(26)君と暮らした13カ月

 

 

~秋~

 

 

チャンミンは表情豊かだ。

 

私が最も大好きなのは、うんちをしている時の顔だ。

 

とても難しい問題を解いているみたい。

 

しゃがんでチャンミンの顔をじーっと見つめていると、「気が散ります」と顔を背ける仕草も大好きだ。

 

チャンミンの好きなところを挙げよ、と問題が出たら、テスト用紙をはみ出してしまうくらい、いくらでも書ける。

 

 

「ミンミーン!」

 

「はーい」

 

元気いっぱい応え、ユノさんのトラックまで、小枝の入った袋を引きずって行く。

 

冬はもう、すぐそこまでやってきていた。

 

私たちの命綱であるストーブの焚き付けに使うものを集めに、雑木林にやってきたのだ。

 

ユノさんのトラックの荷台には既に、間伐した大ぶりの枝が積まれている。

 

この一帯はユノさんの土地なんだって、凄いなぁ。

 

ユノさんはキャップを後ろ前にかぶり、首にタオルをひっかけている。

 

チェック柄のネルシャツを肘までまくしあげているので、なたを振り下ろすたび、一の腕に筋が浮かび上がる。

 

私も微力ながら戦力として、飼料の空袋に杉葉や小枝を集めていた。

 

広葉樹たちは葉を黄色や赤に染めている。

 

風が吹くと、ざわつく音とともに葉っぱたちは吹雪のように空を舞う。

 

あと1か月も経たないうちに、丸裸になるだろう。

 

そして、雪に閉じ込められる冬がやってくる。

 

 

タミーは木の幹にもたれるように、身体を丸めて眠っている。

 

チャンミンは落ち葉を蹴散らし、走り回っている。

 

その興奮ぶりは、やり場にこまった身体から溢れ出るエネルギーを、爆発させているかのようだった。

 

生命の塊だった。

 

「罠が仕掛けてあるから、沢の方まで行ったら駄目だ」

 

ユノさんの注意にチャンミンは「了解です!」と答え、林の中への駆けて行ってしまった。

 

ついさっきは、チャンミンが得意げに見せびらかしにきたものに、私は悲鳴をあげた。

 

冬眠したばかりの蛇を引っ張り出したのだ。

 

当然、ユノさんにガツンと叱られ、元の場所へ戻しに行っていた。

 

「ちゃんとできたでしょ?」

 

褒めてもらいたくて猛ダッシュでこちらへ戻ってくる途中、突き出た木の根につまづいて、ボールみたいに転がった。

 

ユノさんと私は大笑いした。

 

お次は、というと、冬ごもりの準備に忙しいリスの邪魔をしている。

 

木の上に駆け上るリスを追って、自身も幹に爪をたてるが、プラムの件を思い出し、至極残念そうに梢を見上げていた。

 

斜めに差し込む木漏れ日で、まだら模様のチャンミンの毛皮にもうひとつ色を加えた。

 

「チャンミンは嬉しくて仕方がないんだね」

 

「みんな揃ってのお出かけは初めてだからかなあ」

 

お昼休憩では地面に直接腰を下ろして、お弁当を囲んだ。

 

「今日は俺が用意する」とユノさんが張り切って作ったお弁当だ。

 

薄切りしたハム、チーズ、ジャムを挟んだ3種類のサンドイッチ、人数分の茹で卵とコーヒーといった簡単なメニューだったけど、どれもが美味しかった。

 

「秋も終わるなぁ」

 

「チャンミンがうちにきて、もうすぐ1年になるね」

 

「時が経つのは早いなぁ」

 

梢に切り取られた澄み切った薄青い空を見上げた。

 

チャンミンはしゃりしゃりと小気味いい音を立てて、リンゴを食べている。

 

両手でリンゴを掴み、齧るごとに器用に回転させている。

 

チャンミンの前足は5本指をしている。

 

過去にプラムの実を種だけ残して綺麗に食べられたのも、この5本指のおかげだ。

 

その小さな手の平はひんやりとつめたく、鋭い爪が生えていた。

 

ひっくり返すと、ちいさな肉球が並んでいる。

 

「チャンミンは宇宙から来たの?」

 

唐突な問いにユノさんは、うーんとしばらく考え込んだのち、「そうかもね」と答えた。

 

チャンミンはあらゆる動物の寄せ集めみたいだった。

 

「ねえ、ユノさん。

...動物園に返さなくていいの?」

 

ずっと気になっていたことだった。

 

動物園で発見されたのだから、大きくなったチャンミンは本来の場所に戻さないといけないのでは、と。

 

野生動物は怪我や衰弱のため一時的に保護をしても、元気をとり戻したら野生に戻してあげないといけない、とユノさんから聞いたことがあったからだ。

 

「先月のことだ。

とても珍しい...世界に10匹しかいない動物がやってきた。

俺は担当していないけれど、動物園中、その子にかかりきりだ。

温度や湿度、照明、餌...死なせたりしたら大ごとだ。

...誰もチャンミンのことは忘れてしまっているよ」

 

「...よかった」

 

不安がひとつ消え、安堵のあまり肩の力が抜けた。

 

それからもうひとつ、気になっていたことを尋ねてみた。

 

「チャンミンを野生に返してやった方がいいのかな?」

 

「その必要はないさ。

君がそばにいて欲しいと望む限り、ずっとチャンミンをそばに置いていていいんだよ。

チャンミンはどう思っているか、想像してみるといい」

 

「うん」

 

チャンミンを呼ぶと、彼は弧を描いて方向を変え私の膝に飛び込んでくる。

 

「山の中に戻りたい?」

 

「戻るってどこへです?

僕の人生のスタートは、この家なんですよ?」

 

首をかしげてきょとんとしている。

 

泥だらけの肌色の鼻を、シャツの袖口で拭ってやった。

 

私を喜ばせるために嘘をついたのだとしたら、どうしようと思った。

 

琥珀色の瞳は濁りひとつなく、その表面に空と私の顔が映っていた。

 

チャンミンは嘘を知らない...彼には本当のことしか存在しない。

 

チャンミンを抱き締める。

 

日光でぬくもったふかふかの毛皮に頬を埋める。

 

私のハグが大好きだから、チャンミンはじっとしている。

 

今日のチャンミンは日なたと落ち葉と、湿った土の匂いがした。

 

この日を思い出すと、あまりに幸せ過ぎて悲しくなる。

 

こんな感情...初めて知った。

 

 

チャンミンがいなくなった。

 

雑木林へ行った2週間後のことだ。

 

私は死にもの狂いでチャンミンを探した。

 

私を置いて、山深いどこかへ...故郷へ帰ってしまったんだ。

 

恐ろしかった。

 

 

 

(つづく)

 

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