目覚めると、離したはずの布団がぴったりと寄せられていた。
ユノの小さな抵抗に、チャンミンはくすりとしてしまう。
寝起きのぼんやりとした頭で、隣の布団に視線を移すと...。
(あれ?)
ひょろ長いユノにしては、妙に布団がこんもりしているような。
「ユノ?」
腕を伸ばして、えいっと掛布団をめくると...。
「ひゃっ!」
現れたのは、ふわふわの、毛むくじゃらの白い大きな塊。
チャンミンは尻もちをついたまま、理解が追い付かないまま、口を開けたまま。
「くくくく」
広縁の籐椅子に体育座りをしたユノが、笑いこけていた。
「ユノ!」
「チャンミン、びっくりした?」
キッと睨みつけるチャンミンを見るほど、クツクツと笑いがこみあげてくる。
「びっくりした?」
「.....」
「俺がいなくなって」
「......」
「シロクマになってて...。
驚いた...よね?」
「......」
「怒った?」
「......」
応えず黙ったままのチャンミン。
「怒った...よね?」
「......」
「ごめんなさい」
チャンミンはため息をついた。
(反則だよ。
尖らせた口も、上目遣いも)
「怒ってないよ。
ユノが元気になったみたいで、安心したの」
本当は、人の心配も知らずに、子供っぽいイタズラをして楽しんでいるらしいユノの呑気さに、少しだけムッとしたのだけれど。
ぬるくなったタオルを取り換えてあげたり、湯冷ましを飲ませたり。
昨夜は寝たり起きたりを繰り返したため、チャンミンは寝不足気味だった。
夜中に、「コーラが飲みたい、スカッとしたい」というユノの要望を受けて、チャンミンはコーラを買いに行った。
財布を持って、スリッパ履きで。
照明がしぼられ、静まり返ったロビーでは自動販売機のたてるモーター音が低く響いていた。
・
(ユノと2人浴衣を着て、湯殿前のベンチで待合わせて、旅館の小さな売店でくだらない物を買うこともできなかった。
でも、ユノの新しい顔を見られた。
もともと言動が実年齢より幼い彼だが、言葉は選んで口にする賢明さと、細やかな気配りができる余裕も持ち合わせてる。
かいがいしく世話をやくことは、嫌いじゃない。
相手がユノだから、むしろ楽しい。
ユノの小さなわがままが微笑ましかった)
・
「楽になった?
熱は?」
手招きすると、ユノは尻尾をぶんぶん振る大型犬のように、チャンミンのそばまで這ってきた。
ユノの額に手の平を当てる。
「んー。
まだ熱いなぁ。
朝ごはん食べたら、診療所で診てもらおう」
「え~、それはチャンミンに悪いよ。
せっかくここまで来たんだよ?
俺は部屋で寝てるよ。
チャンミンは観光に行っておいでよ」
「それはできません!」
きっぱり言いきったチャンミンは、怒った表情を作ってユノを睨んだ。
きめの細かい白い肌は女の子のようなのに、頬のラインは男らしくシャープなラインを描いていて、そのギャップにチャンミンはくらっとする。
(この子ったら、可愛いなぁ)
一方ユノはというと、チャンミンの顔が間近に迫ったせいで、先ほどまでのふざけた気分がかき消え、チャンミンを求める熱い想いが湧き上がってきた...。
・
(昨夜、ふざけてチャンミンの布団にもぐり込んだ。
勇気がたっぷりと必要なおふざけだった。
交際3か月。
チャンミンに手を出したくても、恥ずかしいことに俺には経験がない。
チャンミンくらいの男なら、恋愛経験も豊富なんだろうと想像すると、どうしても気後れしてしまって...。
初めてのお泊りだったのに、俺ときたらバッド・コンディション過ぎた!
せっかくの、せっかくのチャンスだったのに。
悔しいったら。
はぁ、それにしても、目の前のチャンミンときたら。
四角い顎が男らしいな、真ん丸な目が優しいな。
彼の焦げ茶色の瞳に、俺の顔が映っている)
・
チャンミンの目前で、ユノの焦点が自分ではないどこかに合っている。
「ユノ?」
「はい!」
考え事をしていたユノは、ハッとして現実世界に意識を戻す。
「大丈夫?
横になろうか?」
「...そうだね」
(あれ?)
いつのまにかチャンミンの腰にまわったユノの手が、さわさわと動いている。
「こら!」
「こればっかりは、どうしようもできないんだ。
チャンミンがあまりに魅力的で...オートマティックなんだ」
「冗談だって。
いいよ、ユノ、ハグして」
言い終える前に、ユノは力いっぱいチャンミンを胸にかき抱く。
「ぎゅー」
「痛い痛い!」
視線を下げると、浴衣の合わせからチャンミンの裸の胸がのぞいている。
(おー!)
「......」
チャンミンの方も、胸がドキドキだ。
(こんなシチュエーション、初めてじゃないくせに。
ユノが緊張していると分かると、こちらまで緊張してしまう)
「ユノ」
「チャンミン先生、何ですか?」
「このぬいぐるみ、どうやって持ってきたの?」
チャンミンとほぼ同じサイズの、巨大な白いふわふわの方を、あごで指す。
甘い雰囲気になってしまうのに照れたチャンミンは、話を反らしたのだ。
「あれ」
ユノは、部屋の入口の方をあごで指す。
「あれに詰めて持って来た」
チャンミンはユノの肩から顔を離して振り向くと、たたきに置かれたスーツケースが見える。
「ああ、なるほどね。
2泊3日にしては、大き過ぎるもの。
ユノは、数時間おきに着替える子なのか、とか。
愛用の枕でも入ってるんだろうか、とか。
いろいろ想像しちゃった」
ふうっと、ユノはチャンミンの肩の上で息を吐く。
(ちぇっ、ハグした勢いでキスしようと思ったのに)
「チャンミンが朝起きたら、
隣の布団で寝ていたはずの俺が、シロクマに変わってるんだ。
で、チャンミンがびっくり仰天する...というシナリオだったんだ」
「はぁ...?」
(ちょっと聞きました?
なんなの、この可愛い計画は?
なんて可愛い子なの!?)
胸の奥底から、愛おしい気持ちが湧き上がってきてたまらなくなったチャンミンは、ユノの背に回した腕に力を込めた。
「ぎゅー」
「チャンミン!
背骨が折れるって!」
「...好き」
「?」
「......」
「聞こえないよ」
「......」
「もう一回言って」
ユノがチャンミンの耳元で囁くものだから、その温かい息にチャンミンの首筋が粟立つ。
「チャンミン...もしかして照れてる?」
ふふっと笑ったユノの息がまたかかり、びくっと反応してしまったチャンミンを面白がって、ユノは何度もチャンミンの首に息を吹きかける。
「ひゃ...」
(年下のくせに、年下のくせに!
ふにゃふにゃと甘えん坊になったり、オラオラ系になったり、僕をドキッとさせたり)
再び2人の間を包んだ、甘い雰囲気にのってユノとチャンミンは見つめ合って...。
キンコンとチャイムが鳴った。
「わっ!」
「わっ!」
ユノとチャンミンは弾かれたように、離れた。
「布団!」
「朝食!」
「おはようございます」
・
2名の接客係が、布団を上げテーブルに朝食を並べ終えて退室するまで、チャンミンは部屋の隅で正座をして待機していた。
耳を真っ赤にしてかしこまっている姿が、ユノにとって可笑しいやら可愛らしいやら。
係の者とにこやかに雑談をしていたユノが、目で合図を送っている。
「?」
胸の辺りを指さし、手を交差するジェスチャーをしている。
「!!!!」
ユノが伝えたいことが理解できたチャンミンは、大胆にはだけてしまった浴衣の衿を大慌てで直したのだった。
(つづく)
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