~情けない僕~
(ふう...。
チャンミンさんとリアさんとの仲を裂くわけにはいかない。
やっぱりここにご厄介になるのは、やめた方がいいかもしれない)
「あれ?」
実家から送った荷物が、乱れていることに気付いた。
(え...どうして?)
洋服や下着、小物などが段ボール箱から飛び出している。
民が所有する唯一のワンピースは、畳んだ布団の上に投げ捨てられていた。
(誰が...?)
閉めたドアの向こうから、チャンミンとリアの言い争い(と言っても、一方的にチャンミンが責められている格好)が聞こえる。
(犯人はリアさんだ。
自分の家に、謎の箱が置いてあったら、気になるよね)
チャンミンがスペースを空けておいてくれたクローゼットへ、私物をひとつひとつ収めていった。
ワンピースはハンガーにかけ、積み上げた本を台にして、化粧水と目覚まし時計を置いた。
(二人の力関係が、なんとなく分かってきた。
私のせいで、チャンミンさんが責められてしまって、ごめんなさい)
着がえと下着を胸に抱きしめると、部屋のドアを開けた。
「私の服を片付けてしまうなんて、どういうことよ!?」
「メールで書いてたのは、そのことだったんだ」
「あそこは、私の衣裳部屋だったのよ。
これからどうすればいいのよ?
私に無断で動かさないでよ」
「勝手に触ったことについては、申し訳なかった。
一か月の間だから、辛抱してくれないか?」
「一か月だけでしょうね?」
「ああ」
チャンミンの返事に満足したリアは、ソファに横になって両脚を持ち上げて足先をぶらぶらし始めた。
むくみをとる体操だそうだ。
「お腹が空いたな」
「わかった」
チャンミンはリアに気付かれないよう、ため息をついた。
「何か作ろうか?」
「スムージー。
ヨーグルトは無脂肪で。
砂糖は使わないで、エリスリトール。
バナナは絶対に駄目。
アーモンドミルクがあれば、ヨーグルトはナシで。
氷は3つ。
プロテインとケールでお願い」
冷蔵庫から材料を取り出しながら、チャンミンはもう一度ため息をつく。
作り慣れているから、考え事をしながらでも手順は間違えない。
(僕はリアに押されっぱなしだ。
あんなに好きな女だったのに。
久しぶりに顔を合わせたというのに。
今は衝突を恐れて、ご機嫌取りだ)
ジューサーのたてる振動と轟音が、チャンミンのささくれた気持ちをなぜか鎮めた。
(民ちゃん、ごめん。
僕らの醜態を見せてしまった。
フォローしてやれなかった。
居心地が悪かっただろうに)
ガチガチになって正座をしていた民の姿を思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになったチャンミンだった。
背を向けてスムージーを作っているチャンミンの背中を、リアは食い入るように見ていた。
(私の言いなりで、一途に待ち続けていて、女々しいところが残念だけど、
スタイルはいいし、顔もいい。
隣を歩かせたら、私と充分釣り合いが取れるし)
一日の労働でしわの寄ったワイシャツや、力をこめるたび筋ばる日に焼けた腕などを、リアはじーっと見つめる。
リアはフラストレーションを抱えていた。
(昨夜はあんなに熱かったのに、部屋から出ずに3日間過ごすはずだったのに。
今朝になって「帰れ」だなんて。
「帰りたくない」って、あの手この手で奉仕したのに!
それでも「帰れ」だなんて!
持て余したこの熱をどうすればいいのよ)
出来上がったスムージーにストローを刺して、チャンミンがリアの元へ戻ってきた。
リアにそれを渡すと、チャンミンはネクタイを外し、ダイニングチェアにひっかけておいたジャケットを取った。
ところが、洗面所に向かおうとしたがすぐに引き返してきた。
(民ちゃんがお風呂にいるんだった)
リアはじっくりとチャンミンの全身を眺める。
(『あの人』ほどじゃないけど、まあまあいい身体しているし、
『あの人』ほどテクニックはないけど、私を喜ばせようと一生懸命になってくれるし。
チャンミンと最後にしたのは、いつだったっけ?
3か月...いやもっと前...半年?
...とにかく!
私は、ムラムラしているのよ!)
隣でグラスの水を飲むチャンミンに、リアは飛びかかった。
「ちょっ!」
ごとんとグラスが転がり落ちて、ラグを濡らす。
チャンミンのシャツの襟もとを引き寄せると、唇を押し付けた。
「ん...リア!」
リアの両肩をつかんでひきはがす。
「チャンミンは...私を拒むの...?」
「う...」
泣きそうな悲しそうな顔をするリア。
チャンミンの腕の力が緩んだ隙に、リアはチャンミンのシャツのボタンを外し始めた。
「待て!
リア、待てったら!」
リアの手首をつかむと、再びリアは泣きそうな悲しそうな表情をする。
(チャンミンは、この表情に弱い)
脱がせたシャツをソファの向こうへ放り投げた。
「み、民ちゃんが!」
リアはチャンミンのベルトを外し始めた。
リアを力任せに突き飛ばすわけにもいかない。
「民ちゃんが...いるんだって!」
鏡の中の民が、眉と口角を下げている。
(私ったら、本当に男にしか見えないのかなぁ。
何がいけないんだろう)
湯上りで上気した頬に触れ、鼻筋をなぞり、ついでに鼻先を押し上げて豚鼻にした。
(チャンミンさんはあんなにカッコいいのに、私はブス。
眉毛を細くすればいいのかなぁ。
口紅つければ、女の子っぽくなるのかなぁ...)
以前、友人の真っ赤なグロスを借りて塗ったところ、とってつけたように似合わなかった時のことを思い出すと、首を振った。
(悲しくなってきた。
明日は、あの人との再会なのに。
少しでも可愛い姿を見てもらいたいのに)
うな垂れた民は、洗濯機の上に置いた黒いブラジャーを手にとった。
(ペチャパイだし...。
見れば見るほどペチャパイだ)
鏡の前で、両手で寄せたり上げたりしてみる。
(リアさんの胸、大きかったなぁ。
男の人というのは、大きい胸の人が好きなんだよね、うん。
チャンミンさんもやっぱり...)
民の頭にぼわーんと、リアの胸を揉むチャンミンの姿が浮かんだ。
(ダメダメ!
何を想像してるのよ!)
正面でホックをかけてぐるりと回すと、あるかなきかの胸をブラジャーにおさめた。
(湯上りにブラを付けるのって好きじゃないんだよなぁ)
家に居る間はノーブラで過ごすのが常だったが、チャンミンの忠告に素直に従うことにした民だった。
洗面所を出る前にふり返って、髪の毛が落ちていないか最終チェックをした後、照明を消した。
「リア!
民ちゃんが...民ちゃんが!」
チャンミンはリアの肩を押しのけたが、
「ミンミン、うるさいわねえ。
まだ出てこないわよ。
もしかしてチャンミン...、私が嫌なの...?」
と、リアが目を潤ませるから、チャンミンは黙るしかない。
(嫌とか、そういう問題じゃなくて!
その1。
半年ぶりにいきなり『そういうこと』をしたくなるリアに驚いていること。
その2。
ここはリビングで、もうじきお風呂から上がった民ちゃんに『そういうこと』を見られるかもしれないこと。
その3。
この理由が一番大きいぞ。
この場になって気付いたことだ。
僕の中に、リアと『そういうこと』はしたくない気持ちがあること、だ。
その4。
『その3』を理由にリアを拒みたいが、彼女を傷つけてしまうから拒みにくいこと。
その5。
これが、今の僕を大いに困らせている。
『その3』を挙げているくせに、悲しいかな反応してしまう僕の男の部分だ)
「あ!」
リアの手でファスナーを下ろされ、下着の中身をずるんと引っ張り出された。
「リアっ!
ダメだって!
あっ!
あ...!
ダメっ!
民ちゃんが!
あぅ!
民...ちゃ...んが!
あ...」
「お先で...し...た...?」
ソファで仰向けになったチャンミンと、湯上りの民の目がバシッと合った瞬間。
「!!!!」
「!!!!」
(ミミミミミミミミミミミミミンちゃん!!!)
(ひぃぃぃーーーー!!!)
民はバスタオルを頭からかぶって、絡み合う2人のソファの後ろを通り過ぎると、6畳間に飛び込んでピシャリと戸を閉めた。
(つづく)
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