(2)1/2のハグ

 

 

「チャンミン、温泉入ってきていいよ」

 

座椅子にもたれて、TV番組表のコピー用紙を見るともなく眺めながら、茶菓子の最中をかじっていたチャンミンの背中に、ユノは声をかけた。

 

「いいの?」

 

「うん。

俺の分まで、温まってきて」

 

チャンミンは、布団から頭だけ出したユノを愛おしげに見つめる。

 

企画・立案したイベントの主催者が伏せってしまっては、さぞかしユノは悔しいだろうに。

 

無理に見せる笑顔がふにゃふにゃだし、からかう言葉に少々キレがない。

 

無言になった隙にそうっと様子をみると、鼻先まで布団をかぶって、眉をよせてギュッと目をつむっていた。

 

(可哀そうに)

 

チャンミンは浴衣と一緒に下着を布バッグにつめた。

 

「お利口さんにしててね」

 

ユノの熱い額に軽くキスをした。

 

ユノは一瞬目を丸くした後、半月型にさせてにっこりと笑った。

 

「口にして欲しいけど、チャンミンに伝染しちゃうから、我慢する」

 

「12時間も一緒にいたんだからとっくに伝染っているよ」

 

交際を始めてまだ3か月の2人は、軽いキスを数回交わしただけ。

 

交際に至るまで1年を要した。

 

亀の歩みのようなペースで距離を縮めていく2人だったから、額のキスだけでもユノの心は弾んだ。

 

マスクのせいで、目の印象が強まった。

 

濃いまつ毛に縁どられた、すっきりと切れ長の上まぶた。

 

熱のせいで潤んだ瞳と、赤く色づいた下まぶた。

 

一心にチャンミンを慕い見上げる青年。

 

全部が愛おしくチャンミンの眼に映る。

 

 

 

 

(彼の瞳は、高性能のレーダーだ。

 

ごったがえす雑踏の中から、秒速で僕の姿をキャッチする。

 

透明でまっすぐな眼差しが、こんな自分に注がれているなんて。

 

いいのだろうか。

 

「大好きです」と繰り返すユノの言葉を、真に受けていいのだろうか。

 

ユノの視線を注がれた僕は、ピカピカの新品に生まれ変われる。

 

ユノは甘えん坊で可愛い可愛い、僕の恋人だ)

 

 


 

 

川魚と山菜が中心の 質素ながらも品数多く並ぶテーブル。

 

無理を言って用意してもらった、とろとろに炊いたお粥はユノ用だ。

 

ユノの額にのった温泉タオルが白くまぶしい。

 

アイスペールには、たっぷりと氷を入れてもらった。

 

「あーんして」

 

布団に寝そべったまま、ユノは大きく口を開ける。

 

「はいはい、あーん」

 

「熱い!

ちゃんと『ふうふう』してよ」

 

「子供みたい」

 

ユノが機嫌を損ねる言葉だけど、時と場合によっては、子供扱いを素直に楽しむこともあって、なかなか扱いが難しい。

 

「イチゴのシャーベット、食べる?」

 

「シャーベットはデザートだから、最後!

湯葉の刺身がいいなぁ」

 

「はいはい」

 

「俺もお酒が飲みたい」

 

手酌で日本酒を飲むチャンミンの浴衣の袖を、ユノは引っ張った。

 

「駄目って分かってて言ってるでしょう?

カモミールティーを淹れてあげるから」

 

「チャンミンのバッグには、何でも入っているんだなあ」

 

「世話が焼けるユノのために、荷物が多いんだよ」

 

(ここまで見事に、浴衣が似合わないとは)

 

浴衣から骨ばった長いすねが突き出していて、可笑しかった。

 

同時に、浴衣の袖からのぞく胸の谷間に、ドキリとしてしまうチャンミンだった。

 

「チャンミンの場合、必要なものを絞り込めないだけだろう?」

 

「こら!」

 

山盛りのシャーベットを、ユノの口に押し込んだ。

 

冷たさでこめかみを抑えるユノを見て笑うチャンミンだった。

 

 


 

 

枕元灯のオレンジ色の灯りに照らされるチャンミンの顔を、ユノはうっとりと見上げていた。

 

チャンミンが動くたび、長く黒い影が畳や壁をなめる。

 

隣の布団で、うつぶせになってページをめくるチャンミンを溶かすかのように、ユノは文字通り熱い視線を送る。

 

つやつや光る高い頬や、洗いっぱなしのあちこちはねた髪、男の人にしては細い手首。

 

ユノは枕の下からスマホを取り出すと、アプリを立ち上げた。

 

シャッター音に気付いたチャンミンは、目をむいた。

 

「盗み撮りしたな!」

 

「ふふん」

 

恥ずかしくなったチャンミンは、枕に顔を伏せてしまった。

 

(僕は写真が苦手なのに...!)

 

「チャンミン、ごめんね」

 

「?」

 

枕から顔を上げて横を向くと、隣の布団のユノが両手で顔を覆っていた。

 

「ごめんなさい」

 

「ブサイクに写っていたら、データを消してね」

 

写真を撮ったことを謝っているのだと思った。

 

「あの...チャンミン」

 

「なに?」

 

「今夜の俺は...無理」

 

「無理、って何が?

身体がつらいの?」

 

額の熱をはかろうと、チャンミンは身を起こしかけた。

 

「チャンミンを抱けない。

力が出なくて...」

 

「ユノ!」

 

「チャンミン、楽しみにしていただろ?

俺はちゃ~んと、知っているんだ。

アレも用意してくれてたのにな...」

 

ユノはにやりと笑う。

 

チャンミンの頬がカッと熱くなった。

 

バッグからはみ出してしまったアレを、高性能レーダーの目で漏らさずキャッチしていたに違いない。

 

「今夜は俺とチャンミンの初めての夜になるはずだったのに...俺は悔しい!」

 

覆った指の間から、三日月形になったチャンミンの眼が覗いていた。

 

「ふふふ」

 

「そんな照れることを、よく言えるよね!?」

 

「鈍感なチャンミンがいけないんだよ?

俺が分かりやすく言わないと、チャンミンは理解できないんだよね」

 

そう言うと、ユノは布団から這い出すと、チャンミンの布団の中に滑り込んできた。

 

「ユノ!」

 

「ぎゅー」

 

にゅうっと腕が伸びてきて、チャンミンの頭を力任せに胸に抱え込んだ。

 

「ぎゅー」

 

「痛い痛い!」

 

「俺は若くて健康な男だから、やっぱり我慢できない」

 

ふざけた風を装っているが、実はユノの心臓はバクバクだった。

 

緊張しているのをごまかすように、ユノは鼻面をすりつける子犬のようにふるまった。

 

ぴったりと押しつけたチャンミンの頬を通して、ドクドクいうユノの胸の高まりが伝わってくる。

 

「今は健康じゃないでしょ?」

 

「ふむ...確かにそうだ」

 

力が抜けた隙に、チャンミンはユノの腕から抜け出す。

 

「チャンミン!」

 

チャンミンは敷布団の端を持つと、ずりずりと部屋の端まで引きずった。

 

「風邪が伝染るし、病人のユノが落ち着いて眠れないでしょう?」

 

「そんなぁ...」

 

「ほら!

さっさと寝る!」

 

「あうぅ...遠い」

 

恨めしい目でじーっとチャンミンを睨んでいたユノだったが、諦めたのかチャンミンに背を向けて横になる。

 

なんだかんだ言っても、やはり身体が辛いのだ。

 

小さな後頭部が可愛らしい。

 

先ほどまでユノが寝ていた布団は、ホカホカと温かかった。

 

(ときめいちゃったじゃないか!

ユノの行動は、予想がつかないんだから!)

 

この日のために、わざわざアレを用意した自分の気合の入れようが恥ずかしかった。

 

同時に無邪気な自分を、微笑ましく思ったチャンミンだった。

 

 

(つづく)

 

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