~冬~
チャンミンを始めて見た者は、誰しも言葉を失うだろう。
あやふやな表情を浮かべるしかない。
ひと言で言い表せられない...不可思議な生き物だった。
・
窓ガラスに雪のつぶてがぱさぱさとぶつかる音、タミーのいびき、パチパチと木がはぜる音。
ユノさんはソファに横になって本を読んでいて、タミーはその足元でお腹を出して眠っている。
私とユノさんとは血のつながりはなく、遠い遠い親戚関係にあるだけ。
私の保護者となった経緯を話すと長くなってしまうが、一言で言ってしまうと私に両親がいないからだ。
それから、ある事件を引き起こしたせいもある。
保護者と呼んでいるけれど、ユノさんはまだ22歳なのだ。
実年齢よりも老成しているのは、10代にして家主となった責任感によるものだろう。
ユノさんの下で暮らすようになって、2年になろうとしていた。
テーブルにノートと教科書を広げ、私は単語の読み上げ練習をしていた。
「ユノさん...ここが分かんない」
声をかけるとユノさんは、背後から身をのりだして私が指さした単語を、素晴らしい発音で読み上げるのだ。
「もうそろそろ寝た方がいい」
「チャンミンは?」
「君がママなんだから、部屋に連れていきなさい」
そう言って、私のベッドの足元に急ごしらえの段ボール製寝床を作ってくれた。
その間、私はチャンミンを抱いていた。
私の腕はチャンミンの肋骨と背骨の凸凹を感じ取っていた。
力を込めたら、ポキンとへし折ってしまいそうな、小ぢんまりと細い骨だった。
毛布に鼻先を埋め、背中を丸めて眠るチャンミンを起こさないように、寝床に寝かせた。
朝までぐっすり眠りなさい。
沢山ミルクを飲んで大きくなりなさい。
ユノさんと私の家なら、安心して暮らせるからね。
・
カリカリいう音で朝方、目が覚めた。
太陽がほんのひとすじ顔を出した時刻で、室内は冷え込んでいる。
外はしんと静まりかえっており、吹雪はおさまったのだろう。
音の正体は、チャンミンがベッドをひっかいていたからだ。
後ろ立ちして背中を伸ばしても、小さなチャンミンの前脚はベッドの上まで届きっこない。
その上、チャンミンの四肢はダックスフントのように短いのだ。
「ごめんね、寒いんだね」
段ボールに古毛布を敷いただけの寝床じゃあ、寒さに震えても仕方がない。
そこまで気を配れなかった私は、チャンミンに謝るしかない。
チャンミンを抱き上げ、私の傍らに下ろした。
深刻な皮膚炎を起こしていたチャンミンの毛皮は、ところどころハゲになっていて、もっと寒かっただろうに。
よしよしと背中をこすってあげた。
私の体温で温もった布団をチャンミンの背にかけてやると、チャンミンの震えは次第にやんでいった。
私はチャンミンに顔を寄せて、じっくりと観察してみた。
チャンミンの特徴はまず、団扇のように大きな耳だ。
耳の先は尖っている(耳下の傷口は昨夜、ユノさんが軟膏を付けてくれた)
耳の裏っ側は黒い毛でおおわれている。
正面は真っ白な毛が周囲をぐるりと生えており、中はピンク色でつるつるしていた。
どんな音でも聞き漏らさないぞといった意志の感じられる、立派な耳だ。
豚とまでは言えないけれど、肌色の大きな鼻は濡れ濡れとしていて、始終ひくひくとうごめいている。
不格好なんだけど、どんな匂いも嗅ぎもらさないぞといった意志の感じられる、立派な鼻をしていた。
最も特徴的で、初めてチャンミンの全貌を目にした時、真っ先に吸い寄せられたのは眼だった。
不細工な顔の中で、チャンミンの眼ははっと息をのむほど美しかった。
大きな大きな眼だった。
あまりの大きさに、何かの拍子で目玉が落っこちるんじゃないかと、心配になるくらい大きな目をしていた。
密に生えた長いまつ毛に縁どられたまぶたに、目玉はおさまっていた。
さっきより顔を出した太陽と雪の反射で、窓の外は白くまぶしい。
窓から差し込んできた朝日の帯が、チャンミンの瞳を薄茶色に透かしていた。
チャンミンの瞳の瞳孔が、きゅっと小さくなる瞬間も見逃さなかった。
虹彩は緑がかった焦げ茶色だった。
目玉の表面は雫が滴りそうに潤っていて、ちゃんと私の顔が見えているのか疑わしいほどだった。
(つづく)
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