(29)君と暮らした13カ月

 

 

~冬~

 

 

「ユノさんは自分の子供が欲しいと思ったことある?」

 

ストーブに薪をくべていたユノさんは、手の平から木くずを払い落とすとこう答えた。

 

「俺が女の人と付き合えないことを知っているだろう?」

 

「うん。

でも、ずっと一人でしょ?」

 

「『ずっと』って...まだ1年くらいだよ?」

 

「寂しくない?」

 

「ミンミンがいるから寂しくないよ」

 

ユノさんにそう言ってもらえて、とても嬉しかった。

 

なんだか私の存在を認めてもらったみたいで。

 

「そうだ...!

恋人ができればまた一緒に暮らせばいいよね。

でね、私はユノさんたちの子供みたいな存在になるの」

 

「それはないなぁ。

俺はミンミンを『子供』だと思ったことはないよ。

保護者っぽい役割だけど、それは単に俺が大人だからだ」

 

「ふうん。

じゃあ、私はユノさんの何なの?」

 

「ミンミンはミンミンだよ」

 

ミンミンはミンミン...ユノさんの言葉の意味がその時はよく分からなかった。

 

彼の言葉の意味が、心の襞の奥まで沁みわたるまでに少しばかり時を要した。

 

「チャンミンにお嫁さんはできるのかな?」

 

私は編み物をしていた。

 

ユノさんの誕生日にはまだ日にちはあるけれど、余裕をもって仕上げたくて昨日から編み出したのだ。

 

「チャンミンに?」

 

「うん。

だってチャンミンと同じ種族はいないんでしょ?」

 

「世界のどこかにはいるかもしれないよ...っくしゅん」

 

くしゃみをしたユノさんにちり紙をとってあげ、私は思いついたことの続きを話した。

 

「チャンミンはずっと独身なのかな?

自分の子孫を残せないんでしょ?

チャンミン...可哀想」

 

「可哀想かどうかは、ミンミンが一方的に思っていることだろう?

チャンミンにしてみたら、可哀想だと思われている方が気の毒だ」

 

「...そっか」

 

昼間読んだ本の中で、主人公が赤ちゃんを身ごもる場面が登場した。

 

私は子供を産むことができないから、ふと気になったことだったのだ。

 

チャンミンには仲間はおらず、この世でたったひとりの生き物かもしれない。

 

ということは、チャンミン一代きりで終わりなのか...。

 

私の思いを読みとったのだろう、ユノさんは私の頭を撫ぜてこう言った。

 

「子孫を残すことが、俺たちの人生の目的じゃないんだぞ?」

 

「ユノさんはそう思ってるんだ?」

 

「ああ。

俺は子供を残せないけれど、俺一代の人生をどれだけ充実したものにできるかに集中している。

どんなに小さなことでも味わい尽くすんだ。

例えば...誕生日プレゼントを楽しみにしたりね」

 

ユノさんはせわしなく編み棒を動かす私の手元を覗き込んだ。

 

「何編んでるの?

手袋?」

 

「こんなにおっきい手袋はないよ~。

象の手袋じゃないんだから。

いくらユノさんの手が大きくてもね」

 

毛糸はいくつ必要かなぁ、お小遣いで足りるかなぁ、この色の毛糸が売れ残っていればいいのだけど。

 

「ミンミンはいい奥さんになれるね」

 

「...どうかなぁ。

私を貰ってくれる人なんて...いないよ。

子供も産めないし...奥さんは無理」

 

ユノさんの言うように、私は家のことをするのが得意だし、とても気に入っている。

 

手を動かした分だけ、整頓され綺麗になる...そして、家族が喜んでくれる。

 

「さっきも言っただろ?

その人のそばに居たいから、一緒に暮らしたり結婚したりするんだ。

子供が欲しいからじゃない。

ミンミンがいい、ミンミンじゃなきゃ嫌だ、と思ってくれる人は必ず現れるよ」

 

「そうなったらいいなぁ」

 

ユノさんの言葉はいつも、私に自信をもたせる前向きなものが多い。

 

それらを素直に受け取れない私だったけれど、近ごろはそうでもなくなった。

 

私はチャンミンをかなりの頻度で褒める。

 

その時の気持ちはホンモノなのだ。

 

だから、ユノさんもそうなんだろうなぁ、って。

 

(褒めて褒めて褒め倒したある日、チャンミンは嬉しさのあまり、おしっこを漏らしたことがあったのだ)

 

「ミンミンは誕生日プレゼントに何が欲しい?」

 

「チャンミンのお嫁さん。

それが無理なら弟」

 

即答した私に、ユノさんはぷっと吹き出した。

 

「チャンミンみたいな子がふたり?

さぞ賑やかになるだろうね」

 

「うん。

それが第一候補で、第二候補は...考え中」

 

「チャンミンの誕生日も祝おうか?

1年はもう過ぎてしまったけどね。

ミンミンの分も一緒に3人まとめてお祝いしたら楽しいんじゃないかな?」

 

「そうだね」

 

「今年はチョコレートケーキがいいなぁ」

 

子供みたいなユノさんは、鼻声だ。

 

「ユノさん、顔が真っ赤だよ。

早く寝てください」

 

ユノさんは風邪気味なのだ。

 

夕飯の後で、まん丸に膨れたお腹を上にチャンミンはいびきをかいている。

 

タミーも同様で、夕飯の匂いが未だ残っている居間。

 

なんとも幸福な光景だと思った。

 

だからユノさんは少しでも長くここに居たくて、ひとりだけ寝室に引っ込めずにいたのだろう。

 

まだ9時だけど、私も寝てしまおう。

 

「チャンミン、寝るよ」

 

お尻を揺すっても目覚める気配がない。

 

夕飯でたらふく食べた餃子20個分重いチャンミンを抱き上げた。

 

「おしっこしておいで」

 

ポーチに下ろされたチャンミンは、寝ぼけまなこでポーチの階段をよたよたと降りてゆく。

 

ぽっかり浮かんだ満月で、夜にもかかわらず辺りは青白く明るく、チャンミンが作る影が濃かった。

 

今年は暖冬で、まだ雪は降っていない。

 

空を3分の1覆っている雲が雪雲ならいいのにな、と思った。

 

チャンミンと雪遊びがしたいから。

 

 

(つづく)

 

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