんな子?紹介してよ?写真見せろよ」としつこいに決まってる。

そん時は、嫌だと断ればいいことだ。

わざわざ、恋人が『男』だと説明する必要はないのか、そうかそうか)

 

未だチャンミンにバレているのかいないのか、確信が持てずにいることに考えが及ぶと...。

 

(もしバレているのなら、せんせは嫌な思いをしていると思う。

こうやって思い悩んでいる俺自身も嫌だ。

はっきりとカミングアウトした上で、事情を話して誤解を解かねば。

それから、俺とせんせの付き合いは、周囲に内緒でコソコソとしたものじゃないことを証明するために、どこかで友人たちにはカミングアウトした方がいい。

俺の両親やせんせのご実家に挨拶に行くのは...まだまだ早すぎるな。

あとは~、そうだ!

せんせ相手に勃たなかった問題だよ!

きっと、俺が緊張しまくってたせいだと思うけど、もう一度確かめてみないと。

ああ~!

俺には課題がいっぱいある。

ひとつひとつ解決してゆかないと!」

 

と、ユノの思考は忙しい。

 

 

客の波が落ち着いたところで、夕方から働きっぱなしだった店長が休憩に入った。

 

この間、ユノひとりで厨房とフロアをカバーする。

 

フロアは無人だった。

 

大きなガラス窓に、天井からぶら下がる照明と、フキンでテーブルを拭いて廻るユノが映りこんでいた。

 

低価格を売りにしたこのファミリーレストランに、モデル級イケメンの深夜バイトスタッフがいる。

 

厨房スタッフのユノがフロアに出ているのはこの時間帯くらいだから、とても貴重な光景だ。

 

そして、この店の前を通りかかった多くの女性たちは(年齢は問わない。それから何割かの男性も)、もっと間近でユノを眺めたくなって吸い寄せられるように入店するのだ。

 

全てのテーブルを拭き終えた時、来客を知らせるチャイムが鳴った。

 

「いらっしゃませぇ」

 

新規客は女子大生風3人組だった。

 

新規客に対応しようとエントランスに歩み寄ったユノは、目を丸くした。

 

彼女たちのうち1人も、元から大きな眼をもっと大きくした。

 

「ユノ!

久しぶり!」

 

Qだった。

 

 

Qは相変わらずセンスのよい洋服を身にまとい、可愛いらしい顔をしていた。

 

卒検の前日以来だった為、約2週間ぶりだった。

 

「3名様ですね」と、店員の顔をしたユノの眼は、まん丸にしたものから通常モードの切れ長なものに戻っていた。

 

「やだなぁ、他人行儀なんだから。

私と会えて、嬉しくもなんともないの?」

 

ユノはQから目を反らすと、メニュー表3冊脇に挟んだ。

 

「いや...久しぶりだなぁって思って。

えーっと、お好きな席にどうぞ」

 

(なぜだろう。

胸がドキドキしている。

あの時のことを気にしているんだろうか)

 

『あの時』とは、ユノとチャンミンが一緒にいたところを、Qから嫌悪感ある視線を向けられた日のことだ。

 

Qの友人2人は、ユノの顔とスタイルの良さを目の当たりにして、興味しんしん表情を輝かせている。

 

ユノはメニュー表とお冷をテーブルに置くと、「ご注文が決まりましたら、ボタンでお呼び下さい」と、そそくさとその場を去った。

 

「知り合いなの?」「まあね」と、彼女たちがヒソヒソ話す声を背に、ユノはため息をついた。

 

(まさか、俺とせんせのことを、面白おかしく話してはいないだろうけど...さ)

 

その後オーダーを受けたユノは厨房に引っ込み、調理台に伏せて仮眠を取っていた店長を揺り起こした。

 

客はQたち3人組だけだ。

 

(おかしいな)

 

ユノが料理を運び終えるまで、ちょっかいを出してこないQが怪しかった。

 

「ユノ!」

 

オーダーの料理を全て運び終えた時、Qの手がユノの肘を捕らえた。

 

「いよいよきたな」とユノは思う。

 

大人しくしていられるQではないと、覚悟していたからだ。

 

「ユノ。

どう?」

 

Qの言う『どう?』は、ユノの体調や暮らしぶりを訊ねていないことは明らかだ。

 

ユノの恋愛事情を訊ねているのだ。

 

「『どう?』って...」

 

ユノはこの場でチャンミンとの関係について、正直に話してしまおうか迷った。

 

ユノもチャンミンに負けず劣らず、この恋についてグズグズと思いつまずいているが、不思議なことに後ろめたさは無かった。

 

(でも...)

 

眉をひそめたり面白がる者たちに、これは真剣な恋なのだと説明することが面倒なだけだった。

 

ユノはちらりとQの連れ2人を見た。

 

「仕事中なんだけど?」

 

つっけんどんな対応でもQは気にしない。

 

「休憩はいつ?」

 

フロアの壁かけ時計を見上げると、あと数分で休憩時間だった。

 

(以前、Qから『ホモなの?』と訊かれた。

その口ぶりに悪意があったけれど、Qを責められない。

これまでの俺はズルかったからだ。

Qの気持ちを知っていながら、のらりくらりとかわしてきた。

ある日突然、俺はせんせに夢中になった。

野郎に夢中になった。

Qが驚いて当たり前なんだ。

...よし。

今夜はっきりさせてやろう)

 

「分かった」

 

ユノは頷いた。

 

(つづく)

 

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