(27)君と暮らした13カ月

 

 

~秋~

 

 

その日、私とチャンミンは小さな喧嘩をした。

 

チャンミンが腹を立てるのも仕方がないけれど、彼を連れて街へ出るのは無理だったのだ。

 

ユノさんから貰った小遣いで本を買いに行こう、と思い立った。

 

あの古本屋のおじさんの約束をまだ果たしていなかったからだ。

 

ユノさんは担当する動物が出産間際だからと、ここ数日間ほとんど泊まり込み状態だったため、彼に車を出してもらうことは出来そうにない。

 

明日から雪が降るでしょうと、ラジオから流れた天気予報。

 

さらに、私は風邪が治ったばかりで、重いチャンミンを背負って歩くだけの体力がなかった。

 

喧嘩の種を作ってしまったのは、この日を選んでしまった私なのだ。

 

チャンミンは大はしゃぎで、出掛ける用意をする私の周囲をぐるぐる走り回っていた。

 

「あなたは留守番なの。

連れていけないの」

 

そう何度も言ったのに、チャンミンは聞こえないふりをしている。

 

草原の小路を、チャンミンはスキップして私を先導した。

 

「チャンミン、ごめん。

今日のあなたは留守番なの」

 

チャンミンは「留守番」の意味が分からないと、小首を傾げた。

 

輝かせた眼で私を見上げるものだから、連れていこうか一瞬迷ったけれど、やっぱりチャンミンを背負って歩くのはしんどそうだった。

 

「待っててね。

2時間で戻るから。

お土産も買ってくるよ」

 

草原の端の木柵の前で、私はチャンミンに言い聞かせた。

 

チャンミンはがくっと頭を落とし、「ごめんね」の私の言葉にも振り向かず、とぼとぼと元来た道を帰っていった。

 

 

「ただいま、チャンミン」

 

ポーチにいたャンミンに声をかけたけれど、彼は眠ったままだった。

 

草原の向こうに私の姿を見つけていたくせに、ずっと昼寝をしているふりをしている。

 

「クッキーだよ。

牛乳も飲む?」

 

チャンミンは顔を背けたままだった。

 

頭を撫ぜようとすると、首を振っていやいやする。

 

「勝手に怒っていなさい!」

 

ドアをバタン、と大きな音をたてて閉めた直後、チャンミンが怒っても仕方がないか、と反省した。

 

チャンミンのご機嫌をとろうと、前庭のひまわりから採取した種を、フライパンで煎ってあげることにした。

 

「チャンミ~ン!

出来たよ~」

 

香ばしく煎られたひまわりの種を全部、チャンミンのボウルに入れた。

 

背後から近づく、カチカチいう爪の音が一向に聞こえてこない。

 

「チャンミンは相当へそを曲げているんだな、仕方がない子だ」と、チャンミンが隠れていそうなところを探しまわった。

 

洗濯機の中、ユノさんの毛布の下、本棚の上にはいなかった。

 

「どこにいったんだろ...」

 

外に出て、ポーチの下や裏庭の物置小屋も覗いてみた。

 

ポーチに置いたクッキーも牛乳も手付かずだった。

 

「強情っぱりなんだから!」

 

きっと草原を走り回っているんだな、と私はため息をつき、家の中に戻った。

 

そして、古本屋で買った本を手にラグに寝っ転がった。

 

私には背伸びし過ぎた小説で、難しい単語が出る度辞書で調べ調べながらの読書で、なかなか先に進めない。

 

それでも、恋を知らない私はドキドキしながら、夢中になって読みふけっていた。

 

手元が薄暗くなってきてようやく、日が翳りかける時刻だと知った。

 

「いけない!」

 

夕飯の用意をしないと、薪を運んでおかないと、洗濯物を取り込まないと、と、やることリストは沢山ある。

 

家の中はとても静かだ。

 

ここではたと気付いた。

 

チャンミンがいない!

 

食いしん坊のチャンミンが夕飯の時間を忘れるはずがないし、薄暗くなるまで一人遊びをするには、彼は寂しがり屋過ぎるのだ。

 

草原の彼方を目をこらしてみたけれど、チャンミンの目印である白いお尻はない。

 

気の早い下弦の月が青白く、東の空に浮かんでいた。

 

「チャンミ~ン」

 

遠く離れ過ぎていて心の声が聞こえないんだ。

 

こんな時、喉がつぶれるほど大声を出せたらと、自分が情けなくなった。

 

チャンミンは雑木林に行ってしまったのかもしれない。

 

怒りが強すぎて、私の顔なんて見たくないんだ。

 

足元も木々の枝も黒く塗りつぶされていて、しんと静まり返っている。

 

野生動物たちが活動するには時間は早いようで、ガサガサ笹を揺らす音もしない。

 

私に心配してもらいたかったとしたら?

 

それで無茶をしようと、いつもよりも山深いところまで足を踏み入れて、そして迷子になったんだ。

 

それとも、沢に落ちていたとしたら?

 

ぞっとした。

 

「...どうしよう」

 

むくむく膨らんでくる不安感で、胸が破裂しそうになった。

 

「...チャンミン...」

 

私にでき得る限り、チャンミンを探した。

 

懐中電灯を手に、ぐるりと草原を回ってみた。

 

足元は真っ暗で、羊のウンチを踏んでしまっていようと構わなかった。

 

「チャンミン...馬鹿」

 

死にものぐるいだった。

 

林を抜け別荘地の通りまで上がり、厳重に戸締りをした別荘の敷地内を1軒1軒見て回った。

 

「チャンミーン!」

 

ここでもうひとつの可能性に行き当たった。

 

故郷に帰ったんだ。

 

私のことが嫌いになって、故郷に帰ってしまおうと思い立ったんだ。

 

ユノさんだ!

 

ユノさんなら何とかしてくれる!

 

私はこぼれ落ちそうな涙をぐっとこぶしで拭った。

 

斜面をすべり落ちるように下った。

 

木の根につまずいて3度も転んだ。

 

顎と胸を強く打ち、顔が落ち葉に埋もれた。

 

怪我をしたってどうでもいい、今すぐユノさんに助けてもらわないと、チャンミンがどこかへ行ってしまう。

 

チャンミンの嘘つき。

 

「どこにも行きませんよ」って言っていたのに。

 

 

 

 

ユノさんは直ぐに、見当がついたようだった。

 

チャンミンは見つかった。

 

罠にかかっていた。

 

鶏小屋を襲うキツネを捕らえるトラバサミに、足を挟まれていたのだ。

 

 

(つづく)

 

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