(2)君と暮らした13カ月

 

 

~冬~

 

 

チャンミンを始めて見た者は、誰しも言葉を失うだろう。

 

あやふやな表情を浮かべるしかない。

 

ひと言で言い表せられない...不可思議な生き物だった。

 

 

窓ガラスに雪のつぶてがぱさぱさとぶつかる音、タミーのいびき、パチパチと木がはぜる音。

 

ユノさんはソファに横になって本を読んでいて、タミーはその足元でお腹を出して眠っている。

 

私とユノさんとは血のつながりはなく、遠い遠い親戚関係にあるだけ。

 

私の保護者となった経緯を話すと長くなってしまうが、一言で言ってしまうと私に両親がいないからだ。

 

それから、ある事件を引き起こしたせいもある。

 

保護者と呼んでいるけれど、ユノさんはまだ22歳なのだ。

 

実年齢よりも老成しているのは、10代にして家主となった責任感によるものだろう。

 

ユノさんの下で暮らすようになって、2年になろうとしていた。

 

テーブルにノートと教科書を広げ、私は単語の読み上げ練習をしていた。

 

「ユノさん...ここが分かんない」

 

声をかけるとユノさんは、背後から身をのりだして私が指さした単語を、素晴らしい発音で読み上げるのだ。

 

「もうそろそろ寝た方がいい」

 

「チャンミンは?」

 

「君がママなんだから、部屋に連れていきなさい」

 

そう言って、私のベッドの足元に急ごしらえの段ボール製寝床を作ってくれた。

 

その間、私はチャンミンを抱いていた。

 

私の腕はチャンミンの肋骨と背骨の凸凹を感じ取っていた。

 

力を込めたら、ポキンとへし折ってしまいそうな、小ぢんまりと細い骨だった。

 

毛布に鼻先を埋め、背中を丸めて眠るチャンミンを起こさないように、寝床に寝かせた。

 

朝までぐっすり眠りなさい。

 

沢山ミルクを飲んで大きくなりなさい。

 

ユノさんと私の家なら、安心して暮らせるからね。

 

 

カリカリいう音で朝方、目が覚めた。

 

太陽がほんのひとすじ顔を出した時刻で、室内は冷え込んでいる。

 

外はしんと静まりかえっており、吹雪はおさまったのだろう。

 

音の正体は、チャンミンがベッドをひっかいていたからだ。

 

後ろ立ちして背中を伸ばしても、小さなチャンミンの前脚はベッドの上まで届きっこない。

 

その上、チャンミンの四肢はダックスフントのように短いのだ。

 

「ごめんね、寒いんだね」

 

段ボールに古毛布を敷いただけの寝床じゃあ、寒さに震えても仕方がない。

 

そこまで気を配れなかった私は、チャンミンに謝るしかない。

 

チャンミンを抱き上げ、私の傍らに下ろした。

 

深刻な皮膚炎を起こしていたチャンミンの毛皮は、ところどころハゲになっていて、もっと寒かっただろうに。

 

よしよしと背中をこすってあげた。

 

私の体温で温もった布団をチャンミンの背にかけてやると、チャンミンの震えは次第にやんでいった。

 

私はチャンミンに顔を寄せて、じっくりと観察してみた。

 

チャンミンの特徴はまず、団扇のように大きな耳だ。

 

耳の先は尖っている(耳下の傷口は昨夜、ユノさんが軟膏を付けてくれた)

 

耳の裏っ側は黒い毛でおおわれている。

 

正面は真っ白な毛が周囲をぐるりと生えており、中はピンク色でつるつるしていた。

 

どんな音でも聞き漏らさないぞといった意志の感じられる、立派な耳だ。

 

豚とまでは言えないけれど、肌色の大きな鼻は濡れ濡れとしていて、始終ひくひくとうごめいている。

 

不格好なんだけど、どんな匂いも嗅ぎもらさないぞといった意志の感じられる、立派な鼻をしていた。

 

最も特徴的で、初めてチャンミンの全貌を目にした時、真っ先に吸い寄せられたのは眼だった。

 

不細工な顔の中で、チャンミンの眼ははっと息をのむほど美しかった。

 

大きな大きな眼だった。

 

あまりの大きさに、何かの拍子で目玉が落っこちるんじゃないかと、心配になるくらい大きな目をしていた。

 

密に生えた長いまつ毛に縁どられたまぶたに、目玉はおさまっていた。

 

さっきより顔を出した太陽と雪の反射で、窓の外は白くまぶしい。

 

窓から差し込んできた朝日の帯が、チャンミンの瞳を薄茶色に透かしていた。

 

チャンミンの瞳の瞳孔が、きゅっと小さくなる瞬間も見逃さなかった。

 

虹彩は緑がかった焦げ茶色だった。

 

目玉の表面は雫が滴りそうに潤っていて、ちゃんと私の顔が見えているのか疑わしいほどだった。

 

 

(つづく)

 

 

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