(3)19歳-初恋-

 

 

毛布を敷いてあるとはいえ、床で眠っていたのだ、背中が痛くて何度か目を覚ました。

 

「あ...」

 

チャンミンの腕が俺の首下に通されていた。

 

「これが腕枕か...」と、書籍で見知った行為だったから、ちょっと感動したりして。

 

14歳、色気づく年ごろ。

 

多分...大抵は女が男にされるものなんだよな...裸になった男と女がアレをした後なんかに。

 

級友たちが教師の目を盗んで持ち込んだ、女の裸の写真が思い浮かんだ。

 

あの場では、興味がある風を装っていたけど、顔をしかめてしまうのを堪えていた。

 

女なんか、気持ち悪い。

 

母さんに植え付けられた諸々のせいで、俺は女嫌いになっていた。

 

そのせいなのか、男同士でつるんでいる方が気楽だった。

 

そうだった、叔父さんが来てるんだった。

 

「はあ...」

 

半身を起こし、立てた両膝の間に顔を伏せた。

 

男の良さを教えてくれたのは他でもない叔父さんだったし、加えて男のチャンミンが近くにいたから、そういう性癖になってもおかしくない。

 

でも、マイノリティである自覚はあるから、学校では内緒にしている。

 

チャンミンは片腕を投げ出した姿勢で眠っている。

 

すーすーと寝息が健やかで、月明かりに照らされた横顔が美しかった。

 

チャンミンは人形のように綺麗だってことは、幼かった俺でも分かっていたけれど、あらためて、彼は人形みたいだと思った。

 

外の世界を知るようになって、大勢の他人たちに囲まれた生活を送る今、知ったことだ。

 

「...ユノ...」

 

名前を呼ばれて、「何?」と振り向くと、チャンミンはすやすやと眠ったままだった。

 

なんだ...寝言か。

 

「駄目です...手を洗って...」

 

夢の中でも、俺の心配をしているんだな。

 

ふっと微笑んだ俺は、伸ばした指でチャンミンの頬に触れ、片目を覆った前髪を梳いた。

 

可愛いな、と思った。

 

多分、この時の俺は、天使のように優しい顔をしていたと思う。

 

それくらい、いたわりの気持ちがこもっていた。

 

俺が毛布を独り占めしていたせいで、チャンミンは寒いのだろう。

 

即席の寝床から抜け出した俺は、大きな身体を猫みたいに丸めたチャンミンを毛布でくるんでやった。

 

満月だ。

 

ほの明るい中、窓辺に据えたデスクまで足音をたてないよう横切った。

 

留守中、屋敷に届いた俺宛の手紙が置かれている。

 

俺は月明かりにその手紙をすかして、上下ひっくり返して確認する。

 

「よし...」

 

俺に歪んだ愛情を注ぐ母さんや、詮索好きの女中頭Kが、こっそり開封している可能性があったからだ。

 

クローゼットにさりげなく吊るしてあったワンピースの存在を、頭から追い払う。

 

2重になった封筒を、音を立てないようゆっくりと、順に開封した。

 

『ユノへ』

 

見慣れた角ばった文字に、口元が緩んでしまう。

 

 

 

 

俺の通う学校に転校してきた子がいた。

 

2か月という短期間だったが、父親の長期出張に一緒についてきた子だった。

 

(両親は彼の親権をめぐって離婚調停中で、母親の元に置いておけないと判断した父親が、彼を出張先に連れてきたのだ。

その間、学業をおろそかにさせたくないと、2か月という期間であっても、近場の学校に彼を通わせるようになったとか)

 

俺と彼とは気が合った。

 

彼が一緒だと、何もかもが面白くて、物の見方が独特で退屈しなかった。

 

休憩時間はもちろん、選択教室や食堂への移動も一緒だった。

 

級友たちは「お前たちできてるんだろ?」と、俺たちをはやし立てた。

 

嫌な顔をしていないか気になって、そっと横目で確かめた。

 

彼は嫌な顔ひとつせず、それどころか「いいだろう?」と言って笑っていた。

 

その堂々とした態度に、級友たちはそれ以降、俺たちをからうことはなかった。

 

きっと、校内での交友関係が良好な俺と、群を抜いて優れた容姿を持つ彼との組み合わせに、文句のつけようがなかったのだろう。

 

寄宿学校生活が楽しくて仕方がなくなったのは、彼の存在が大きい。

 

屋敷に戻らなければならない週末が、寂しかった。

 

でも、俺はチャンミンの為に、帰らなければならない。

 

迎えに来たチャンミンの車が走り出すまで、寮に残る彼は見送ってくれた。

 

「仲良しなんですね。

ユノにお友達ができて、僕は嬉しいです」

 

チャンミンはそう言っていた。

 

俺はなんてことない風を装って、「まあな」と答えた。

 

これまで、身の回りで起こった出来事は何でもチャンミンに話してきた俺だった。

 

初めてチャンミンに、内緒ごとを作った。

 

屋敷に彼を招待した時には、チャンミンのことだ、張り切ってケーキでも焼きかねない。

 

保護者ぶって「ユノをよろしくお願いします」って、挨拶しそうだ。

 

父親の次の赴任地へと、彼が学校を去ったのがつい先月のことで、それ以来、俺に手紙を送ってくれる。

 

最初は寮に送ってくれていたのが、毎日のように届く手紙にひやかす級友たちがうっとおしくなって、屋敷宛にするよう頼んだんだ。

 

俺たちのことをそっとしてくれてたのは、敬意を払わないといけない雰囲気を漂わせていた彼のおかげだったんだと、後になって思い知った。

 

窓ガラスにくっつかんばかりに近づいて、手紙を読んだ。

 

文字を読むには暗すぎて、ライトを点けたかったけど、チャンミンを起こしてしまいそうで遠慮していた。

 

月光に透かして、目をこらして文字を追った。

 

『次の週末、ユノの家に行くのを楽しみにしている。

 

――――――ドンホ』

 

湧き上がる喜びに、「よしっ!」と小さくこぶしを振った。

 

その直後に、チャンミンの様子を窺った。

 

よかった...鼻上まで毛布にくるまったチャンミンは、目を覚ました様子はない。

 

安堵した俺は、翌朝ゆっくり読みなおそうと、手紙を封筒に戻した。

 

 

 

 

 

「...僕から...離れないで...」

 

「え...」

 

俺は勢いよく振り向いた。

 

それ以上のつぶやきはなく、チャンミンは寝返りを打って、俺に背を向けてしまった。

 

寝言だったのか、実は目を覚ましていたのかは分からない。

 

俺の目に、じわりと涙が浮かんだ。

 

なぜ涙が出る?

 

切なかった。

 

チャンミンを置いてけぼりにしている気がしたんだ。

 

チャンミンは変わらない。

 

成りは大きいのに、子供のように素朴なチャンミンに、足並みを揃えられなくなってきた。

 

 

(つづく)

 

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