(5)19歳-初恋-

 

 

今夜は客人が多く、チャンミンは夕食の給仕に駆り出されていた。

 

ひとり自室に戻るのが寂しくて、食堂のテラスから庭へ出た。

 

暗闇に沈む林、虫の鳴き声に辺りは包まれ、外灯に照らされた小路をぶらつく。

 

「ユノ」

 

そうじゃないかと思っていた通り、振り返った先に叔父さんがいた。

 

「先週から来てたんだが...会えず仕舞いだったね。

週末はこっちに帰ってきてるだろう?」

 

叔父さんと出くわさないよう、注意ぶかく行動していたのに、昼間のチャンミンとの会話に考えさせられることが多くて、油断していた。

 

「叔父さん...来てたんですね」

 

叔父さんの視線を受け止められなくて、俺は顔を伏せたまま答えた。

 

「俺っ...やることあるんで!」

 

叔父さんの手が伸びてこないうちにと、彼の側を駆け抜けようとした。

 

二の腕をつかまれ引き戻されて、ああ、やっぱり...そう簡単に彼から逃れない。

 

肝心な時に、チャンミンはいないんだから...!

 

「あのアンドロイドは、今夜は連れていないんだ?」

 

「...はい。

今夜も客が多いみたいで」

 

俺の両親は揃って、パーティ好きなのだ。

 

幸いにも今回は、憎たらしい従兄弟たちは来ていない。

 

「離してっ...ください」

 

叔父さんにつかまれた二の腕が痛くて、俺は力いっぱい腕を引き抜いた。

 

叔父さんは唇の片端だけ持ち上げた、面白がる笑みを浮かべている。

 

チャンミンと同じくらい背が高く、細面の顔にすっと切れ長の眼の持ち主だ。

 

叔父さんは俺によく似ている。

 

血が繋がっているから当然か。

 

27歳の叔父さんは、母さんの年の離れた弟にあたる。

 

叔父さんは常に沢山の男女に囲まれていて、ハンサムな独身医師だ。

 

俺は、叔父さんを前にすると、蛇に睨まれた蛙みたいになってしまう。

 

「俺んとこ、来る?」

 

「......」

 

俺の返事なんか待たないし、NOと言っても無視するくせに、叔父さんはそう言って俺を誘う。

 

「行こうか?

おっと...怖い顔をしているね」

 

叔父さんは俺の腰に腕を回し、体中の神経がその一点に集中する。

 

「怖がらなくて平気だ。

痛いことはしないから...ユノがもっと大きくなるまでは」

 

「......」

 

誰かに目撃されても、仲の良い叔父と甥に見えるだけだ。

 

ふりほどきたいのに出来ない。

 

うんと小さい頃からの性で、俺は叔父さんに逆らえない。

 

テラスの前を通り過ぎる際、食堂の窓から見慣れた姿が見えた。

 

チャンミン!

 

俺が何度言っても直らない猫背気味の背で、客たちが食べ散らかした食卓を片付けている。

 

(チャンミン!)

 

俺は視線でその背に向けて、助けを呼ぶ。

 

チャンミンに気付けるはずはない。

 

明るいあちらから、暗いこちらは見えない。

 

1時間か2時間我慢すれば、いいことか...痛いことはしないと言っていたし。

 

諦めた俺は、叔父さんに従った。

 

「1年ぶりになるね。

大きくなったね。

さすが姉さんの子だ、綺麗だ」

 

チャンミンも「ユノは綺麗です」と俺を褒める。

 

でも、叔父さんの褒め言葉は、それとは違う意味に聞こえた。

 

「!」

 

俺たちの前に伸びる2人分の影に、もうひとり加わった。

 

「ユノ...?」

 

食堂の灯りを背に浴びているから、声の主は濃い影に塗りつぶされている。

 

「チャンミン...!」

 

俺は安堵のあまり、全身から力が抜けた。

 

叔父さんは舌打ちをした後、苛立たし気に「何だい?」と、チャンミンに問う。

 

「ユノ様が...」

 

チャンミンはエプロンの裾をぎゅっと握り、俯いている。

 

「ユノが...何だって?

君に用はないよ。

仕事に戻りなさい」

 

チャンミンにそう命じると、叔父さんは俺の肩を抱き直した。

 

「ユノ様に、お電話がありました。

...お友達から」

 

「え!?」

 

「...ドンホ様です」

 

叔父さんの腕の下から抜け出して、俺はチャンミンの元へ駆け寄った。

 

「電話は?

まだ繋がっている?」

 

「はい...ユノ様を探しに来ました」

 

叔父さんから俺を引き離すために、機転を利かせた嘘だってことは分かっていた。

 

ドンホの名前を出されたら、嘘だと分かっていても、ハッと反応してしまう。

 

その反応は本当らしく、叔父さんに見えたはずだ。

 

俺は、チャンミンの腕をぐいぐい引っ張って、小走りでテラスに向かう。

 

「チャンミン!」

 

呼び止める鋭い声に、俺たちは立ち止まった。

 

「はい?」

 

「ユノは行きなさい。

チャンミン。

代わりにお前が付き合ってくれ」

 

チャンミンの目は、俺に是非を求めていた。

 

チャンミンのご主人は俺だ。

 

ところが、俺より目上の者からの命令に、チャンミンは混乱していた。

 

「チャンミン、行こう」

 

俺はチャンミンの腕を力いっぱい引っ張ったけれど、立ち止まった彼の身体は大きい。

 

「...でも...」

 

「ユノ、友だちから電話なんだろう?

早く行かないと、切れてしまうぞ。

チャンミンはこっちに来い」

 

手招きする叔父さんと、腕を引く俺に挟まれて、チャンミンは困っていた。

 

「明日、友人が来るんです。

チャンミンには手伝ってもらいたいことがあるし...」

 

チャンミンの全身をねっとりと見る叔父さん。

 

チャンミンは綺麗だ。

 

そして、哀しいことに従順だ。

 

ある特定の用途のために生まれたアンドロイドがいることを、俺は知っていた。

 

飽きられたり、不要になったアンドロイドたちが辿る末路についても、聞きかじっていた。

 

温かい身体、しっとりと弾力ある肌、排泄もするし涙も流す。

 

チャンミンと俺と、人間とアンドロイドとどこが違うのか、未だ見つけられずにいる。

 

俺専用のアンドロイド、チャンミンは俺のコンパニオン役だ。

 

俺は絶対に、チャンミンを手離さない。

 

離すもんか。

 

叔父さんは、テラスへの階段を上ってきた。

 

チャンミンを放すもんかと、彼の手をぎゅうっと握った。

 

叔父さんはすっと腕を上げ、俺はチャンミンの前に立ちはだかろうにも、間に合わなかった。

 

瞬間、チャンミンは目をつむって顔を背けた。

 

叩かれると覚悟したのだ。

 

ところが、叔父さんは手の甲で、チャンミンの頬を撫ぜただけだった。

 

「それは残念だ」

 

そう言って叔父さんは踵を返すと、夜の庭園へ歩み去っていった。

 

 

(つづく)

 

 

[maxbutton id=”29″ ]

[maxbutton id=”23″ ]