(12)君と暮らした13カ月

 

 

~春~

 

 

ふと作業の手を...鉛筆を持つ手、ホウキを持つ手、フライパン返しを持つ手...止めたとき、しんと辺りが静まり返っていた時が要注意だ。

 

チャンミンが悪戯の真っ最中の気配を感じる。

 

チャンミンは、常に私の側にいないと不安でたまらない赤ん坊時代を過ぎ、ひとり遊びできるまで成長した。

 

ありまわる好奇心と体力を持て余して、いたずらの限りを尽くす。

 

どれだけの物を壊されただろうか。

 

コリコリいう音に振り返った私は、悲鳴を上げた。

 

チャンミンの尻尾は高速で振られている。

 

「これは噛んだらダメなの。

噛んでいいのは『これ』だけなの」

 

と、麺棒を指さした(以前チャンミンが使用不能にしてしまったモノだ)

 

「いい?

分かった?」

 

言い聞かせる間、チャンミンは「顔が怖いですよ?」と、きょとんと首をかしげている。

 

きょとんとした表情をしているが、彼は悪戯を咎められていることをちゃんと理解している。

 

その30分後には、床に落ちた鉛筆を木くずの山に変えていた。

 

当然、「チャンミンったら悪い子なの!」とユノさんに泣きつくことになる。

 

「チャンミンはネズミの一種なのかな?

なんでも齧りたがるの」

 

「歯が生え始めてむずがゆいのかもしれないね。

もっと大きくなったら落ち着くよ」

 

「大人になるのを待っているうちに、食卓テーブルがローテーブルになっちゃうよ?

ユノさん、困るでしょ?」

 

「一番いいのは、現行犯で捕まえることだね。

チャンミンには悪いことをしている意識はないんだ。

やっている最中に、『駄目』だと教えてあげなさい」

 

...なんて、ユノさんは分かりきったことを言うんだから。

 

被害は私のものにとどまらず、ユノさんのものやタミーの玩具にまで被害が及ぶようになっていた。

 

ユノさんの外出用の革靴を見事に分解してしまった日は、さすがにユノさんはチャンミンを叱りつけていた。

 

靴底、アッパー、ベロ、かかと、中敷き...これらそのまま靴職人の元に持ってゆけば、元通り縫い合わせてくれそうだった。

 

 

 

 

「チャンミ~ン」

 

今回は何だろうとドキドキさせて、チャンミンを探す。

 

コーンフレーク(チャンミンの好物のひとつ)の箱をゆすって音をたてながら、チャンミンの名前を呼んで2つの寝室と浴室を覗く。

 

換気のため開けていた玄関ドアを思い出して、ヒヤッとした。

 

敷地の境界線から外へ行ってしまったらどうしよう!

 

いつまでも散歩に連れていってあげない私に業を煮やして、「ひとりで平気ですから」と冒険に出かけてしまっていたら...!

 

ポーチから見下ろした景色に、私は言葉を失った。

 

昨年、農家たちを悩ませたカブ泥棒のニュースが頭をよぎった。

 

嵐の夜の翌朝のようだった。

 

蹴散らかされた黒土、細長い緑、黄色が散らばっている...。

 

私の気配を感じとったチャンミンは背中をびくりと震わせ、ゆっくりと振り向いた。

 

私たちはしばらくの間、見つめ合っていた。

 

硬直した私の様子に、ただ事ではないと察したようだ。

 

それまでむしゃむしゃと動いていたチャンミンの顎が止まった。

 

チャンミンの肌色の鼻は真っ黒で、眉毛の上に黄色の花びらが付いていた。

 

「チャンミン...」

 

チャンミンは自分が喜ばしくないことをしでかした、と気付いている。

 

私たちは目を合わせたままでいた。

 

チャンミンの眉根が盛り上がり、眉毛とおぼしき斑点が下がった。

 

「ミンミンを怒らせてしまった...マズイ」と焦り始めたのだろう。

 

口の中のものが地面に落ち、ころりと転がった。

 

チャンミンが咀嚼していたものは、掘り返した球根だった。

 

荒されていたのは花壇で、そこに植わっていたラッパスイセンがチャンミンの口と前脚によって無茶苦茶にされていたのだ。

 

丸い石を土留めした程度のささやかなものだったが、春になると黄色い花がそれは鮮やかに咲くのだ。

 

チャンミンの背が丸まり、首をすくめた格好になった。

 

短い尻尾がお尻の穴を隠した。

 

「チャンミン...ひどい、ひどいよぉ...」

 

その場で崩れ落ちて、私は泣いてしまった。

 

どうせチャンミンのことだ、いつものようにどこかに隠れて、上目遣いで私の機嫌が直るのを待つつもりだ。

 

両腕で囲った中に顔を埋めて泣いた。

 

今回の悪戯は度を越していた。

 

私の二の腕に冷たく濡れたものが押しつけられた。

 

顔を上げると、間近にチャンミンの眼があった。

 

私から目を反らさない。

 

白いまつ毛はまばたきを忘れ、明るい茶色の瞳に影を落としていた。

 

汚れた前脚が私の膝に乗った。

 

温かい舌で私の目尻の涙を舐めとった。

 

「チャンミンっ...くすぐったい」

 

実は、チャンミンが謝りにくるのを私は待っていたのだ。

 

私こそ、チャンミンに謝らないといけないのに...。

 

私がいつまでもぐずぐずと、チャンミンを連れて外出しなかったのがいけないのだ。

 

チャンミンは外出を渋る私に気を遣っていたのだ。

 

そうじゃなければ、とっくの前にひとりで草原を駆けずり回っていただろうから。

 

チャンミンの眉にくっついた花びらをとってあげた。

 

チャンミンの赤い舌が、この先の私の涙をどれだけ拭ってくれたことか。

 

 

被害は見た目ほど酷くなく、水仙の3分の2は植え戻すことができた。

 

帰宅したユノさんは、花壇に気づくと「やれやれ」と首をふりふり、ポーチに仲良く並んで座った私とチャンミンに苦笑して見せた。

 

水仙はユノさんがここに住み始めた際に、植えたものなのだ。

 

「ごめんなさい...」

 

チャンミンに代わって私は謝った。

 

猫背に背を丸めたチャンミンも、叱られた子供みたいにしょげてみせている。

 

「イチゴを買ってきたよ。

夕飯の後にみんなで食べよう」

 

チャンミンは丈夫な胃腸を持っていると、あらためて知った。

 

水仙の球根を10個も食べてもけろりとしていたんだもの。

(もちろん、イチゴも食べた)

 

この日以降、チャンミンは花壇を荒すことはなかった。

 

もっとも、大自然の中で遊びまわる機会がようやく訪れたおかげもあるけれどね。

 

 

(つづく)

 

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