あまりに精巧なチャンミンに驚いてしまったのには、理由がある。
ちょっと前まで、俺には「お守り役ロボット」がいた。
そのロボットは確かに人間の姿をしていたけど、3つ以上の関節を同時に動かせなくてぎくしゃくしていた。
俺が難しい質問をするとメモリが足りないのか、しばらくフリーズしてしまう。
反応があるまで待つのはイライラするし、駆け回って遊ぶことも出来ないし、その他いろいろ問題があって、結局お払い箱になったんだ。
どうして俺に、「話し相手」だとか「遊び相手」が必要だって?
俺の家は、針葉樹だらけの山深い中にあって、近辺には誰も住んでいない。
一番近い学校までは、車だと2時間、飛行機だと20分くらいかかる場所にある。
だから俺は、自宅でネット回線ごしで授業を受けている。
俺に限らず、よその子たちも似たようなものだ。
それに加えて、俺には兄弟がいない。
広い屋敷の中で、子供は俺だけだ。
そんな俺の遊び相手として、両親はチャンミンを買ってくれたんだと思う。
先代の『お守り役ロボット』と比べものにならないくらい、チャンミンはホンモノの人間に近い。
近いどころか、人間そのものだった。
俺はたちまち、チャンミンのことが大好きになった。
チャンミンは優しくて、物知りで、力持ちだった。
チャンミンに肩車されて、裏山を散歩する。
チャンミンはとても背が高いから、木の枝に頭をぶつけてしまうこともある。
「わぁ!
すみません、ユノ!」
慌てたチャンミンは肩から俺を下ろして、俺の頭をすみずみまで点検した。
「チャンミン...!
くすぐったいったら」
耳の穴まで確認しようとするチャンミンの手を押しのけて、俺は笑いころげる。
「安心しました...。
あなたに怪我をさせたら...」
チャンミンは俺を引き寄せると、ぎゅっと抱きしめた。
大人の男の人にぎゅっとしてもらうことは経験がなくて、俺はびっくりした。
(俺の父さんはそういうことはしない人なんだ。いつも遠巻きに俺を見ている)
チャンミンの胸は、母さんのものと違って固かったけど、温かくて、頼もしくて、安心できた。
「よかった...無事でよかった」
俺のほっぺの下で、チャンミンの心臓がドキドキしていた。
(そうなんだ。
チャンミンは、俺の身体と同じように、人間みたいに胸がドキドキするんだ)
「チャンミン...苦しい...放して」
呻くと、チャンミンは「すみません」と謝って腕を離した。
「たんこぶくらい、全然平気だよ」
「たんこぶが!?」
チャンミンの顔色が、さーっと青くなった。
「嘘。
俺は男だし、強いんだ。
平気だよ」
「もー。
焦りました」
チャンミンは尻もちをつくみたいにその場にへたり込んで、後ろにごろんと寝転がった。
とても子供じみたことをするから、俺は可笑しかった。
「チャンミンは心配性だね。
俺の母さんより心配性だ」
俺もチャンミンに習って、隣に寝転がった。
落ち葉がカサカサと乾いた音をたてた。
ぐるりと囲んだ木々の梢の真ん中から、うす青い初冬の空が広がる。
心配性のチャンミンによって、俺はコートにマフラー、帽子とむくむくに着ぶくれていた。
「ユノに何かあったら、僕はここにいられなくなるんですよ?」
「ええぇっ!?
なんで?」
俺は飛び起きて、地面に寝転がったままのチャンミンの肩を揺すった。
「それはですね。
僕が『アンドロイド』だからですよ」
チャンミンはそう言って起き上がると、俺の服についた枯れ葉を払いのけながら言った。
「アンドロイドは心配性なの?」
7歳の俺には『アンドロイド』の言葉の意味がよく分からなかったけど、人間とは違うものだってことは知っていた。
召使みたいなものだって。
「アンドロイドは、人間に危害を加えたらいけないのです。
そういう、絶対的なルールなのです」
「叩いたり?」
「そうです」
振り返ってみると、確かにチャンミンは俺に手を挙げたことは一度もない。
父さんに頬を張られたことは何度もあるし、女中頭のKは母さんが見ていない隙に俺の脇腹をつねったりする。
他にもいっぱい...俺んちにはいろんな大人が訪ねてくる...痛いことをしてくる人がいる。
チャンミンの背中に乗って、滅茶苦茶に髪の毛を引っ張ったり、お馬さんだとお尻をスリッパで叩いたり、プラスチック弾のピストルの的にしたりしても、チャンミンは困ったように笑うばかりだった。
「ユノには擦り傷ひとつ、負わせられません」
「ルールを破ったら、どうなるの?」
「ルールを破らないように...」
チャンミンは、ちょんちょんと自身の頭を指さした。
「プログラムされてますから。
余程の不可抗力がない限りは、危害を加えることはあり得ません」
フカコウリョク...キガイ...?
チャンミンの言っている言葉が難しくて、俺は分かったような分からないような顔をしていた。
「僕の仕事は、ユノの心配をすることです。
ユノの仕事は、子供らしく遊んで勉強をすることですからね」
お尻についた落ち葉を払うと、俺の方に手を伸ばした。
「チャンミンは...」
「なんですか?」
「チャンミンも子供の時、いっぱい遊んだ?」
「え?」
俺と手を繋ぐチャンミンの頭は、うんと高いところにある。
チャンミンも俺みたいに小さい時があったのかなぁ、って知りたくなったんだ。
「チャンミンは何して遊んだ?」
俺たちは立ち止まり、俺はチャンミンを見上げて彼の答えを待った。
「...子供の時ですか。
...もう忘れました」
チャンミンは肩をすくめて、ひっそりと浅く笑った。
とても寂しそうな笑い顔で、「聞いてはいけないことを尋ねてしまった」と7歳の俺は後悔した。
「大変です、ユノ。
鼻水が出てます」
チャンミンの大きな親指で、俺の鼻下が拭われる。
チャンミンは俺を背負うと、「しっかりつかまっているんですよ」と駆け出した。
「風邪をひいたら大変です。
お家に帰って、ホットレモンを飲みましょうね」
チャンミンは俺を叩かない。
それなら、俺もチャンミンを叩いたりするのはよそう、と心に決めた。
チャンミンの首に回した腕に力をこめた。
「大好きだ」っていう気持ちをうんと込めて。
チャンミンは大人だけど...。
チャンミンはアンドロイドだけど、俺の大事な友達だから。
(つづく)
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