(40)NO? -第2章-

 

(この場を取り繕うには、何でもいい!

相談ごと相談ごと...どんなことでもいい、相談ごとに相応しい内容を!)

 

チャンミンはコーヒーカップに口を付けただけで中身を飲みもせず、視線はカップを通り越したテーブルの上。

考え事をしているらしいチャンミンを、ユンは興味深げに見守っていた。

書類や筆記用具はバッグの中に収納され、テーブルの上には何もない。

 

(私的なことなんだろうか?)

 

ユンはあご髭を撫ぜながら、正面に座るチャンミンの伏せたまつ毛の長さや高い鼻梁に感心していた。

 

(チャンミン君は、多少は気づいているかもしれないが、それほど優れた容姿に到着している風には見えない...勿体ない。

ルックスはいいが、抜けているところと隙が多そうなところが、愛すべきキャラクターに仕上げているんだろう。

民とは似た者同士だな。

俺の手にかかれば、綺麗なむき身にしてやるよ。

こうして肌のきめ細かさから見ると、民の方が年下だな。

民...ねぇ。

民の交際相手はチャンミン君だな。

あの時の民の電話内容といい、当たりだったな。

この二人はつくづく分かりやすい。

週末が楽しみだ...)

 

ユンの思いなど露知らず、チャンミンの頭上に電球がぴかっと光った。

 

「相談ごとっ...ですが」

「はい、なんでしょう。

私でお力になれることでしたら」

身を乗り出したユンのきりりと真剣な表情に、チャンミンは愛想笑いしながら、

「わざとらしい...。

お前の助けなどいらないよ」

と心の中でつぶやいていた。

 

「今週末のモデルの件です。

僕で果たして務まるのか、少々心配になりまして...。

素人ですし...」

 

(ああ...わざわざ相談するに値しない内容だ)

 

語尾が消えてしまったチャンミンの言葉に、ユンはからからと笑った。

 

「何を自信のないことを。

チャンミンさんを見て、次の作品のインスピレーションが湧いたのです。

貴方だからお声をかけたのですよ」

「いや...でも、僕はよくても、民がですね」

「ほう、民くんが?」

 

ユンの目がぎらっと光ったように、チャンミンの目に映った。

 

(やっぱり...民ちゃんの名前を出した途端、この厭らしい目!

民ちゃんが僕に何とかしてくれと、頼みごとをしてきたワケが分かったよ)

 

「はい。

あの子はあがり症でして。

誰かに見られていると意識すると、動悸が酷くなり過呼吸になってしまう恐れがあるのです。

ですので、民にはモデルは相応しくないと僕は思うのです」

「え?

そうなんですか?

おかしいなぁ...」

 

ユンは背もたれに身を預け、足を組みなおすと、「おかしいなぁ」と繰り返しながら首を振った。

 

「おかしい...とは?」

「民くんにはこれまで何度もモデルになってもらっているのですが、体調が悪くなるとかはないようですよ。

最初のうちは恥ずかしがっていました。

でも最近は、すすんでモデルを応じてくれます」

「!」

「シャツを脱ぐくらいなら抵抗はないようです」

「!!」

「全裸はさすがに断られましたけどね。

ははははは」

 

(全裸!?)

 

チャンミンは身を乗り出してユンの襟元を絞め上げたい衝動を、ぐぐっと堪えた。

ユンはチャンミンを労わる目になり、「チャンミンさんは民くんのことが心配なんですね」と言った。

「それは...民は世間知らずなところが多いもので」

 

チャンミンの頭の中は、ユンの言葉の処理が追いつけずにいた。

 

(全裸は断られた、ということは、半裸は大ありってことか!?)

チャンミンの顔色がさあぁぁっと青ざめた。

 

(民ちゃんから何も聞いていないぞ!?

やっぱり民ちゃんは肝心なことを僕に教えてくれない)

 

「優しいお兄さんを持って民くんは幸せですね」

「僕らは兄妹じゃないんです。

とても似ているので、兄妹じゃないかとよく言われるんですけど。

違うのです」

 

半裸の民がユンの前でポーズをとっているイメージに脳内を支配されていて、ユンの言葉をさらりと否定したチャンミンだった。

 

(ユンの奴。

ポーズをとらせるために、民ちゃんの肩や腰に腕をまわすとか...!)

 

「へぇぇ、それは驚きですねぇ」

「ですよね」

 

目を丸くして驚いたフリをするユンもスルーしていた。

チャンミンは気づいていない。

民との交際宣言をしてユンを牽制する作戦が、極めて自然な流れで実行されていることを。

ただし、ユン主導で。

 

「それじゃあ...。

チャンミンさんの恋人は民くんですか?」

「はい?」

さすがに『恋人』ワードに、チャンミンは反応した。

 

「仲睦まじいところを、お見かけしてしまいましたしね。

ひょっとして...と思ったわけです。

おふたりは交際されている...とか?」

 

(かあぁぁぁぁぁぁ)

 

テーブル向こうのチャンミンの顔色が、青くなったり赤くなったりするのを、ユンは内心可笑しくて仕方がない。

 

「やっぱり、そうでしたか」

「......」

「どれくらいの露出度でポーズをとっていたのか気になっていらっしゃるのでしょう?

大丈夫ですよ。

私はアーティストの目で民くんを見ていますから」

「......」

「恋人同士にあるお二人を作品にできるのですね。

ますます創作意欲が湧きましたよ。

素晴らしい作品に仕上がるよう、全力を尽くします」

 

(ユンに既にバレていたとは...)

 

ユンが差し出した右手を、チャンミンは力なく握った。

 

(チャンミン君も民も、極めて分かりやすい。

こういう隙だらけなところが、彼らの魅力なんだなぁ)

 

がっくり肩を落とすチャンミンに笑顔を見せるユンは、内心でほくそ笑んでいた。

 

(つづく)