(1)19歳-出逢い-

 

 

 

俺の隣を歩くのは、美しい人。

 

俺の熱い視線に気づいて、その美しい人は頬をほころばせた。

 

左右非対称に細められた目。

 

俺だけに見せる笑顔。

 

10年以上、そばで見続けた笑顔。

 

「先に行っちゃいますよ」

 

「チャンミン!」

 

大きなストライドで歩く背中を呼び止める。

 

「チャンミン!

待てったら!」

 

チャンミンは振り返って、俺に言う。

 

「寝坊したユノが悪いんですよ」

 

チャンミンの名づけ親は俺だ。

 

 


 

 

7歳の誕生日プレゼントに、俺はチャンミンを贈られた。

 

朝、目を覚ますと、部屋の中央に巨大な箱が置かれていた。

 

あまりに大きな箱だったから、何が入っているのか予測がつかなかった。

 

両親にリクエストしたのは、最新モデルのゲーム機だったから、尚更分からなかった。

 

十字にかけられた青いサテンのリボンをほどいて、そうっと蓋を持ち上げた。

 

「うわぁぁぁ...」

 

中に大きな人形が寝ていて...ホンモノの人間みたいで、目を閉じていた。

 

俺はドキドキしながら、指をのばして人形のほっぺを押してみた。

 

思わず俺は、自分のほっぺを反対側の手で突いてみた。

 

なぜなら、その人形のほっぺが温かくて、俺の指を押し返す弾力が人間みたいだったから。

 

もっとじっくり見てやろうと、箱の中に乗り出した。

 

鼻がくっつくくらい近づいて見ると、毛穴もあるし、産毛も生えていて...その精巧さに俺の胸はドキドキしていた。

 

「わっ!」

 

叫び声を上げて、俺は後ろに飛びのいた。

 

人形の目がぱっちりと開いたからだ。

 

俺は口をぽかんと開けたまま、人形が上半身を起こす様子を眺めていた。

 

その動きは滑らかで、ホンモノの人間みたいだった。

 

箱をまたいで床を踏んだ足は裸足で、「大きな足だな」と思った。

 

ゆったりとした白い服を着ていた。

 

男の人かな、と思ったのは、父さんみたいに大きな手をしていたから。

 

当時の俺は、口もきけない程ビックリ仰天だったのにもかかわらず、そういったデティールだけははっきりと見ていたんだ。

 

人形はひざまずいて、俺の目の高さになると「初めまして」と言った。

 

その声は大人の男の人みたいに低くて、「喋れる人形なんてよく出来ている」と感動していた。

 

俺をまっすぐ見つめる目が薄茶色をしていて...父さんが飲むお酒みたいな色...とても綺麗だなぁ、と子供ながらに思った。

 

「僕の名前を教えてください」

 

「『僕の名前』?」

 

俺はムカッとした。

 

家を訪ねてきた大人たちが、「ボクはいくつ?」って俺に質問してくるのが嫌なんだ。

 

「『俺』は、『ユノ』だよ!

ユ~ノ!」

 

怒った風に言ったら、人形は眉を下げて困った顔をした。

 

「あなたの名前が『ユノ』であることは、知ってますよ」

 

「え?」

 

どうして俺の名前を知ってるんだろう?

 

「この僕の名前を教えてください。

...こんな言い方は駄目ですね」

 

そう言うと、片手でとんとんと自身の胸を叩いた。

 

「ユノ、あなたが僕の名前を付けてください」

 

「名前?

俺が付けていいの?」

 

「はい。

あなたは僕の『ご主人様』ですから。

僕に名前を下さい」

 

これは責任重大だぞ、と緊張した。

 

この人形は人間みたいだし、大人の姿をしているから、ペットにつけるのとはわけが違うぞ、と子供ながらに思ったからだ。

 

「えっと...」

 

俺の頭の中に、いくつもの単語が飛び交った。

 

読み聞かせられた物語の登場人物の名前や、小鳥のさえずり声まで、ぐるぐると頭の中で回った。

 

その間、人形は俺をじぃっと見つめて待っていた。

 

俺と同じペースでまぶたがパチパチと閉じたり開いたりするから、「へぇ、ちゃんと瞬きもするんだ」って感心した。

 

ホンモノの人間みたいだ、って。

 

いくつもの音を繋ぎ合わせて、ようやく俺の口にのぼってきたもの。

 

 

「チャン...」

 

「ええぇ!?

チャン、だけですか?」

 

不服そうに人形は頬を膨らませた。

 

大人みたいなのに、子供みたいだ、と思った。

 

「だって、俺が決めていいって言っただろう?」

 

「そう言いましたけど、『チャン』はねぇ...」

 

「それなら...うーん...」

 

(チャンタ...チャンリン...ポンチャン...チャンセラ...チャンルー...)

 

「チャン」からどうしても離れられなくて、「チャン」に続くいい響きの音を必死で探す。

 

「...チャン、ミン...」

 

つぶやきながら考えていたら、その名前が発音された瞬間、人形の目がキラリと輝いた。

 

「いいですねぇ」

 

「え?」

 

「それが、いいです」

 

「チャン、ミン...が?」

 

人形は大きく何度も頷いた。

 

「そうです」

 

「へぇぇ...」

 

「はっきりと呼んでください」

 

真顔になった人形の眼差しが、直球で俺に注がれる。

 

「チャンミン」

 

「はい。

僕の名前は、『チャンミン』です」

 

小首をかしげてにっこりと、『チャンミン』は笑った。

 

「ユノ。

チャンミンをよろしくお願いします」

 

こうしてチャンミンは、俺の永遠の味方となった。

 

(つづく)

 

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