(8)抱けなかった罪

 

キスをしたまま俺たちは、ベッドに横倒しになる。

 

「んっ...んっ...」

 

キスに慣れていないのか、絡める舌の動きがぎこちなかった。

 

俺は今、チャンミンとキスをしている。

 

ずっとチャンミンに触れたかった。

 

友人同士のからりとした接触じゃなく、恋情と性をもって愛撫したかった。

 

すんなりと長い首や、まっすぐな背筋に指を滑らせ、やわらかそうな耳朶を食み、一文字に引き結んだ唇をこじあけたくて仕方なかった。

 

固くてまっすぐな、男の身体であっても、チャンミンを恋しく想い続けた俺だから、大丈夫、必ず反応する。

 

溢れんばかりの想い...俺以外の誰かへの...に、身をくねらすチャンミンのとろけた表情を、側で見守り続けた俺だった。

 

俺に触れられて、甘い吐息と恍惚にゆるんだ表情、熱っぽい視線を浴びたかった、ずっと。

 

常に俺以外の誰かへ捧げていた一途な恋心を、どうか俺に注いでくれ。

 

恋愛に関して達観の姿勢を崩さずにいた俺は、どうしてもチャンミンに想いを伝えられず、じりじりと待っていた。

 

いつか俺の想いに気付いてくれと。

 

ところが突然、降って沸いたこの機会。

 

妙な展開になってしまったが、今はこうして堂々とチャンミンに触れることができている。

 

喜ぶべき時なんだろう。

 

チャンミンは、本人が言うように経験のない身体だ。

 

そんな身体に、快感を教えてやるのだ。

 

俺の手は、女の子を愛撫するやり方しか知らないけれど、誠心誠意をもって、これまでひた隠しにしていた想いをこめて、大切に扱おうと思った。

 

片手でチャンミンの顎を支え、もう片方で彼のシャツのボタンを外しかける。

 

と、チャンミンの手が伸びて制された。

 

「...や、やっぱり、

恥ずかしいから...脱ぎたくない...」

 

「恥ずかしいって...どうして?」

 

「僕...おっぱいないし...ユノ、萎えちゃう...っん」

 

唇を重ねたままの会話だから、鼻で呼吸するコツを知らないらしいチャンミンは苦し気だ。

 

唇の隙間から漏れる吐息が、熱い。

 

チャンミンが指摘したように、男の身体に興奮して果たして勃起するのか、はじめは不安だった。

 

「大丈夫」

 

制止していたチャンミンの手をとって、俺の股間に誘導する。

 

「分かった?」

 

「...嬉しい」

 

チャンミンは両腕で俺の首にしがみつき、そこに顔を埋めて囁いた。

 

熱い吐息が首筋を刺激し、ぞくりと肌が粟立った。

 

「ごめんね...ユノ。

僕が男でごめんね」

 

「ばーか。

謝るな」

 

シャツの下から手を忍ばせて、腹から鎖骨へと撫で上げた。

 

「っあ...」

 

肋骨とうっすらついた筋肉の凹凸を、指先でひとつひとつ確かめる。

 

怖がらせないように、ゆっくりと優しく。

 

チャンミンの胸がびくんと痙攣する。

 

手の平を小さく固い突起がくすぐった。

 

それを指の腹で円を描いたり、押したり、軽く摘まんだりした。

 

「あっ...あん...あっ...」

 

その度にチャンミンは短い喘ぎ声をあげて、俺を煽る。

 

感度のよさから、きっと自分でもいじっていたんだろう。

 

尻の方も、既に試しているのかもしれない。

 

大きななりをしたチャンミンが、心底可愛いかった。

 

「チャンミン、本当にいいのか?」

 

「っうん...いい...ユノに任せる」

 

胸先の快感のとりこになっていたチャンミンは、こくこくと頷いて自身のデニムパンツのボタンを外した。

 

焦りのあまり片手でもたつくチャンミンを手伝って、下着ごと膝まで引き下ろす。

 

チャンミンの下腹も腰骨も、尻も...それから、黒々とした陰毛。

 

その茂みの間から、斜めに勃ち上がったもの。

 

そうなんだよなぁ...チャンミンは...男なんだ。

 

女の子の裸は見慣れていたが、男の裸をまじまじと見る経験は初めてだ。

 

先日、偶然目にしたチャンミンのへそに、俺が強い欲情を覚えてしまったのには理由がある。

 

へそからシモへと繋がる毛筋の...あの時は、デニムパンツで隠されてしまっていたが...行き先を目にしたい欲望に襲われたからだ。

 

チャンミンの男である証拠を見たい、って...不思議なことに。

 

「横向きになってくれる?」

 

チャンミンを後ろ抱きにした。

 

俺の下着は、はち切れそうに勃起したペニスで押し上げられ、未だかつてないほど湿っている。

 

チャンミンにも、俺の興奮が伝わっているはずだ。

 

チャンミンの尻を左右に割って、その中心に中指を押し当てた。

 

「っんっ...!」

 

瞬時にチャンミンの尻が跳ねる。

 

アナルの経験があったから、いつチャンミンと『そういう関係』になっても大丈夫のはずだ。

 

大丈夫のはずだったが。

 

乾いた入り口の感触に、そうだった、チャンミンは男だったと、今さらながら思い出す。

 

女の子相手の時は必要ないが、チャンミン相手の場合はそういう訳にもいかないのだ。

 

チャンミンのペニスの先からたらたらと、滴る粘液を指にからめとり、彼の肛門を潤わせた。

 

中指と薬指の腹を使って緊張を解きほぐす。

 

「っああっ...あっ...んっ...」

 

苦痛なのか快感なのかはかりかねる声を漏らすチャンミン。

 

指が1本、次いで2本挿ったのを時間をかけて確かめた。

 

念入りに入り口をほぐす間、チャンミンは膝頭をこすり合わせては、高い声で喘いでいた。

 

その声に俺の下半身は煽られる。

 

「んんっ...んっ...あぁっ...」

 

チャンミンが入浴中、あらかじめバッグから取り出しておいたコンドームを、くわえて封を切り素早く装着した。

 

そそり立ったペニスに手を添えて、チャンミンの肛門にあてがう。

 

「きつっ...」

 

横抱きでは挿入しづらかったため、チャンミンの背を押してうつ伏せにさせる。

 

腰だけ突き出した姿勢にさせ、再度ペニスを押し当てて埋めていこうとした。

 

「?」

 

チャンミンの喘ぎがいつの間に止んでいた。

 

抵抗もせず、俺にされるがままのチャンミン。

 

「チャンミン?」

 

マットレスに片頬を付けたチャンミンの表情を窺う。

 

うっとりと半分閉じられた目は、うつろだった。

 

テーブルの下に空のボトルが転がっていた。

 

俺が入浴中、チャンミンも緊張を解きほぐそうと酒をあおっていたのか。

 

どうりで酒臭いはずだった。

 

「チャンミン、これ全部飲んだのか?」

 

コクリと頷くチャンミン。

 

いくら酒に強いチャンミンでも、この量は多すぎだ。

 

「チャンミン、やめようか?

酒の力を借りないとできないんだろ?」

 

そんなことを言いながらも、俺の高ぶりは引き返せないレベルに達していた。

 

男相手にここまで興奮できるのかと驚くくらい、熱く怒張していた。

 

「怖くないよ...」

 

チャンミンの答えを聞いた間もなく、俺はTシャツを脱いでベッドの向こうに投げ捨てた。

 

「挿れて...早く...」

 

チャンミンを仰向けの姿勢に戻す。

 

顔の向きを何度も変えながら、さっきより荒く口づけ、その唇を徐々に首筋から鎖骨へと滑らす。

 

首の付け根に強く吸い付いた。

 

チャンミンの反応はない。

 

チャンミンの口から、強いアルコールの香りが漂う。

 

横たわったチャンミンの上にまたがった俺。

 

枕元についた俺の両手の間の、チャンミンの寝顔を見下ろしていた。

 

はだけた胸からのぞく薄い胸と、鎖骨から繋がる白くて長い首。

 

俺が強く吸い付いてできた赤い痕から、目をそらす。

 

「......」

 

俺は、チャンミンの上からひきはがすように降りた。

 

このまま進めてしまってもよかった。

 

でも、酔いつぶれた子とヤる趣味は、俺にはない。

 

もしチャンミンが素面だったとしても、俺はできなかったと思う。

 

半勃ちまで鎮まってしまったチャンミンのペニスを下着におさめ、膝まで落ちたズボンを引き上げ、ファスナーを上げてやる。

 

エアコンの温度を上げ、眠るチャンミンを毛布でくるんでやった。

 

「はぁ」

 

深く息を吐いた。

 

チャンミンにお願いされたからヤるなんて、そんなの嫌だと思った。

 

俺はいいさ。

 

俺は好きなコとヤれるんだから。

 

チャンミンはどうなんだよ?

 

俺のことを信用できるからだって?

 

チャンミンの恋人は、俺じゃないだろう?

 

今みたいに簡単に、自分を差し出すなよ。

 

未経験なことでドン引きするSだったら、そんな奴やめてしまえ。

 

俺は毛布にくるまるチャンミンに沿うように、隣に寝そべった。

 

夢をみているのか、かすかに震えるチャンミンのまぶたに、俺は唇をそっと落とす。

 

チャンミンを守ってあげたかのような、妙な達成感に満たされていた。

 

何やってんだか、俺は...。

 

 

 

 

チャンミンを最後まで抱いてやればよかった。

 

チャンミンと相思相愛になってからなんて、軽い男がこの期に及んで、綺麗ごとをならべたてるなんて。

 

この夜の俺の理想と躊躇が、チャンミンをボロボロに傷つけてしまうなんて。

 

俺ならうんと、うんと優しくチャンミンを扱ったのに。

 

俺は、後悔している。

 

死ぬほど後悔している。

 

 

(つづく)

 

 

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