「はい、どうぞ」
民ちゃんに手渡された紙袋を前に、僕は自分を指さした。
「僕に?」
「はい、そうです」
民ちゃんは小首をかしげて、にっこりと笑った。
眉と細めた目尻が左右非対称に下がって、「う...可愛い」と心の中でつぶやいた。
湯上り民ちゃんは、化粧水を塗ったばかりの頬を光らせて、濡れ髪をターバンでまとめている。
「えー、なんだろう?
誕生日...でもないし...何なに?」
僕はワクワクとはやる心を抑えつつ、紙袋の中身を取り出す。
「え...これ...?」
ひと目見てドッキリした。
「はい、そうです」
「僕に?」
「日頃の感謝の気持ち、です」
「わざわざ、いいのに...」
「ふふふ。
チャンミンさん、早く着がえてくださいな」
「う、うん」
「......」
「民ちゃん」
「はい?」
「見られてると恥ずかしいから。
あっち...向いてて」
民ちゃんったら、くいいるように視線を注ぎ続けるから恥ずかしくなってきた。
「パンツを脱ぐわけじゃあるまいし...。
見せてくれるのなら、ありがたく拝見しますよ。
あ!
冗談ですよ、本気にしないで下さい。
一度見たことがあるから、十分です」
「うーん...」
僕は民ちゃんに背を向けてハーフパンツを威勢よく脱いだ。
続けて民ちゃんから貰ったものに足を通そうと片足をあげたが、爪先がひっかかりバランスを崩してしまった。
「うわっ!」
尻もちをつきそうになるのを、とっさに飛びついた民ちゃんの腕に支えられた。
コケるところだった...!
「おっちょこちょいのあわてんぼうさんですね」
「民ちゃんほどじゃないよ」
「むっ」
ボタンをかけ終えて、民ちゃんに披露した。
「ほら、着たよ」
おどけて空気のスカートの裾をつかんで、脚をクロスしてみせる。
「チャンミンさん...」
胸の前で両手を合わせた民ちゃんは、キラキラと目を輝かせている。
「素敵です。
似合ってます...!」
「ありがとう」
民ちゃんからプレゼントされたのは、太い縦じま模様のパジャマだったのだ。
何でまた、パジャマ...なんだ?
よりによって...これ、なんだ?
上等な生地と、着る時に目にしたブランドタグが気になった。
「高かったでしょ...これ?」
「金額の話なんて、無粋なことを言わないでください」
「そうだね、ゴメン...」
「予想を上回る似合いっぷりだったので、私は満足です」
「でもさ、どうしてパジャマなの?」
「ふふふ」
民ちゃんは僕の鼻先で人差し指を振って、思わせぶりに笑った。
「チャンミンさんに着て欲しいなぁ...って」
民ちゃんにやられたよ。
今度は、僕からの仕返しだ。
「民ちゃん」
「はい?」
「洗面所の、2番目の引き出し開けてみて」
「何ですか、突然?」
「いいから!」
「まさか...セクシー・ランジェリーですか?
チャンミンさんもエッチですねぇ。
エッチな恰好をさせて、私に何しようとたくらんでいるんですかぁ?」
「そういう想像をする民ちゃんの方が、エッチだってば。
いいから、行った行った!」
身体をくねらす民ちゃんの背中を押す。
「はいはい、分かりましたよ」
民ちゃんが洗面所へ消えた。
「おー!」
民ちゃんの大きな声。
驚いてる。
可笑しくって嬉しくって、僕は笑いをかみ殺していた。
「チャンミンさん!」
民ちゃんが戻ってきた。
「え...?」
民ちゃんの怒った顔に、僕は固まった。
まずかった...のかな?
「ズルいです。
私はサプライズにめっぽう弱いんですよ。
サプライズを仕掛けた私が、サプライズ仕掛けられてどうするんですか!」
「民ちゃん、怒らないで」
なだめるように、民ちゃんの肩を抱いた。
「うっうっうっ...」
「泣かないでよ...」
布越しの民ちゃんの肩が薄くて、胸がギュッとなる。
「ごめん...そんなつもりじゃなかったんだ...」
ヘアターバンからくしゃくしゃと飛び出た、民ちゃんの髪を撫ぜる。
「そんなつもりで、私は大歓迎です」
「へ?」
「大歓迎です!」
民ちゃんは目尻を拭って、顔を上げた。
「チャンミンさんこそ、どうしちゃったんですか?
どうですか、似合いますか?」
僕の目の前でくるりと回って見せる。
ヤバイ...可愛い。
民ちゃんが着ているパジャマは、僕が着ているものの色違い。
民ちゃんのがワイン色で、僕のはネイビー色。
何の気なしにこれを見かけて、気付いたら「これをください」と言っていた。
民ちゃんも僕と同じことをしていたなんて。
色違いのパジャマ。
「新婚カップルみたいですねぇ」
鼻にしわをよせた民ちゃんが、「きゃー」と顔を覆って照れている。
か、可愛い...。
民ちゃんの言葉が嬉しくて、僕の顔も熱い。
「チャンミンさん、試してみたいことがあるんです」
「え...?」
「脱いでください」
「脱ぐ?」
「パジャマ交換です」
「なるほど...」
サイズが同じ僕らだからこそ、出来ること。
うん、と僕らは頷き合ったのを合図に、僕も民ちゃんも着ているものを脱ぎだした。
民ちゃんの肩があらわになって、ギョッとして顔を背ける。
「チャンミンさん、ズボン下さい」
「待って!」
目の前に突き出されたパジャマの上を受け取り、脱いだばかりのパジャマの下を手渡した。
僕らは一体何をやってるんだか。
僕が民ちゃんのために買ったパジャマを、僕が着て、
民ちゃんが僕のために買ったパジャマを、民ちゃんが着ている。
「おー!
赤い方も似合ってますよ」
「そう?
こっちに来て」
民ちゃんの手を引いて、二人並んで洗面所の鏡に映してみる。
民ちゃんがネイビー色の方で、僕がワイン色。
「...新婚カップルどころじゃないですよ」
同じ顔が並んでいる。
「カップルじゃなくて...」
その通り。
双子感が半端ない。
「鏡に映すとどっちが自分で、どっちがチャンミンさんなのか、分からなくなります。
新婚カップルには、全然見えません」
「そう見えなくたっていいじゃないか。
変な目で見る奴がいても、無視していよう、な?」
「はい」
民ちゃんは、鏡に映る僕らを交互に見比べている。
「チャンミンさんの赤い方も、いいですねぇ。
たまに交換しましょう」
「面白いこと言うね」
「そうだ!
チャンミンさん、こっちに来てください」
民ちゃんに手を引かれて寝室に戻る。
「うわっ!」
どんと、力いっぱい背中を押されて、僕はベッドにダイブする。
(民ちゃんは身体が大きいから、力持ちなんだ)
「チャンミンさーん、こっち向いてください」
「え!
写真?
写真撮るの?」
「ポーズとってください。
テーマは昼下がりのリゾートホテル、ですよ」
僕らが居るのはごくごく普通の、マンションの一室。
しかも、夜。
「枕にもたれて。
そうです。
何か飲み物を持ってた方がリアルですよね。
はい、これ持ってください。
おー、ぐっと良くなりました。
チャンミンさん!
顔がかたいです。
こっちは見ないで、自然な感じで。
くつろいだ感じでお願いします」
僕は、民ちゃんと旅先のホテルにいるところを想像した。
夜更かししたせいで太陽が高くなったころに目覚めた。
お揃いのパジャマを着た僕らは、ベッドの上でゴロゴロしているんだ。
きっちりパジャマを着ている時点で、昨夜は何もなかった、ってことか。
それならば、パジャマを交換しようって言って民ちゃんを脱がすか...?
「チャンミンさん!
顔がエロくなってます!」
「ごめん!」
「おー、いいですねぇ」
「この写真、SNSにあげますね」
「そのつもりだったの?
えー、やめてよ」
「安心してください。
これは『私でーす』って、アップしますから。
『髪切りましたー』って。
誰もチャンミンさんだとは、思いませんって」
楽しそうな民ちゃんを見て、僕も笑顔になった。
「あ...」
僕は民ちゃんの耳の下にキスをした。
民ちゃんはここにキスされるのが好きなんだ。
直立不動になった民ちゃんの首が真っ赤に染まっていて、可愛いんだから。
ミルクみたいな甘い香りを、胸いっぱいに吸い込む。
ここで押し倒したら、民ちゃんは怒るかな。
(『パジャマを脱ごう』終わり)
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