14.添い寝屋

「俺に仕事をさせてくれよ?」

「......」

「怖いのか?」

数年来、外界から身を隠し、心身の感覚が麻痺したような日々を送っていた。

閉じこもりの自分が虚しく怖くなってきて、何を思ったのか添い寝屋が『添い寝屋』を雇ってしまった。

オーダーしたあの日は確か...人妻の添い寝をしてやってたんだっけ?

ベッドに入るなり夫への愚痴が始まって、僕は一通り聞いてあげた。

泣き出したかと思うと、どこかへ電話をかけ始めるから、「ベッドにはスマホの持ち込みは駄目だって言ったでしょう?」と諌めた。

その途端、彼女は電話相手に『迎えに来て!』って叫んだりするから、わけが分からない。

30分もしないうちに、彼女の夫が僕の部屋に血相抱えてやってきた。

彼は僕を突き飛ばすと、彼女を引きずるように連れ去ってしまった。

とんだ茶番劇だった。

今回が初めてのことじゃないのだろう、彼女は僕を『浮気相手』に仕立て上げ、夫の気を引こうとしたんだろうね。

僕の気分はズドンと底の底まで沈み、虚しくなってしまった。

それから、泣いて叫んで感情むき出しにした彼女と、困り者の妻を即迎えに来た彼のことが羨ましく思ったんだ。

そこで僕は、かじかんで震える指に悪態をつきながらネットサーフィンに没頭し、たどり着いたサイトで、添い寝屋を雇った。

この空虚な心を癒し、しんと冷えた心を揺さぶって欲しい。

「辛いね」と誰かに背中をさすってもらいながら、眠りにつきたい。

それから、強張った身体をほぐしてもらい、死んでしまった感覚を生き返らせてもらいたい。

「おい!」

知らぬ間にウトウトしかけていた僕は、ユノの鋭い声でハッとした。

ユノの両手が僕の脇に回り、持ち上げられた僕はユノの上にまたがっていた。

「頼むから、俺に仕事をさせてくれ。

グズグズうじうじしていたら、いつまで経っても変われないぞ?」

「...だって」

僕の脇を支えたユノの手は、身をよじるくらいじゃびくともしないくらい力強かった。

「怖いのか?」

「...うん」

ユノの体温で血行がよくなったせいで、彼の胸に置いた両手の指先がじんじんした。

それに...僕のお尻にユノのものがあたっている。

ユノがやってきてから、僕の身体に変化が生じている。

ささいな刺激に弱くなっていた。

「触るぞ」

「ああっ!」

そう言った直後、ユノの手がパジャマのズボンに滑り込んできた。

「...やっ...離せ!」

僕のものを鷲掴みにするんだ、驚いた僕は叫んでしまう。

身を引こうとしたら、起き上がったユノにのしかかられ、僕は仰向けに組み敷かれていた。

身動きしようにも、ユノは全体重をかけているし、僕の肩を抱きすくめているから不可能だった。

「チャンミンのオーダーに応えてるんだ。

安心して俺に任せろ」

ユノは「安心しろ」と言ってるけど、彼のホカホカの手に包まれた自分のモノが気になって仕方がない。

ふにふにと僕のモノがユノの手によって遊ばれている。

ユノの手の中にすっぽりと覆われてしまうくらい、小さく萎んだモノ。

これがかつては、四六時中と言っても過言じゃないくらいに猛々しくなっていたなんて、信じられない。

情けなくて涙が浮かんできた。

「...あっ」

ユノったら僕の耳たぶを咥えるんだ、大きく身体が跳ねてしまっても仕方がない。

「昨日よりも敏感になってるよ」

「...あん」

熱く湿った吐息が僕のうなじにかかり、後ろ髪が逆立った。

自分の首筋にさーっと鳥肌がたつのが分かる。

「や...離せっ...!

止めて...怖い...怖いよ!」

「離していいのか?

一生、ふにゃちんのままでいいのか?」

「それはっ...嫌だ...けど」

ユノは僕の耳下に吸い付いたまま、僕のモノから手を離した。

「身体の力を抜いて。

俺を抱きしめて」

ユノの裸の背中に腕を回し、手の平いっぱいに筋肉が作る凹凸を確かめた。

ユノの体温で温められ、僕らの身体で閉じ込められた彼の匂いを吸い込んだ。

興奮しているのかな...無臭だと思っていたユノの肌から、動物的なのに甘い香りがたちのぼっている。

頭の芯がぼうっとしてきた。

僕はユノの首にしがみついて、ちろちろと僕の先っぽに与えらえる感触に集中した。

「...んっ...ん...」

くすぐったい...だけだ。

以前も、その手のサービスを依頼した経験があるけど、成功した試しはない。

どれだけしごかれ舐められても、僕のモノはうんともすんとも反応しなかった。

もっとも、これ以上自分の身体に触れられるのが気持ち悪くなって、腰を引いてしまう僕に彼女たちは匙を投げたのだ。

僕は今、男の人に押し倒されている。

前が駄目なら...やっぱり僕は、埋められる側なのかな。

などと思っていたら突然、ユノの顔が消えた。

「ひゃっ!」

ユノの口内に僕のモノが吸い込まれていた。

柔らかく萎んだままの僕のモノは、ねっとりと口内でねぶられた。

「駄目...やめて...やめて!」

昨日会ったばかりの人物に、それも男のモノを何の躊躇なく口にできることが信じられなかった。

自分にはとても出来ないことだ。

これは僕からのオーダーに応えての行為で...そんなのイヤだと思った。

急にイヤになったんだ。

仕事だからとキスをするユノも、お金を払ったのは僕の側だからって、どんな行為もユノにしていいなんて...そんなの、心がこもっていない。

あれ...?

『心』って言った?

心を込めるとか、目の前の人に心をさらけ出すとか、心をさらけ出して欲しいとか、ずいぶん長く望んだことなかった。

丹念に舐められて、おしっこが出そうな感覚と、でも出せないもどかしさを覚えた。

「...やっ...や...」

数年前、あのクラブでの僕は、毎夜のように男たちの下になったり、女たちに道具で攻められたりしていた。

再び、僕はケダモノになってしまうのか!?

ぞっとしていると、

「指をいれてやろうか?」

「ええっ!?」

ユノの言葉に僕は、全力で彼の胸を突きとばしてしまった。

「『添い寝屋』がそこまでするなんておかしいよ!

セックスも引き受けるなんて、そんなの『添い寝屋』じゃないよ!」

ユノはひっくり返った姿勢で、怒鳴る僕をあっけにとられた表情で見上げていた。

「ユノはっ...僕の隣で寝てくれるだけでいいから!

オーダーは全部、取り消す!」

ユノはゆっくりと身体を起こすと、低くどすのきいた声で「いい加減にしろ」と言った。

上目遣いのユノから、笑みが消えていた。

「俺は、客の『夜』を全て引き受けるんだ。

その覚悟がなければ、この仕事はできない。

添い寝屋によっては、性的サービスを一切お断りな奴もいる。

例えば、チャンミンのように」

「なっ!

僕には『覚悟』がないっていうの?」

ムカッとした。

「敢えてキツイことを言わせてもらえば。

チャンミンの添い寝屋業は、単なる『寝床の提供』だ」

「それのどこが悪いんだよ!」

「悪い、とは言っていない。

俺のスタイルとは真逆だなぁと思っただけ。

チャンミン...一度でも、客の悩みに寄り添ったことはあるのか?」

「え...」

「聞き流しているだろう?

チャンミンが本気でこの仕事を続けてゆきたいのなら、

もっと『夜を引き受ける』ことについて、深く考えてみる必要があるんじゃないのか?」

ユノの瞳は黒一色なのに、ブラックホールのように中心にむかって渦を作っていた。

吸い込まれまいと、僕も眼力を込めて見返した。

イライラ、ムカムカしていた。

胸の奥底で、ぽっと小さな炎が上がった。

「及び腰の『添い寝屋』に、俺の過去や弱みを打ち明けるのが怖くなってきたよ」

ユノは立ち上がると、ベッド下に落ちたパジャマを拾い上げた。

「客は添い寝屋のチャンミンを買ったんだ。

それも安くはない金額で。

チャンミンの心も身体も、ひと晩だけとは言え、客のものだ。

『脱力系添い寝屋』気取りでいるのもいいけど...もっと、親身になれよ」

「...なんの資格があるんだよ?

僕にそんなこと...僕の仕事の仕方に口出しする資格はないはずだ!」

「...そうだな」

ユノははっと息を吐いた。

「俺は、お前に雇われた『添い寝屋』に過ぎない。

チャンミンの言う通りだよ」

パーテーション内にユノの姿が消え、しばらくして着がえた彼が出てきた。

「...え?」

肌に張りつくほど薄くてスリムな革のパンツに、麻のシャツを着ていて、今夜のユノも完ぺきだった。

スポーティでカラフルなブルゾンを手早く羽織ると、

「じゃあな」

片手を上げて、ユノは背を向けてしまった。

「待って!」

歩み去ろうとするユノを呼び止めた。

「帰るの?

添い寝は?

僕に添い寝してくれるんじゃないの?

ユノの話も途中なんだよ?」

「チャンミンが心と身体を閉じている限り、俺の方も全てをさらけだすのはよそうと思った。

いいか?

俺たちはそれぞれ、『添い寝屋』であり『客』なんだ。

こんな偶然、滅多にないんだぞ?

イヤイヤ言っていないで、真摯に向き合えよ?」

「ホントに帰っちゃうの?

添い寝屋が客を置いていくなんて、変だよ!」

「...チャンミン、俺の方も『客』なんだ。

期待外れだったなら、先に帰る資格が客にはあると思うんだけど?」

そう言って、ユノは僕を置いて出ていってしまった。

(つづく)