(1)禁じられた遊び

 

 

 

「赤ちゃんができました」

 

「え...?」

 

シチューをすくったスプーンの手が止まった。

 

具だくさんのクリームシチューは、俺の大好物だ。

 

「...3か月だって」

 

「チャンミン...」

 

お腹をなでるチャンミンの手を凝視しながら、俺の頭はぐるぐる回っていた。

さぁ、ユノ!

 

どんな反応が正解だ?

 

​最初のひとことが肝心だ!

 

俺はスプーンを放り出すと、チャンミンの側に駆け寄った。

「やった、やった!」

 

チャンミンの両手を握って上下に揺さぶり、彼のお腹に耳を当てる。

 

 

「まだ早いですよ」

 

​「ぎゅるぎゅるいってる...」

「お腹の音です!」

パシッと頭を軽く叩かれて、俺はチャンミンを振り仰いだ。

 

小さな白い歯を見せて笑うチャンミンは、惚れ惚れするほど綺麗だ。

「あの音からすると...便秘だな?」

ふざけて言ったら、またパシッと叩かれた。

 

俺はチャンミンを胸に抱きよせて、「よかったね」と言って彼の頭をなぜた。

 

チャンミンは、俺の『奥さん』だ。

 


 

翌日から、俺たちの生活は一変した。

仕事の後、デパートに寄って思いつく限りのベビィ用品を購入する。

薬局にも寄って、お尻拭きやオムツを購入する。

気が早いかもしれないけど、俺の指が2本しか入らない位小さな靴も買った。

大きな袋を抱えて帰宅すると、チャンミンはゆったりとしたTシャツを着て、キッチンに立っていた。

「駄目だよ、チャンミン!」

​俺は慌ててチャンミンの手から、お玉を取り上げ、TV前のソファに座らせた。

​「俺がやるから!

チャンミンは、TVでも見ていて!」

チャンミンが作りかけていたカレーを仕上げて、食卓に運んだ。

 

「わー!

チャンミン、駄目だって!」

 

チャンミンの手から、ビールのグラスを取り上げる。

 

「ユノ、うるさい!」

 

​チャンミンはむくれて、黒豆茶を飲む。

 

​黒豆茶はノンカフェインだから、大丈夫なんだってさ。

 

​俺たちの赤ちゃんは、絶対に可愛いに違いない。

 

チャンミンは美人だから、女の子だといいな。

けれども、

 

「ユノに似て欲しいから、男の子がいい」

 

と、チャンミンは言う。

 

「どうして?」

「かっこいい息子を持つのが夢だったんだ」

 

「ふーん」

 

両手にクリームをすり込んだ俺は、チャンミンの足の裏をもむ。

 

あたりはクリームの甘いいい香りが漂っている。

 

ソファに横になって、俺の膝の上に足を預けたチャンミンは、気持ちよさそうだ。

 

「ユノ」

 

「ん?」

 

「僕、すっごくムカついてたんだよ!」

 

「急になんだよ?」

 

「すっごく嫌だったんだから!」

「怒るのは、お腹の子に悪いよ」と言いかけたが、チャンミンの真剣な表情を見て口を閉じた。

「なんのことだよ?」

 

「よりによって、あの子を!」

 

「...ああ!」

 

チャンミンが「あの子」と言って、彼が何を言いたいのか分かった。

 

「ごめん」

「ヤキモチなんて大人げないと思ってたから、今まで我慢してたんだから!」

「ごめん」

​「ぴしっと断らないユノが悪い!」

チャンミンが投げたクッションが、俺の肩にあたって落ちた。

「ユノ!

自分の顔がどんなだか、もっと自覚してください!」

 


 

「あの子」というのは、俺の勤務先の後輩にあたる女性のことだ。

 

配属直後から俺のことが気に入ったらしく、始終、俺の後ろをくっついて回った。

「ユノ先輩、教えてください」

「ユノ先輩、PCがフリーズしちゃいました」

「ユノ先輩、ランチに連れてってください」

「ユノ先輩、携帯番号教えて下さい」

「ユノ先輩、奥さんってどんな人ですか?」

 

鈍い俺でも、ストレート過ぎる彼女の言動にさすがに気づいた。

べたべたと俺に触ってくる彼女に、内心うんざりしていた。

若くて可愛らしい女性に触れられるのは嫌な気はしなかったのも、事実だ。

「『奥さん』って、男の人なんですよね?」

「だから?」

「その人、どんな手をつかって先輩をものにしたんですか?」

俺はさりげなく、二の腕を掴む彼女の手を外した。

 

誓って言う。

俺はチャンミンを愛している。

ただの一度も、浮気はしたことない。

でも。

 

若くて可愛い子がいれば、男だもの、じっと見てしまうこともある。

 

それは、キレイな花だと無意識に眺めてしまうのと同じ。

 

俺はチャンミンと交わす、機知に富んだ会話や、彼のもつ雰囲気や、自分に厳しく俺には甘いところや...挙げだしたらキリがないからここでやめておくけど、

 

とにかく全部、チャンミンは俺の好みの男だ。

だから俺は、チャンミンのことを悪く言う奴を、嫌悪している。

 

 


 

 

飲み会の1次会で帰るつもりでいたのが、「あの子」は俺の袖をつかんで離さず、3次会が終了した頃には、とっくに終電の時間を過ぎていた。

(弱ったなぁ)

歩道の縁石に顔を伏せて座り込む彼女を、置いて帰るわけにもいかなかった。

(どうしたらいいもんか)

彼女の隣に腰かけ、頭を抱えていると、彼女がしがみついてきた。

「ユノ先輩、ホテル、行きましょ?」

俺を見上げる彼女の目を見て、彼女はさほど酔ってはいないことが分かった。

「先輩も、若い子と...女の子とした方が、いいでしょ?」

​「え?」

​​「男の『奥さん』よりも、女の子との方がいいでしょ?」

俺の中で、プツリと何かが切れる音がした。

 

 

(つづく)

 

 

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