【12】NO?

 

 

~情けない僕~

 

 

(ふう...。

チャンミンさんとリアさんとの仲を裂くわけにはいかない。

やっぱりここにご厄介になるのは、やめた方がいいかもしれない)

 

「あれ?」

 

実家から送った荷物が、乱れていることに気付いた。

 

(え...どうして?)

 

洋服や下着、小物などが段ボール箱から飛び出している。

 

民が所有する唯一のワンピースは、畳んだ布団の上に投げ捨てられていた。

 

(誰が...?)

 

閉めたドアの向こうから、チャンミンとリアの言い争い(と言っても、一方的にチャンミンが責められている格好)が聞こえる。

 

(犯人はリアさんだ。

自分の家に、謎の箱が置いてあったら、気になるよね)

 

チャンミンがスペースを空けておいてくれたクローゼットへ、私物をひとつひとつ収めていった。

 

ワンピースはハンガーにかけ、積み上げた本を台にして、化粧水と目覚まし時計を置いた。

 

(二人の力関係が、なんとなく分かってきた。

私のせいで、チャンミンさんが責められてしまって、ごめんなさい)

 

着がえと下着を胸に抱きしめると、部屋のドアを開けた。

 

 


 

 

「私の服を片付けてしまうなんて、どういうことよ!?」

 

「メールで書いてたのは、そのことだったんだ」

 

「あそこは、私の衣裳部屋だったのよ。

これからどうすればいいのよ?

私に無断で動かさないでよ」

 

「勝手に触ったことについては、申し訳なかった。

一か月の間だから、辛抱してくれないか?」

 

「一か月だけでしょうね?」

 

「ああ」

 

チャンミンの返事に満足したリアは、ソファに横になって両脚を持ち上げて足先をぶらぶらし始めた。

 

むくみをとる体操だそうだ。

 

「お腹が空いたな」

 

「わかった」

 

チャンミンはリアに気付かれないよう、ため息をついた。

 

「何か作ろうか?」

 

「スムージー。

ヨーグルトは無脂肪で。

砂糖は使わないで、エリスリトール。

バナナは絶対に駄目。

アーモンドミルクがあれば、ヨーグルトはナシで。

氷は3つ。

プロテインとケールでお願い」

 

冷蔵庫から材料を取り出しながら、チャンミンはもう一度ため息をつく。

 

作り慣れているから、考え事をしながらでも手順は間違えない。

 

(僕はリアに押されっぱなしだ。

あんなに好きな女だったのに。

久しぶりに顔を合わせたというのに。

今は衝突を恐れて、ご機嫌取りだ)

 

ジューサーのたてる振動と轟音が、チャンミンのささくれた気持ちをなぜか鎮めた。

 

(民ちゃん、ごめん。

僕らの醜態を見せてしまった。

フォローしてやれなかった。

居心地が悪かっただろうに)

 

ガチガチになって正座をしていた民の姿を思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになったチャンミンだった。

 

背を向けてスムージーを作っているチャンミンの背中を、リアは食い入るように見ていた。

 

(私の言いなりで、一途に待ち続けていて、女々しいところが残念だけど、

スタイルはいいし、顔もいい。

隣を歩かせたら、私と充分釣り合いが取れるし)

 

一日の労働でしわの寄ったワイシャツや、力をこめるたび筋ばる日に焼けた腕などを、リアはじーっと見つめる。

 

リアはフラストレーションを抱えていた。

 

(昨夜はあんなに熱かったのに、部屋から出ずに3日間過ごすはずだったのに。

今朝になって「帰れ」だなんて。

「帰りたくない」って、あの手この手で奉仕したのに!

それでも「帰れ」だなんて!

持て余したこの熱をどうすればいいのよ)

 

出来上がったスムージーにストローを刺して、チャンミンがリアの元へ戻ってきた。

 

リアにそれを渡すと、チャンミンはネクタイを外し、ダイニングチェアにひっかけておいたジャケットを取った。

 

ところが、洗面所に向かおうとしたがすぐに引き返してきた。

 

(民ちゃんがお風呂にいるんだった)

 

リアはじっくりとチャンミンの全身を眺める。

 

(『あの人』ほどじゃないけど、まあまあいい身体しているし、

『あの人』ほどテクニックはないけど、私を喜ばせようと一生懸命になってくれるし。

チャンミンと最後にしたのは、いつだったっけ?

3か月...いやもっと前...半年?

...とにかく!

私は、ムラムラしているのよ!)

 

隣でグラスの水を飲むチャンミンに、リアは飛びかかった。

 

「ちょっ!」

 

ごとんとグラスが転がり落ちて、ラグを濡らす。

 

チャンミンのシャツの襟もとを引き寄せると、唇を押し付けた。

 

「ん...リア!」

 

リアの両肩をつかんでひきはがす。

 

「チャンミンは...私を拒むの...?」

 

「う...」

 

泣きそうな悲しそうな顔をするリア。

 

チャンミンの腕の力が緩んだ隙に、リアはチャンミンのシャツのボタンを外し始めた。

 

「待て!

リア、待てったら!」

 

リアの手首をつかむと、再びリアは泣きそうな悲しそうな表情をする。

 

(チャンミンは、この表情に弱い)

 

脱がせたシャツをソファの向こうへ放り投げた。

 

「み、民ちゃんが!」

 

リアはチャンミンのベルトを外し始めた。

 

リアを力任せに突き飛ばすわけにもいかない。

 

「民ちゃんが...いるんだって!」

 

 


 

 

鏡の中の民が、眉と口角を下げている。

 

(私ったら、本当に男にしか見えないのかなぁ。

何がいけないんだろう)

 

湯上りで上気した頬に触れ、鼻筋をなぞり、ついでに鼻先を押し上げて豚鼻にした。

 

(チャンミンさんはあんなにカッコいいのに、私はブス。

眉毛を細くすればいいのかなぁ。

口紅つければ、女の子っぽくなるのかなぁ...)

 

以前、友人の真っ赤なグロスを借りて塗ったところ、とってつけたように似合わなかった時のことを思い出すと、首を振った。

 

(悲しくなってきた。

明日は、あの人との再会なのに。

少しでも可愛い姿を見てもらいたいのに)

 

うな垂れた民は、洗濯機の上に置いた黒いブラジャーを手にとった。

 

(ペチャパイだし...。

見れば見るほどペチャパイだ)

 

鏡の前で、両手で寄せたり上げたりしてみる。

 

(リアさんの胸、大きかったなぁ。

男の人というのは、大きい胸の人が好きなんだよね、うん。

チャンミンさんもやっぱり...)

 

民の頭にぼわーんと、リアの胸を揉むチャンミンの姿が浮かんだ。

 

(ダメダメ!

何を想像してるのよ!)

 

正面でホックをかけてぐるりと回すと、あるかなきかの胸をブラジャーにおさめた。

 

(湯上りにブラを付けるのって好きじゃないんだよなぁ)

 

家に居る間はノーブラで過ごすのが常だったが、チャンミンの忠告に素直に従うことにした民だった。

 

洗面所を出る前にふり返って、髪の毛が落ちていないか最終チェックをした後、照明を消した。

 

 

 


 

 

「リア!

民ちゃんが...民ちゃんが!」

 

チャンミンはリアの肩を押しのけたが、

 

「ミンミン、うるさいわねえ。

まだ出てこないわよ。

もしかしてチャンミン...、私が嫌なの...?」

 

と、リアが目を潤ませるから、チャンミンは黙るしかない。

 

 

(嫌とか、そういう問題じゃなくて!

 

その1。

半年ぶりにいきなり『そういうこと』をしたくなるリアに驚いていること。

 

その2。

ここはリビングで、もうじきお風呂から上がった民ちゃんに『そういうこと』を見られるかもしれないこと。

 

その3。

この理由が一番大きいぞ。

この場になって気付いたことだ。

僕の中に、リアと『そういうこと』はしたくない気持ちがあること、だ。

 

その4。

『その3』を理由にリアを拒みたいが、彼女を傷つけてしまうから拒みにくいこと。

 

その5。

これが、今の僕を大いに困らせている。

『その3』を挙げているくせに、悲しいかな反応してしまう僕の男の部分だ)

 

 

「あ!」

 

リアの手でファスナーを下ろされ、下着の中身をずるんと引っ張り出された。

 

 

「リアっ!

ダメだって!

あっ!

あ...!

ダメっ!

民ちゃんが!

あぅ!

民...ちゃ...んが!

あ...」

 

「お先で...し...た...?」

 

ソファで仰向けになったチャンミンと、湯上りの民の目がバシッと合った瞬間。

 

 

 

「!!!!」

「!!!!」

 

 

 

(ミミミミミミミミミミミミミンちゃん!!!)

(ひぃぃぃーーーー!!!)

 

 

民はバスタオルを頭からかぶって、絡み合う2人のソファの後ろを通り過ぎると、6畳間に飛び込んでピシャリと戸を閉めた。

 

 

(つづく)

 

 

彼女とのHeaven's Day