~ユノ~
ついさっき、チャンミンを押し倒すフリをした時のことを振り返った。
『フリ』なんかじゃなくて、半分は本気だった。
彼が可愛過ぎた。
唇にキスしそうなのを抑えて、彼の耳の下にキスをした。
危なかった。
俺の荒れた心を気遣った、彼の温かい心を踏みにじるところだった。
今夜の彼に、俺は救われたというのに。
この子は男なのに。
女の格好をするだけの男なのに。
本当に、危なかった。
それにしても...心配事が増えた。
俺に押し倒されても抵抗しないんだ。
息をのんでじっとして、されるがままだったんだ。
駄目だよ、チャンミン。
その場の空気に流されて、なんでも受け止めてしまう子だから。
そんな彼が心配だった。
「ねえ、チャンミンちゃん」
「はい?」
俺たちはくの字になって、向かい合わせに寝転がっていた。
「今日は、ありがとう」
「お礼はさっき言ってもらいましたよ」
「助かった。
君のおかげで」
「うふふ」
半乾きの彼の髪がボサボサになっていたから、俺は手ぐしで梳かしつけてやった。
形のよい、小さな頭だった。
気持ちがよいのか、彼は目を細めていた。
しばらくもしないうちに、彼のまぶたがにっこり笑った形を保ったまま閉じてしまった。
なぜか俺の目に、じわっと新たな涙が湧いてきた。
今の今まで忘れていたけれど、彼には好きな人がいるんだった。
フリだとはいえ、押し倒すような真似をして、ごめん。
俺たちは同性だし、彼には好きな奴がいる。
彼の恋はうまく実を結ぶのだろうか。
彼女(彼?)は振り向いてもらえるのだろうか。
ごめん、俺は君の恋を応援できなくなった。
だからといって、彼の幸せを邪魔するようなことはしないから、安心して。
相談にはいくらでものってやる。
でも、そいつが彼に値しないようなポンコツ女(男?)だったり、彼を傷つけるような奴だったら、俺が許さない。
今の俺は、彼とフェアな立場で向き合える。
リアとの別れは哀しい。
彼女は俺の「別れたい」発言に同意していなかった。
そこが気がかりだ。
これで終わったわけじゃないってことか。
嫌な予感がした。
・
その後、俺たちは朝までぐっすり眠った。
シャワーを浴びてベッドに戻ったら、チャンミンがAVを大音量で鑑賞していて、大慌てでリモコンを取り上げた。
「チャンミンちゃん!」
「後学のために、ですよ」
しれっと言うから、俺は彼に説教をした。
「こういうものを見せられたら、男はムラムラするんだよ?
押し倒されたって文句は言えないよ?」
チャンネルボタンを押しても押しても、喘ぎ声が流れる場面ばかりで、俺は焦った。
やっとのことで、ゲーム画面に切り替わってくれた。
「すごいですねぇ、どうしてあんな展開になっちゃうんですか?
初対面の人といきなり、コンビニで...!
おちんちん挿れたままレジなんて打てませんって。
気付かないお客さんも、すごいですよねぇ」
と、ショックを隠し切れない彼。
「ユノさん...勃ってます」
「え、えっ!?」
焦ってバスタオルを巻いた股間を押さえた。
「嘘です」
「こら!」
「あはははは」
「君こそムラムラしないのか?」
気になっていたことを、さりげなく訊ねてみた。
「さあ...分かりません」
肩をすくめただけの彼の反応を、俺はどう受け取ったらいいのだろう。
・
たらこスパゲッティとサンドイッチを食べ、カラオケで2曲ずつ歌い、レーシングカーゲームを3戦して(チャンミンのコントローラーさばきはプロ級だった)、チェックアウトの時間まで、俺たちはラブホテルを楽しみ尽くした。
ホテルの自動ドアが開くと、ムッとした暑さにつつまれた。
「僕たち、朝帰りですね。
朝帰りの相手第1号は、ユノさんです」
小首をかしげて言った。
「チャンミンさんが元気になってよかったです」
ゴミが散らばる昼間の繁華街は裏寂しい。
俺の心はもう、寂しくない。
「楽しかったですね。
また行きましょうね」
(つづく)