(4)19歳-初恋-

 

 

 

「ねえ、チャンミン」

 

「はい?」

 

俺の呼びかけに、チャンミンは膝に置いた本から顔を上げた。

 

昨夜、不器用な俺が切ってやったせいで、前髪が不揃いに短い。

 

俺のすぐ側まで椅子を引き寄せ、宿題をする俺を見張りながら、チャンミンは読書。

 

俺が7歳の頃から変わらない光景。

 

今日中に、山ほど出された宿題を片付ける必要があった。

 

明日、ドンホがここを訪ねてくる。

 

俺は、同い年のドンホという男子生徒に恋をしていた。

 

「チャンミンは好きな人がいたこと...あるか?」

 

これまでチャンミンに尋ねたことのなかったこと。

 

アンドロイドのチャンミンに相応しくない質問だと承知の上で、だ。

 

誰かに恋心を抱くのは初体験で、その戸惑いを気心の知れたチャンミンと共有したかった。

 

「いますよ。

ユノ、です」

 

チャンミンは即答した。

 

「...そんなこと...分かってるよ」

 

じわっと感動したけど、俺が知りたいのはそこじゃなかった。

 

「好き、っていうのはその...LIKEじゃなくて、LOVEの方」

 

チャンミンは一瞬、ぽかんとした後、俺の質問の意味がわかったようだ。

 

「そうですね...LIKEとLOVEの違いはよく分かりません。

僕にとって、LIKEとLOVEは同じです。

僕が好きな人は...ユノです。

ユノしかいません」

 

「でも...俺んとこに来る前は、どうだった?

『いいな』って思う子はいなかったのか?」

 

チャンミンは読みかけの本をデスクに置くと、立ち上がって窓辺に移動した。

 

開け放った窓から気持ち良い春風が吹き込んで、チャンミンの前髪が揺れた。

 

春の陽光が、チャンミンの瞳を琥珀色に透かしていた。

 

先週よりも日に焼けていて、恐らく屋外での仕事が多いせいだ。

 

こき使われているだろうチャンミンを案ずるよりも、持て余し気味の自身の恋心に気をとられていた。

 

「僕が仕えた人間は、ユノ、あなた只一人です。

その前も、後もありません。

ユノ以外の人間は、知りません」

 

チャンミンの言葉に、愚かな質問をしてしまったと、俺は後悔した。

 

チャンミンを取り囲む人間たちは、俺とその他の人々の2種類しかいないんだ。

 

遠くを見据えたままチャンミンはそう言って、ゆっくりと俺の方へ視線を移した。

 

「僕はアンドロイドですが、ちゃんと...」

 

そこで言葉を切って、広げた手で胸を叩いた。

 

「心があります。

仕えるご主人様を慕い、守り、身を粉に働くのは、そうインプットされているだけじゃありません。

僕の場合は...ユノと初めて会った時から、あなたのことが大好きになりました」

 

「...チャンミン...」

 

俺も立ち上がって、窓辺のチャンミンの隣に移動した。

 

「ユノの質問の回答は、ただひとつです。

何回尋ねられても、答えはひとつです。

僕の好きな人は、ユノです。

僕が愛している人は、ユノです」

 

それは答えを求めない宣言だった。

 

チャンミンの言う「愛している」は、恋心を込めたものなのか、もっと広義的な愛を指すものなのかは、分からない。

 

当時14歳の俺には、「愛している」の言葉とは、大人だけが抱けるもので、遠過ぎてぴんとこないものだった。

 

チャンミンの告白は、茶化して誤魔化せるようなものじゃないことくらい、子供の俺でも分かった。

 

「...俺も」

 

チャンミンのシャツの裾を引っ張りながら、俺の声は震えていた。

 

「俺も、同じだよ」

 

「ありがとうございます」

 

チャンミンはにっこりと笑った。

 

完璧であるはずのアンドロイドらしからぬ、左右非対称に細められた眼。

 

あやふやな答えしか返せなかった。

 

昔の俺だったら、「チャンミン、大好き」と首にかじりついていたのに。

 

男のドンホに恋心を抱いて以来、色気づいていた俺は恥ずかしくて、男のチャンミンにそんなことできっこなかった。

 

チャンミンは俺の宝物だし、俺の命以上に大事な存在だ。

 

でも、俺には「愛」と「好き」と「恋心」の区別がついていなかった。

 

チャンミンの愛は、どちらかが命尽きるまで、続くものなんだろう。

 

永遠に枯れることのない湯水のように、ふんだんに注がれる好意に慣れきっていた。

 

だけど、いざ言葉にされて俺は怖くなった。

 

チャンミンが俺に注ぐのと同じ熱量で、俺も彼を大事にしてやらないといけない。

 

俺にそれができるかな...。

 

チャンミンは手を叩くと、「はい!」と言って、俺の背を押した。

 

「真面目な話は、おしまいです。

宿題を終わらせましょう。

明日はお友達がいらっしゃるんでしょう?」

 

「うん」

 

素直に頷いて、俺は問題集の続きにとりかかった。

 

広げたノートの端からちらちらと、チャンミンの太ももと膝を覗き見た。

 

女子生徒たちの短いスカートから覗くそれとは違って、固くて頑丈そうだった。

 

なぜか胸がドキドキした。

 

 

 

(つづく)

 

 

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