(1)「抱いて」とねだった罪

 

「上書きしてやるよ」

 

そう言って、首の付け根を強く吸われた。

 

背中にのしかかった彼の重み。

 

腰をきつくひき寄せられて、これ以上はない程ぴったりと密着して。

 

「いいか?」

 

許可なんていらない。

 

頷いた直後、僕の目の前で光が弾けた。

 

マットレスに組んだ腕で口を塞ぐ。

 

悦びの声なのか苦痛の声なのか、どちらともとれる、おかしな声をあげてしまいそうだったから。

 

嬉しいのか、怖いのか、悲しいのか、幸せなのか...いろんな想いがいっしょくたになって、何がなんだか分からない。

 

時間をかけて腰を沈めたのち、ユノは

「動かすよ?」と、僕に尋ねた。

 

その言い方が優しくて、まぶたの奥が熱くなった。

 

 


 

「チャンミンのことがずっと、好きだったんだよ」とユノは言った。

 

僕にとって、ユノとはどんな存在だったんだろう。

 

立ち止まって、あらためて考えてもみなかった。

 

隣に居て当然の存在だった。

 

面白くて楽しくて、ほっとくつろげて。

 

ユノと居ると、僕は僕のままでいられた。

 

「気持ち悪い」と眉をひそめる者も多い中、初めて会ったときからずっと、ユノは平然とユノのままだった。

 

「で、男が好きって、どんな感覚なの?」と尋ねられた時は、

 

「女の子を好きになったことはないから比較はできないけど...。

胸がドキドキして、いっつもその人のことを考えていて、近寄りたい、仲良くなりたい、って思うかなぁ。

好きになるって、そういうものじゃないですか?」と答えた。

 

「ふぅん...」

 

僕の話を興味深げに聞いた後、ユノは僕に問う。

 

「男のどういうところを見て、ムラムラっとくるのさ?」

 

「えーっと。

もちろん、顔でしょ。

身体のパーツで言うと...腕の筋肉とか、ぷりっとしたお尻とか、髪をかきあげるときとか...。

いっぱいありますよ」

 

僕はその当時好きだった、パソコン教室の講師のことを思い浮かべながら答えた。

 

「ふぅん...。

じゃあさ、チャンミンは俺を見てもムラムラっとくるときがあるのか?」

 

その時..まだ2年生だった頃だ...ユノの真顔にドキッとした覚えがあった。

 

ユノのパーツを挙げて...例えば、笑った時の目尻や、大笑いした時の声とか、「どうした?」って僕に尋ねる時の頼もしさとか...。

 

そうじゃなくて、ムラムラっときたとき...実はいっぱいあった。

 

ユノに気付かれないように、そうっと観察していた。

 

たまに、股間が大変なことになりそうな時があって、ユノにバレないようにするのに苦労した。

 

ユノの中に男を感じてムラっとくるのは、男が好きな僕の嗜好のせいだって、片付けていた。

 

ユノは男だもの。

 

実はそれだけじゃなかったのかな。

 

スリムなパンツを履いたユノの、あそこばかり目がいってしまうのは、ユノと裸で抱きあって、あそこに顔を埋めたい、そして僕の中に埋めて欲しいと望んでいたからなのかな。

 

でも、具体的に挙げたらユノを引かせてしまうのが心配だった。

 

だから僕は、こう答えた。

 

「ユノ相手にムラムラくることはないですよ。

だって、ユノは親友なんですよ。

そういう目で見たことはありませんよ、安心してください」

 

ホッとするのかなと思ったら、ユノはちょっとがっかりした顔をしていたから、「あれ?」と思ったんだった。

 

もしかしてあの時、正直に答えていればよかったのかな。

 

僕の大事な人...それはユノ。

 

そんなユノに対して、恋愛じみた想いを持ったり、性的な視線を注いだらいけない気がしたんだ。

 

ユノを汚してしまいそうで。

 

いやらしい気持ちを持っていると知られたら、僕の隣を歩いてくれなくなるかもしれない。

 

ユノはユノ。

 

女でも男でもない、友人以上の存在、でも恋愛感情は差し挟まない関係。

 

僕の大事な人...それはユノ。

 

 


 

 

僕を抱きしめていた腕をほどいて、「医者にいかなくていいのか?」と訊いた。

 

「行きたくないです」

 

僕は首を横に振った。

 

身体じゅう痛くて仕方がなかったけれど、問診での説明、処置室のベッドに横たわる自分を想像したら、自分の恥をさらすことになる。

 

行けるはずがない。

 

「このままはよくないよ。

俺もついていってやるから、な?」

 

「嫌です」

 

「俺のためにも、『うん』と言ってくれ。

一緒に行こう。

頼むから」

 

「ひどい顔をしてるし...大ごとになったら困ります。

行きません」

 

「俺がやったことにすればいい。

俺もひどい顔してるし。

派手な喧嘩をしてしまいました、って」

 

ユノは自身の顔を指さし、僕の頭を引き寄せてぐしゃぐしゃと髪を撫ぜた。

 

これまでにどれだけ、ユノのぐしゃぐしゃに安心してきたんだろう。

 

「言えないよう。

ユノは悪くないのに...」

 

頑として譲らない僕を前に、ユノはしばらく考え込んだのち、「わかった」とため息をついた。

 

「チャンミンちに泊まるよ。

心配で一人にしておけないからな」

 

「え...?

いいんですか?」

 

「いいに決まってるだろ?」

 

ユノは僕の大好物なものを沢山、買い込んできてくれて僕を喜ばせた。

 

湿布を貼ってくれたり、軟膏を塗ってくれたりしてくれた。

 

甘えてばかりの自分。

 

「俺は床で寝る」

 

「どうしてですか?」

 

「あのなー、チャンミン。

分かんないかなー?

チャンミンのベッドは狭いからな。

好きな奴にくっついていたら、たまらない気持ちになってしまうから」

 

はははっと、ユノは乾いた笑い声をたてた。

 

 

夜、カーペット敷の上で背中を丸めて眠るユノに、僕の方がたまらない気持ちになってしまった。

 

ベッドを抜け出し、ユノの背中に沿うように横たわり、そっと腕を回した。

 

ユノはびくっと身体を震わせて、「チャンミン...」と低い声で僕を呼んだ。

 

固い床の上だもの、寝付けなくて当然だ。

 

でも、優しいユノは僕を気遣って寝ているフリをしていたんだ。

 

「僕もここで寝ます」

 

「駄目だって!」

 

「ここで寝ます」

 

「駄目だ」

 

僕はベッドから敷布団を引きずり下ろして、床に敷いた。

 

「俺を困らせないでくれ」

 

僕のぎくしゃくとした動きを案じて、途中からユノが手伝ってくれた。

 

ユノは優しい。

 

泣きたくなるくらい、ユノは優しい。

 

僕はこれまで、ユノの何を見てきたのだろう。

 

どれだけユノの優しさに甘えてきたのだろう。

 

どうして僕の顔を見てすぐ、ユノは「ごめん」と僕に謝ったんだろう?

 

ユノが僕に謝ることなんて、何もないのに。

 

謝るのは僕の方なのに。

 

再び横たわったユノの胴に、腕をぐるりと巻きつけて、彼の胸に顔を押しつけた。

 

「...チャンミン...」

 

ユノの腕が僕の背中に回されると思ったら、彼の手は僕の頭にのせられただけだった。

 

「...ゴメン...ユノ...」

 

「どうした?

何が『ゴメン』なんだよ?」

 

「ユノ、ゴメン」

 

僕はユノに、謝ることがいっぱいある。

 

「チャンミンのことがずっと好きだったんだよ。気付かなかっただろ?」と言ったユノ。

 

うん。

 

気付かなかった。

 

じゃない、気付けなかった。

 

ユノの優しさを、まんま受け取るだけだった僕。

 

ユノにはいっぱい、謝らなければならないことがある。

 

 

(つづき)

 

 

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