~チャンミン~
「リア...」
「リアさん...」
泣き腫らした顔で髪は乱れ、加えてベロベロに酔っぱらっているようだった。
足元がおぼつかなく、身体が左右に揺れている。
力を抜いたユノさんの腕から抜け出すと、リアさんは僕の方へと近づいた。
「大丈夫ですか?」
その場でへたり込みそうなリアさんを支えた。
アルコールの匂いをぷんぷんとさせ、完ぺきに施してあったはずのメイクが、汗や摩擦で崩れ、汗ばんだ首筋におくれ毛がへばりついている。
酔いつぶれるまで飲んだらしい。
駆け寄ったユノさんは、リアさんが玄関に放り出したバッグを拾い、土足のまま上がってきた彼女のサンダルを脱がせる。
剥がれかけのペディキュアに気付いて、「リアさん、荒れている...」と僕は思った。
身体の力はとっくに抜けてへなへなしているリアさんに対して、ユノさんは「しょうがないなぁ」とつぶやいて、膝の裏に腕を差し込んで抱き上げる。
「放してっ!
ユノのバカ!
放っておいてよ!」
ユノさんは、足をばたつかせ、頭やら肩を叩くリアさんに構わず、彼は彼女を寝室に運んだ。
(わ~。
お姫様抱っこだ...)
その後ろを、僕はミネラルウォーターのペットボトルと、しぼりを持って追いかけた。
ユノさんはリアをベッドに横たえた。
「リア...こんなになるまで...。
とりあえず、水分を摂った方がいい」
ユノさんはリアさんの頭を起こすと、僕から手渡されたペットボトルを彼女の口元にあてた。
3分の1ほど飲んだ後、リアさんの肩が嗚咽に合わせて震えた。
「酷いわ!」
リアさんの喉から高い悲鳴のような呻きが漏れ、胸が大きく波打つ。
閉じたまぶたの端から、涙が次々と流れ落ちた。
「リア...どうした?」
「ユノのせいよ」
「ごめん」
リアさんがユノさんを責めたいのは、別れ話のことなんだろう。
ユノさんはリアさんの頬にはりついた長い髪を指でよけてやり、手渡されたおしぼりで、涙とメイクでどろどろになった顔を拭いてやった。
「ユノのせいよ...」
リアさんの腕が伸びて、ユノさんの頭を抱え込むように引き寄せた。
「リア...」
しばらく身を固くしていたユノさんだったけれど、リアさんの肩に頭を預けてされるがままになった。
部外者だと察した僕は、後ろに下がって二人を遠巻きに見ているしか出来ない。
リアの頭をぽんぽんと優しく叩くユノさんの脇に、機転を働かせて浴室から持ってきた洗面器とタオルを置くと、僕は寝室を出て行った。
(僕はお邪魔虫。
同棲までした2人なんだから、簡単に別れられないよね。
リアさんは、別れたくないんだ。
ユノさんは、どうするんだろう)
「リアとは一緒にいられない」と僕の肩で泣いていたユノさんを思い出す。
(この場では、僕ができることは何もない。
でも...)
リアの頭を撫ぜるユノさんの手の映像が、僕の頭にはっきりと記憶された。
彼の手の部分だけクローズアップしたものが。
(ユノさんにとって、女の人の頭を撫ぜるのはどうってことないコトなのかな。
癖みたいなものなのかな。
ユノさんがリアさんを撫ぜるのは、謝罪の気持ちから?
「やっぱり好きだよ」の気持ちから?
僕だけにしてくれてることだって、己惚れていた。
胸がちくちくする。
僕はユノさんにとって...何なんだろう?)
・
翌朝、キッチンに立って卵料理を作り、テーブルに3人分のお皿を並べた。
ユノさんもリアさんも起きてこない。
コーヒーを淹れるのはユノさんの役割だけど、寝室からはことりとも音がしないから、おっかなびっくり僕が淹れることにした。
時計を見るともうすぐ7時で、ユノさんの出勤時間まであと30分しかない。
昨夜、リアさんの介抱をしたまま寝てしまったのかな。
もう起きないと、遅刻しちゃうよ。
寝室のドアをノックしようとしたけれど、2人のプライベートな空間を覗くのに気が引けて、携帯電話を鳴らすことにした。
3コール目で出たユノさんは、「寝過ごすところだった、ありがとう」ってくぐもった声で、電話に出た。
盛大に髪がはねている自分が、洗面所の鏡に映った。
いつもだったら、ユノさんに「髪の毛、はねてるよ」って教えてもらうのに。
ブリーチしてパサついたせいで、いつも以上に髪の毛がくしゃくしゃだ。
鏡の中の自分をじーっと観察する。
プラチナ色の髪のせいか、心なしか顔色が悪いような気がする。
チークをさせばいいのだろうけど、自分に似合うメイク法は試行錯誤の過程にある。
そういえば!
明日の夜は、YUNさんにご飯をごちそうしてもらうんだった。
ワンピースを着ていこう。
超ロング丈だから骨っぽい脚は隠れるし、足元は黒革を編んだペタンコサンダルを合わせよう。
髪型もメイクは、今夜KさんとAちゃんに会った時に教えてもらおう。
今日はお休みだから、一人暮らしをする住まいを探しに行こう。
今週末にユノさんに不動産めぐりと下見に付き合ってもらおうと思ったけれど、頼ってばかりいられない。
ユノさんは、リアさんのことで大変だろうから。
洗面所を出たら、ユノさんが立ったままコーヒーを飲んでいた。
僕が用意した卵料理のお皿は空っぽだった。
「チャンミンちゃん、おはよう」
目は半分しか開いていなくて、後頭部の髪がはねていて、髭が伸びている。
毎朝目にする姿なのに、なんだかユノさんが遠く感じた。
(つづく)