(11)君と暮らした13カ月

 

 

 

~春~

 

 

朝晩は冷え込む春先までは、チャンミンを湯たんぽ代わりに抱いて眠っていた。

 

チャンミンが段ボール製寝床で眠ったのは、この家にやってきた最初の夜だけ。

 

標高1,000メートルにあるだけに、冬は寒さ厳しく、夏は直射日光がぎらつき暑さも厳しいといった、過酷な地なのだ。

 

陽気がよくなってくるにつれ、チャンミンと寝床を共にするのが辛くなってきた。

 

チャンミンの体温は私より高く、熱の塊のようだ。

 

寝苦しく、チャンミンを肘で押しのけて寝返りをうつと、彼はごろんと1回転して私の脇腹にくっついてくる。

(チャンミンは仰向けで眠る習性がある)

 

チャンミンは私に身体の一部を密着していないと、安心して眠れないようなのだ。

 

「チャンミン...暑いよ。

あっち行って」

 

ベッドの真ん中で健やかに眠るチャンミンを起こさないよう、マットレスを動かさないよう、私はベッドの端ぎりぎりまで身体をずらした。

 

夢の世界で何か美味しいものを食べているらしく、チャンミンはくちゃくちゃと口を動かしている。

 

冷えたらいけない、お腹に毛布をかけてやった。

 

まるで人間みたい、と思った。

 

渦を描くへそが、呼吸に合わせて上下している。

 

身体も1か月ごとにひと回りずつ成長してきているから、1年後には私のベッドはチャンミンに占拠されるだろう。

 

チャンミンは寝相も悪い。

 

チャンミンに後ろ脚で蹴飛ばされ、私は寝返りをうってこれを避ける。

 

「ふごっ」と自分のいびきで目覚めたチャンミンは、離れたところにある私の身体ににじり寄る。

 

お尻を密着させて安心したのか、再び夢の世界へ。

 

暑いし、いびきはうるさいし、蹴飛ばされるしで、そっとチャンミンから離れる。

 

チャンミンはくっついてくる。

 

この繰り返しの末、私はベッドの端ぎりぎりまで追いつめられ、何度ベッドから落ちたことか!

 

深夜の静まり返った深夜、「どすん」という音に起こされたユノさんは、夢うつつの中くすり、と笑っていそうだ。

 

「今夜からユノさんがチャンミンと寝てよ。

寝相が悪いんだよ?

いびきも酷いんだよ?」

 

そう訴えたらユノさんは、チャンミンの両脇の下をつかんで抱き上げ、

 

「チャンミン、今夜は俺と寝ようか?」

 

と、自身の形のよい鼻をチャンミンの子豚のような鼻にこすりつけた。

 

チャンミンは「承知しました」と、ユノさんの鼻をべろりと舐めた。

 

これでひとりのびのびと安眠できる...と思いきや、眠れなかった。

 

裏山の木々がざわつく音、目覚まし時計のコチコチ音が耳にうるさい。

 

シーツの上に手を滑らしても、毛むくじゃらで柔らかいものに触れない。

 

寝返りをうっても、ぐにゃりと熱い塊がついてこない。

 

「ミンミン、すまない。チャンミンと寝るのは俺でも無理だった」と、ユノさんがドアをノックするのを待った。

 

ユノさんのベッドだからって、チャンミンはいい子ぶってお行儀よく寝ているんだろう。

 

私の負けだ...ユノさんに預けたャンミンを返してもらおう。

 

身体を起こした時、ガリガリとドアを引っかく音が!

 

私はベッドから飛び降り、ドアを開けた。

 

「チャンミン...!」

 

私のチャンミンがそこにいた。

 

後ろ立ちして、前脚で私の膝を甘噛みした。

 

廊下に髪をボサボサにしたユノさんが立っていて、「ほらね。こうなるだろうって、最初から分かっていたよ」といった風に苦笑していた。

 

チャンミンと向き合わせに横たわった。

 

寝室は夜明け間際の、白い霞みがかった空気で満ちていた。

 

チャンミンと目を合わせた。

 

チャンミンは目を反らさない。

 

初めて迎えた夜明けに、こうやってチャンミンの顔をしみじみと観察したんだった。

 

チャンミンのまばたきのペースが落ちてくる。

 

白い眉毛が脱力して下がってくる。

 

両耳が垂れてくる、鼻が乾いてくる。

 

丸い頭を撫ぜた。

 

不細工な顔に埋め込まれた1対の眼、美しすぎる瞳...冷たい水からすくい上げたばかりの琥珀色の宝石...に、心打ち震えた朝。

 

あれから、4か月。

 

朝日をもっと取り込もうと、カーテンを開けた。

 

分厚い秋冬ものから、春夏の軽やかなカーテンに付け替えよう。

 

今朝はこのまま起床して、ユノさんにお弁当を作ってあげよう。

 

あと10分はチャンミンの寝顔を見つめていよう。

 

来週になったら、チャンミンを散歩に連れていってやろう。

 

 

 

 

出勤するユノさんを見送った後、私はポーチのベンチに腰掛けぼうっとしていた。

 

私はこのままでいいのかな、と考え込んでいた。

 

ユノさんの家に引きこもって学校にも行かず、ここは隣家まで1kmも離れていて人目など気にしなくてもいいのに、目前に広がる空間に飛び込めずにいる。

 

裏手の雑木林なら木々に身を隠していられる安心感も手伝って、現に昨年の夏は毎日のように遊びに行っていた。

 

このまま、ユノさんの家で一生を終えるのかな。

 

ユノさんもいつかは恋人を作るだろうし、私が居たらその恋人は嫌がるだろうな。

 

私は何にこだわっているのかな。

 

足元に視線を落とした。

 

チャンミンは寝転がって、私のスニーカーの紐をしゃぶっていた。

 

「ねえ、チャンミン?」

 

私はチャンミンに声をかけた。

 

チャンミンは私を見上げた。

 

「お前は何を考えているの」

 

チャンミンは眼差しで答える。

 

「あなたと同じことですよ」

 

 

(つづく)

 

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