~ユノ~
「チャンミンちゃん...パンツ見えてる」
「わっ!」
チャンミンは短すぎるガウンの裾をかき合わせ、枕を引っつかんで膝の上に抱きしめた。
「君は男だからって無防備過ぎるよ。
君の見た目は女の子なんだ。
相手が俺でよかったね。
俺じゃなかったら、勘違いされるよ?」
ネオンピンクの照明の下でも、彼の顔がボッと赤くなったのが分かった。
彼に全てを打ち明けて、胸のつっかえが取れた俺は余裕を取り戻してきた。
意地悪をしたくなってきた。
「押し倒されても文句は言えないよ。
いろんな趣味の人がいるんだから」
彼の肩がビクッとした。
「ごめんなさい...。
そういうつもりじゃ、なかったんです」
警戒心のない彼に、俺は複雑な心境だった。
彼に「そういうつもり」が全然なかったことは、よく分かってる。
彼は男で俺も男。
俺の恋愛対象は異性。
彼はスカートを穿く男。
偏見はいけないのは分かってはいる。
今このタイミングで、彼の性的嗜好について訊ねにくい。
「ユノさん、お家に帰りたくないって言ってたし、
辛そうだったから、元気になってもらおうと...」
垂れ下がった前髪が、彼の片目を覆っていた。
俺は彼の前髪を耳にかけてやった。
彼は男だ。
メイド服が似合う男だ。
「チャンミンちゃん、ありがとう」
彼は目を伏せたまま「どういたしまして」とつぶやくように言った。
エロティックな照明が彼の顔に妖しい影を作っていて、俺のとは違う、ややふっくらとした頬のラインや小振りの顎に気付いて、胸が苦しくなった。
どうして君は男なんだよ。
知らず知らずのうちに握りしめていた手をほどいて、彼の肩にかけた。
「ひゃっ!」
力任せに彼を仰向けにベッドに押し倒した。
真ん丸の目で俺を見上げる彼が可愛すぎて。
彼の首筋の、柔らかくて薄い皮膚に俺は唇を押し当てた。
ミルクのようないい香りがする。
無防備過ぎる彼を滅茶苦茶にしたくなった。
~チャンミン~
天井に鏡がはめ込まれていた。
黒い服を着た男の人に組み敷かれているのは、脚を揃えて寝そべった僕。
ユノさんが、僕の首にキスをしている。
鏡の中の僕と目が合った。
びっくりした顔をしている。
ガウンが乱れて膝が丸出しになっている。
大柄な女の子に見えた。
「押し倒されても文句は言えないよ」と言った時のユノさんの顔が、「美味しいものを食べさせないとね」と言ったYUNさんの顔と重なって、ドキッとした。
ユノさんは、僕みたいにあやふやな顔じゃないの。
「男みたいな、女みたいな」どっちつかずの顔とは、違っていた。
しっかりした男の人の顔をしていた。
とてもカッコよくて、驚いた。
ユノさんを無理やりホテルに連れ込んで、「押し倒されても...」の言葉を聞くまで、彼は男の人なんだって意識していなかった。
僕とユノさんは同じ男だけど、根本が違うというか、変り者は僕の方でして。
僕みたいなオトコオンナを、どうこうしたい人なんて存在し得ないって、思い込んでいたから。
ネオンピンクの照明の逆光の下、ユノさん面持ちは真剣で、熱に浮かされたみたいな眼差しで、ちょっとだけ怖いと思った。
覆いかぶされて、耳の下にユノさんの熱い唇が押し当てられていた。
ちょっとずらしてキスをして、また唇の位置をずらしてキスをする。
首筋がぞわぞわってして、こんな感覚は初めてだったし、心臓が壊れそうにドキドキした。
僕のファーストキッスはユノさんに奪われるの!?
僕には好きな人がいるけれど、ユノさんが相手ならいっか、って悠長なことを考えていた。
恋人と別れて、今夜のユノさんは荒れているんだ。
男の人って、こうやって寂しさを癒やすのか(何かの小説で読んだことがあった)
ユノさんに押し倒されても、全然嫌じゃないことにびっくりした。
どうして?
「?」
ぴたっとユノさんの動きが止まった。
僕のおでこにチュッとキスをしたのち、ユノさんは私の隣にごろんと横になった。
「へ?」
「...ってな風に、
襲われちゃうから気を付けて」
ユノさんは困ったような笑顔で、僕の頭をくしゃくしゃっとした。
「びっくりした?」
「ユノさん...冗談がきついです。
僕は男なんですよぉ。
びっくりしましたぁ...」
さっきまでユノさんの唇が当たっていたところを、指でさすった。
「ホントに気を付けてね。
自覚していないようだけれど、君は女装が上手いんだ」
「ユノさん」
「ん?」
「僕は男の人を「その気」にさせることができるんですね」
「気づいてないの?」
ユノさんは呆れ顔だった。
「俺はずっと騙されていたんだよ?
君が女の子だって、ず~っと思い込まされていたんだよ?
もう忘れたの?」
「へへっ。
そうでした」
僕の胸はまだ、ドキドキしていた。
(つづく)