今夜は客人が多く、チャンミンは夕食の給仕に駆り出されていた。
ひとり自室に戻るのが寂しくて、食堂のテラスから庭へ出た。
暗闇に沈む林、虫の鳴き声に辺りは包まれ、外灯に照らされた小路をぶらつく。
「ユノ」
そうじゃないかと思っていた通り、振り返った先に叔父さんがいた。
「先週から来てたんだが...会えず仕舞いだったね。
週末はこっちに帰ってきてるだろう?」
叔父さんと出くわさないよう、注意ぶかく行動していたのに、昼間のチャンミンとの会話に考えさせられることが多くて、油断していた。
「叔父さん...来てたんですね」
叔父さんの視線を受け止められなくて、俺は顔を伏せたまま答えた。
「俺っ...やることあるんで!」
叔父さんの手が伸びてこないうちにと、彼の側を駆け抜けようとした。
二の腕をつかまれ引き戻されて、ああ、やっぱり...そう簡単に彼から逃れない。
肝心な時に、チャンミンはいないんだから...!
「あのアンドロイドは、今夜は連れていないんだ?」
「...はい。
今夜も客が多いみたいで」
俺の両親は揃って、パーティ好きなのだ。
幸いにも今回は、憎たらしい従兄弟たちは来ていない。
「離してっ...ください」
叔父さんにつかまれた二の腕が痛くて、俺は力いっぱい腕を引き抜いた。
叔父さんは唇の片端だけ持ち上げた、面白がる笑みを浮かべている。
チャンミンと同じくらい背が高く、細面の顔にすっと切れ長の眼の持ち主だ。
叔父さんは俺によく似ている。
血が繋がっているから当然か。
27歳の叔父さんは、母さんの年の離れた弟にあたる。
叔父さんは常に沢山の男女に囲まれていて、ハンサムな独身医師だ。
俺は、叔父さんを前にすると、蛇に睨まれた蛙みたいになってしまう。
「俺んとこ、来る?」
「......」
俺の返事なんか待たないし、NOと言っても無視するくせに、叔父さんはそう言って俺を誘う。
「行こうか?
おっと...怖い顔をしているね」
叔父さんは俺の腰に腕を回し、体中の神経がその一点に集中する。
「怖がらなくて平気だ。
痛いことはしないから...ユノがもっと大きくなるまでは」
「......」
誰かに目撃されても、仲の良い叔父と甥に見えるだけだ。
ふりほどきたいのに出来ない。
うんと小さい頃からの性で、俺は叔父さんに逆らえない。
テラスの前を通り過ぎる際、食堂の窓から見慣れた姿が見えた。
チャンミン!
俺が何度言っても直らない猫背気味の背で、客たちが食べ散らかした食卓を片付けている。
(チャンミン!)
俺は視線でその背に向けて、助けを呼ぶ。
チャンミンに気付けるはずはない。
明るいあちらから、暗いこちらは見えない。
1時間か2時間我慢すれば、いいことか...痛いことはしないと言っていたし。
諦めた俺は、叔父さんに従った。
「1年ぶりになるね。
大きくなったね。
さすが姉さんの子だ、綺麗だ」
チャンミンも「ユノは綺麗です」と俺を褒める。
でも、叔父さんの褒め言葉は、それとは違う意味に聞こえた。
「!」
俺たちの前に伸びる2人分の影に、もうひとり加わった。
「ユノ...?」
食堂の灯りを背に浴びているから、声の主は濃い影に塗りつぶされている。
「チャンミン...!」
俺は安堵のあまり、全身から力が抜けた。
叔父さんは舌打ちをした後、苛立たし気に「何だい?」と、チャンミンに問う。
「ユノ様が...」
チャンミンはエプロンの裾をぎゅっと握り、俯いている。
「ユノが...何だって?
君に用はないよ。
仕事に戻りなさい」
チャンミンにそう命じると、叔父さんは俺の肩を抱き直した。
「ユノ様に、お電話がありました。
...お友達から」
「え!?」
「...ドンホ様です」
叔父さんの腕の下から抜け出して、俺はチャンミンの元へ駆け寄った。
「電話は?
まだ繋がっている?」
「はい...ユノ様を探しに来ました」
叔父さんから俺を引き離すために、機転を利かせた嘘だってことは分かっていた。
ドンホの名前を出されたら、嘘だと分かっていても、ハッと反応してしまう。
その反応は本当らしく、叔父さんに見えたはずだ。
俺は、チャンミンの腕をぐいぐい引っ張って、小走りでテラスに向かう。
「チャンミン!」
呼び止める鋭い声に、俺たちは立ち止まった。
「はい?」
「ユノは行きなさい。
チャンミン。
代わりにお前が付き合ってくれ」
チャンミンの目は、俺に是非を求めていた。
チャンミンのご主人は俺だ。
ところが、俺より目上の者からの命令に、チャンミンは混乱していた。
「チャンミン、行こう」
俺はチャンミンの腕を力いっぱい引っ張ったけれど、立ち止まった彼の身体は大きい。
「...でも...」
「ユノ、友だちから電話なんだろう?
早く行かないと、切れてしまうぞ。
チャンミンはこっちに来い」
手招きする叔父さんと、腕を引く俺に挟まれて、チャンミンは困っていた。
「明日、友人が来るんです。
チャンミンには手伝ってもらいたいことがあるし...」
チャンミンの全身をねっとりと見る叔父さん。
チャンミンは綺麗だ。
そして、哀しいことに従順だ。
ある特定の用途のために生まれたアンドロイドがいることを、俺は知っていた。
飽きられたり、不要になったアンドロイドたちが辿る末路についても、聞きかじっていた。
温かい身体、しっとりと弾力ある肌、排泄もするし涙も流す。
チャンミンと俺と、人間とアンドロイドとどこが違うのか、未だ見つけられずにいる。
俺専用のアンドロイド、チャンミンは俺のコンパニオン役だ。
俺は絶対に、チャンミンを手離さない。
離すもんか。
叔父さんは、テラスへの階段を上ってきた。
チャンミンを放すもんかと、彼の手をぎゅうっと握った。
叔父さんはすっと腕を上げ、俺はチャンミンの前に立ちはだかろうにも、間に合わなかった。
瞬間、チャンミンは目をつむって顔を背けた。
叩かれると覚悟したのだ。
ところが、叔父さんは手の甲で、チャンミンの頬を撫ぜただけだった。
「それは残念だ」
そう言って叔父さんは踵を返すと、夜の庭園へ歩み去っていった。
(つづく)
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