「チャンミンは、何歳なの?」
宿題をする俺を見張っていたチャンミンに質問した。
(勉強することが大嫌いな俺を、机に向かわせるためにチャンミンは四苦八苦してるんだ)
チャンミンは、父さんより若く見えるし、従妹より年上で、叔父さんと同じくらいかな、って予想していた。
「製造年月日からの日数を言えばいいんですか?
それとも、設定年齢のことですか?」
チャンミンの話し言葉は難し過ぎて、7歳の俺にふさわしくないんだ。
「言ってる意味が分かんないよ。
チャンミンは大人でしょ?
身体も大きいし、それに...」
椅子に座ったチャンミンの膝に、俺はまたがった。
「ひゃぁ!
くすぐったいです」
俺に顔じゅう撫ぜまわされて、チャンミンは悲鳴をあげた。
「ヒゲも生えてるし!
アンドロイドもヒゲが生えるんだね」
「そうですよ。
僕は最先端の技術を結集させた、非常に高価で貴重な代物なのですよ」
「言ってる意味わかんない」
「ふふふ。
そうですね、僕はユノより年上ですね」
「そんなことくらい、分かってるよ」
「ふふふ。
いくつでしょうか?」
「え~。
15歳?」
「それじゃあ中学生ですよ?
子供じゃないですか」
「じゃあ、30歳?」
「そこまでおじさんじゃありません!」
チャンミンの子供みたいにぷぅと頬を膨らませるところが可笑しいんだ。
「僕はれっきとした大人です!」
威張ったチャンミンは、胸をこぶしでとんと叩いた。
「チャンミンは大人なのに、俺と遊んでくれる」
「そうですよ。
僕の仕事は、ユノと遊ぶことなんですよ」
「楽しそうな仕事だね」
「はい。
ユノと遊ぶのは楽しいです」
俺は嬉しくって、チャンミンの首に腕を巻き付けた。
チャンミンの匂いがする。
俺はチャンミンが大好きだ。
チャンミンはアンドロイドであり、同時にれっきとした人間でもあった。
俺の身体と「同じところ」がいっぱいあったから。
俺とチャンミンの「同じところ」を見つけることに夢中になっていた。
チャンミンは、俺と同じようにご飯を食べるし、トイレにも行く。
夕食のテーブルに苦手なものが出されると、チャンミンのフォークが高速でそれをさらっていってくれる。
ちらりと隣を見ると、それを美味しそうに食べるチャンミンが、いたずらっ子のようにウィンクしてみせる。
どうやっておしっこをするんだろうと、興味しんしんだった俺は、トイレにたつチャンミンの後をついていったことがある。
ふんふんと鼻歌を歌うチャンミンは、俺に気付かない。
チャンミンの背後からそーっと前をのぞきこんだ。
俺の目の高さにある「それ」と、「それ」から放物線を描くものまでバッチリ見てしまって...。
(へぇぇ。
俺と一緒だ。
叔父さんとおんなじくらい、おっきい...!)
そこでようやく俺に気付いたチャンミンは、「わっ!」ってビックリ仰天。
「ユノ!!」
チャンミンの顔が真っ赤になっていて、怒っているのに全然怖くなかった。
「チャンミンの、おっきいね。
やっぱり大人だね」
「ユ~ノ!!
そういうことを口にしたら駄目ですよ!」
「ボーボーだったね」
小学生男子なんて、そっち系の話が大好きなものなんだ。
「チャンミンはボーボー!」
だから俺は、面白くってしつこくチャンミンをからかった。
「悪い子はお仕置きですよ」
チャンミンの肩に担ぎあげられて、俺は楽しくって、お腹の底から笑いがこみあげてきた。
「うひひひっ!
チャンミーン!
下ろせー!!」
「駄目です!
えっちなユノにはお仕置きです!
お尻ぺんぺんですよ!」
お尻を叩くなんて絶対にしないくせに、チャンミンはそう言って、代わりに俺をぐーんと持ち上げたり、すとんと落として床すれすれでキャッチする。
可笑しくって楽しくって、俺は「ひゃははははっ!」で笑って叫んだ。
俺を下でキャッチする時、チャンミンの腕の筋肉がぎゅっと固くなった。
チャンミンは力持ち。
「僕はもう、へとへとです」
俺のエンドレスな「もう一回やって!」に、チャンミンは汗びっしょりになっていた。
屋敷はとても広くて、食堂から俺の部屋まで階段を5階分と長い廊下を行かないとたどり着けない。
エレベーターを使えるのは人間だけで、アンドロイドのチャンミンの利用は...エネルギーの無駄遣いなんだそうだ...禁止されていた。
「僕は階段で行きますから、ユノは先に行っていてください」
チャンミンはそう言って、俺をエレベーターに乗せようとしたが、こういう決まり事に納得がいかない俺は、「やーだよ」って言うことをきかない。
エレベーターの扉が閉まる寸前、俺は扉をすり抜けて外に飛び出す。
「チャンミンと離れたくない」
チャンミンの太ももにしがみついて、ほっぺをこすりつけた。
「ユノ...。
困りましたねぇ」
チャンミンの大きくて温かい手の平が、俺の頭にそっと置かれた。
「お!
いいことを思いつきました」
チャンミンは俺をおんぶした。
それ以来毎日、俺の部屋までたっぷり5階分の階段を上るのだ。
「これなら僕の足で歩いているから、オッケーですね」って。
チャンミンに高い高いをしてもらって、キャッキャッとはしゃぐ俺の声が階段ホールに響き渡る。
俺はチャンミンのことが大好きだった。
・
「ユノ様!!!」
鋭いキンキン声に、俺もチャンミンも振り返る。
女中頭Kが恐ろしい顔をして、仁王立ちしていた。
「なんですか!!
ユノ様をこんなところに!」
チャンミンは肩から俺を下ろすと、「申し訳ありません」と頭を下げた。
俺はチャンミンのお尻の陰から目だけそうっと出して、彼のズボンをぎゅっと握りしめた。
チャンミンは俺の頭に後ろ手を添えて、鬼みたいなKの視線から守ってくれる。
「アンドロイドの分際で!」
俺の頭に触れていたチャンミンの手が、ピクリと震えた。
「ユノ様!
こちらへいらっしゃい!」
つかつかと近寄ってきた女中頭Kは、チャンミンの背後に隠れていた俺の手首をつかんだ。
そして、俺を引きずる勢いで、階段ホールから連れ出そうとする。
「痛い痛い!」
俺はわざと大きな声を出した。
「ユノ!」
チャンミンは乱暴な女中頭Kから、俺を引き離そうとして手を伸ばしかけたが、すぐにその手を引っ込めた。
「あの...ユノ様が痛がっています」
『アンドロイドは人間に危害を加えたらいけないんですよ」
チャンミンの言葉の真意を理解できるようになるには、俺は子供過ぎた。
あの時は、俺を助けてくれなかったチャンミンに滅茶苦茶腹が立った。
「ユノ様を何だと思っているんです?
ユノ様に懐かれているからっていい気になって。
今度こういうことがあったら...送り返しますよ?」
Kは立ち尽くすチャンミンに脅し文句を浴びせると、「やだーやだー」と泣きじゃくる俺の脇腹をつねった。
「お父様に言いつけますよ!」
俺は泣き止むしかない。
父さんは怖い人なんだ。
俺はKに引っ張られる格好でエレベーターに乗せられ、部屋の前まで送り届けられた。
ドアの隙間から目だけ出して、こちらに向かうチャンミンを待った。
廊下の向こうからやってくるチャンミンの姿を見つけた途端、我慢できなくなって俺は走り出す。
俺は力いっぱいチャンミンの脚に飛びついた。
「また怒られますよ」
チャンミンは両眉を目いっぱい下げて困った風だった。
三日月形に細められた目から、チャンミンも俺に会えて嬉しがっていることが伝わってきた。
わずか10分ばかりの間だったけど、無理やりチャンミンから引き離されたこの一件は、7歳の俺に恐怖を植え付けたのだった。
「チャンミンがどこかへ行ってしまったら、どうしよう」って。
(つづく)
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