【13】NO?

 

 

~情けない僕~

 

 

~チャンミン~

 

 

迫るリアを引きはがしたら案の定、リアは鬼の形相になって僕を蹴り飛ばした。

 

「私に恥をかかせる気?」

 

リアは寝室に駆け込むと、派手な音を立ててドアを閉めてしまった。

 

直後、ガチャリと鍵を下ろす音がした。

 

リアの誘いを拒んだ僕が寝室から締め出されたのか。

 

それとも、僕に拒まれたリアがリビングから締め出されたのか。

 

どちらも正解だと思った。

 

萎えたものを下着におさめると、浴室まで直行した。

 

しばらくの間、勢いを最強にしたシャワーに打たれていた。

 

あの言葉が決定的だった。

 

「チャンミンのくせに、私の誘いを断るつもりなのね」

 

全くもって、僕とリアの関係性を的確に言い現わした言葉だよ。

 

「?」

 

バスタブの縁に、見慣れないシャンプーボトルがあって、おそらくそれは民ちゃんのものだ。

 

髪を染めた美容院で購入したものだろう。

 

僕の口元が思わず緩んだ。

 

 


 

 

民は敷いた布団の上に、ぱたりとうつ伏せに倒れた。

 

(びっくりした!びっくりした!びっくりした!

初めてラブシーンを生で見た。

ドキドキする。

お客さんがいても構わないくらい、二人は熱愛中なんだ。

音くらいだったら、イヤホンでなんとかなるとしても。

あんなところをまともに...見せつけられたら...。

アイマスクがいるってこと?

勘弁してよー!)

 

むくっと顔を上げた民は、閉めたドアを振り返った。

 

そして、バスタオルに顔を押し付けた。

 

(見てしまった...かもしれない。

「かもしれない」じゃなくて、見てしまった。

リアさんの手の中のもの...!

生で見るの初めてなんですけど!

へぇ...あんな風なんだ...。

けっこうグロいんだ。

やだもー、かなりショックなんですけど!)

 

赤くなったり青くなっていると、バタンと戸を閉める大きな音が響いた。

 

(そうですよ。

『そういうこと』は寝室でお願いします)

 

民は起き上がると、携帯電話を持って部屋の掃き出し窓からベランダに出た。

 

「わぁ...」

 

生温かい夜だが、不快なほどではない夜気を吸いながら、田舎では見られない眼下の夜景に感動した。

 

(綺麗。

私は、都会にいるんだ。

お父さんとお義母さんを説得してここまで来てよかった。

頑張ろう。

ここで、頑張ろう)

 

民の目にじわっと涙がにじんできた。

 

民は、連なるテールライトや、高層ビルの屋上で瞬く赤い光を飽くことなく眺めていた。

 

(明日からどうしよう。

チャンミンさんのお家には、いられない)

 

民は兄Tに電話をかけた。

 

数コール後に、兄の大き過ぎる声を聞くと、懐かしくて民の目尻からぽろりと涙がこぼれた。

 

『おー、民か?

どうだ?

チャンミンには可愛がってもらってるか?』

 

「うん。

あのね、お兄ちゃん、トラブル発生なの」

 

『トラブル?

お前、何かしでかしたのか?』

 

「問題はね、似すぎていることなのよ」

 

『それのどこが問題なんだ?』

 

「あのね...」

 

『こらぁ!とっとと寝るんだ!

...すまん、ガキどもを怒鳴っただけだ。

出産まであと2週間だから、その時は頼むよ』

 

「う、うん...」

 

民は通話を切ると、ため息をついた。

 

(お兄ちゃんのところは、やっぱりそれどころじゃないか...)

 

ベランダに漏れる部屋の灯りが、ふっと何かで遮られた。

 

コツコツとガラス窓を叩く音に、飛び上がるほど驚いた民は後ろを振り返った。

 

「民ちゃん」

 

窓の戸口に立ったチャンミンがベランダへ出てくると、民の隣に立った。

 

「......」

 

民はチャンミンの顔をまともに見られない。

 

「民ちゃん」

 

(チャンミンさん。

私はどんな顔すればいいんですか?)

 

「(あんなところを見せて)ごめん!」

 

「私の方こそ(見てしまって)ごめんなさい」

 

コホンと咳払いをすると、民はそむけていた顔を戻した。

 

チャンミンの髪は濡れていて、シャンプーの香りを漂わせていた。

 

視線を落とすと、黒いハーフパンツから細長いすねが伸びている。

 

涙をにじませた民の顔を見て、チャンミンは発しかけた言葉をつぐんでしまった。

 

(泣いて...いた?)

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

「え...っと。

...済みましたか?」

 

民ちゃんは手すりにもたれると、僕を軽くにらんだ。

 

「へ?」

 

「あのー、そのー。

あれの邪魔をしてしまったから、無事に済んだかどうかって...」

 

暗がりだから確認はできないが、おそらく民ちゃんは真っ赤な顔をしているだろう。

 

「邪魔はしていないよ。

民ちゃんは、全然邪魔なんかしていない」

 

むしろ、民ちゃんのおかげで、深みにハマってしまうのを助けられた。

 

「リアとは...していないから」

 

「へ?」

 

「あんな感じだったけど、ヤッていないから」

 

「私が...いたからですか?」

 

「さっきも言ったけど、民ちゃんは邪魔していないからね。

変なものを見せちゃって、ごめん」

 

しばらく考え込んでいた民ちゃんは、「ああ、あれね」と頷いた。

 

「びっくりしちゃって...その。

初めて見たものですから。

ショックで」

 

そうなんじゃないかと思ったけど。

 

こんなこと言ったら民ちゃんに怒られるかもしれないけど。

 

民ちゃんは「生娘」ってことか...。

 

生娘という言い方もどうかと思うけれどね。

 

そうか...民ちゃんは、経験がないのか...。

 

やばい。

 

民ちゃんがますます可愛く見えてきた。

 

僕は身を引いて、手すりにもたれかかる民ちゃんを観察した。

 

民ちゃんにつり合う男っているんだろうか。

 

民ちゃんより背が高くて、身体も大きくてゴツい奴なら、民ちゃんの隣を歩いてもつり合うか...。

 

こんなことを考えていること自体が、民ちゃんに対して失礼なことだってことは分かってる。

 

民ちゃんがムンクの叫びのようなポーズをとった。

 

「トラウマになっちゃうかもしれません...。

あんなものを見せられて...」

 

そう言って民ちゃんは、しゃがみこんでしまったから僕は慌てた。

 

「ごめん!

ごめんな!

無理だろうけど、忘れて!」

 

民ちゃんの肩を抱いて、顔を覗き込んで何度も謝った。

 

「嘘です」

 

すくっと民ちゃんは立ち上がり、あっけにとられた僕は民ちゃんを見上げた。

 

「男版の自分のものなんだって思うことにしたら、わりと平気になりました」

 

「民ちゃーん...。

からかわないでくれよ」

 

「ふふふ」

 

僕も民ちゃんも、コンクリートの床に裸足で立っていた。

 

手すりの上に組んだ両腕にあごを乗せて、僕らは夜空を見上げた。

 

雲で月は隠れていたけど、いくつかの夏星は見られた。

 

「そんなつもりじゃなかったんだ」

 

「?」

 

民ちゃんが問いかけるような表情で僕を見つめている。

 

民ちゃんの涙の理由は何だったんだろう。

 

「民ちゃんがいたから、止めたわけじゃないんだ」

 

何を弁解しようとしているのだろう。

 

「リアとはもう...しないから」

 

どうしてこんなことを、民ちゃんに話しているんだろう。

 

 

 

(つづく)

 

彼女とのHeaven's Day