~冬~
「ユノさんは自分の子供が欲しいと思ったことある?」
ストーブに薪をくべていたユノさんは、手の平から木くずを払い落とすとこう答えた。
「俺が女の人と付き合えないことを知っているだろう?」
「うん。
でも、ずっと一人でしょ?」
「『ずっと』って...まだ1年くらいだよ?」
「寂しくない?」
「ミンミンがいるから寂しくないよ」
ユノさんにそう言ってもらえて、とても嬉しかった。
なんだか私の存在を認めてもらったみたいで。
「そうだ...!
恋人ができればまた一緒に暮らせばいいよね。
でね、私はユノさんたちの子供みたいな存在になるの」
「それはないなぁ。
俺はミンミンを『子供』だと思ったことはないよ。
保護者っぽい役割だけど、それは単に俺が大人だからだ」
「ふうん。
じゃあ、私はユノさんの何なの?」
「ミンミンはミンミンだよ」
ミンミンはミンミン...ユノさんの言葉の意味がその時はよく分からなかった。
彼の言葉の意味が、心の襞の奥まで沁みわたるまでに少しばかり時を要した。
「チャンミンにお嫁さんはできるのかな?」
私は編み物をしていた。
ユノさんの誕生日にはまだ日にちはあるけれど、余裕をもって仕上げたくて昨日から編み出したのだ。
「チャンミンに?」
「うん。
だってチャンミンと同じ種族はいないんでしょ?」
「世界のどこかにはいるかもしれないよ...っくしゅん」
くしゃみをしたユノさんにちり紙をとってあげ、私は思いついたことの続きを話した。
「チャンミンはずっと独身なのかな?
自分の子孫を残せないんでしょ?
チャンミン...可哀想」
「可哀想かどうかは、ミンミンが一方的に思っていることだろう?
チャンミンにしてみたら、可哀想だと思われている方が気の毒だ」
「...そっか」
昼間読んだ本の中で、主人公が赤ちゃんを身ごもる場面が登場した。
私は子供を産むことができないから、ふと気になったことだったのだ。
チャンミンには仲間はおらず、この世でたったひとりの生き物かもしれない。
ということは、チャンミン一代きりで終わりなのか...。
私の思いを読みとったのだろう、ユノさんは私の頭を撫ぜてこう言った。
「子孫を残すことが、俺たちの人生の目的じゃないんだぞ?」
「ユノさんはそう思ってるんだ?」
「ああ。
俺は子供を残せないけれど、俺一代の人生をどれだけ充実したものにできるかに集中している。
どんなに小さなことでも味わい尽くすんだ。
例えば...誕生日プレゼントを楽しみにしたりね」
ユノさんはせわしなく編み棒を動かす私の手元を覗き込んだ。
「何編んでるの?
手袋?」
「こんなにおっきい手袋はないよ~。
象の手袋じゃないんだから。
いくらユノさんの手が大きくてもね」
毛糸はいくつ必要かなぁ、お小遣いで足りるかなぁ、この色の毛糸が売れ残っていればいいのだけど。
「ミンミンはいい奥さんになれるね」
「...どうかなぁ。
私を貰ってくれる人なんて...いないよ。
子供も産めないし...奥さんは無理」
ユノさんの言うように、私は家のことをするのが得意だし、とても気に入っている。
手を動かした分だけ、整頓され綺麗になる...そして、家族が喜んでくれる。
「さっきも言っただろ?
その人のそばに居たいから、一緒に暮らしたり結婚したりするんだ。
子供が欲しいからじゃない。
ミンミンがいい、ミンミンじゃなきゃ嫌だ、と思ってくれる人は必ず現れるよ」
「そうなったらいいなぁ」
ユノさんの言葉はいつも、私に自信をもたせる前向きなものが多い。
それらを素直に受け取れない私だったけれど、近ごろはそうでもなくなった。
私はチャンミンをかなりの頻度で褒める。
その時の気持ちはホンモノなのだ。
だから、ユノさんもそうなんだろうなぁ、って。
(褒めて褒めて褒め倒したある日、チャンミンは嬉しさのあまり、おしっこを漏らしたことがあったのだ)
「ミンミンは誕生日プレゼントに何が欲しい?」
「チャンミンのお嫁さん。
それが無理なら弟」
即答した私に、ユノさんはぷっと吹き出した。
「チャンミンみたいな子がふたり?
さぞ賑やかになるだろうね」
「うん。
それが第一候補で、第二候補は...考え中」
「チャンミンの誕生日も祝おうか?
1年はもう過ぎてしまったけどね。
ミンミンの分も一緒に3人まとめてお祝いしたら楽しいんじゃないかな?」
「そうだね」
「今年はチョコレートケーキがいいなぁ」
子供みたいなユノさんは、鼻声だ。
「ユノさん、顔が真っ赤だよ。
早く寝てください」
ユノさんは風邪気味なのだ。
夕飯の後で、まん丸に膨れたお腹を上にチャンミンはいびきをかいている。
タミーも同様で、夕飯の匂いが未だ残っている居間。
なんとも幸福な光景だと思った。
だからユノさんは少しでも長くここに居たくて、ひとりだけ寝室に引っ込めずにいたのだろう。
まだ9時だけど、私も寝てしまおう。
「チャンミン、寝るよ」
お尻を揺すっても目覚める気配がない。
夕飯でたらふく食べた餃子20個分重いチャンミンを抱き上げた。
「おしっこしておいで」
ポーチに下ろされたチャンミンは、寝ぼけまなこでポーチの階段をよたよたと降りてゆく。
ぽっかり浮かんだ満月で、夜にもかかわらず辺りは青白く明るく、チャンミンが作る影が濃かった。
今年は暖冬で、まだ雪は降っていない。
空を3分の1覆っている雲が雪雲ならいいのにな、と思った。
チャンミンと雪遊びがしたいから。
(つづく)
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