会社員-情熱の残業6-

 

 

ドンドンとドアを叩かれ、ドキッとした俺は書架棚の陰に隠れる。

 

「ユンホさん!」の声にホッとし、鍵をかけているんだから隠れる必要はないと思い至ったのだ。

 

「開けてください!!

大変です!!」

 

チャンミンの剣幕に慌てて開錠すると、勢いよく開いたドアが俺の額を直撃した。

 

「いってぇ!!」

 

額を押さえてうずくまる俺に、「す、すみません...」とチャンミンは駆け寄る。

 

頭を上げると、俺の肩を抱くチャンミンと間近で目が合った。

 

う...か、可愛い...。

 

整髪料でテカテカな頭を見なければ、チャンミンの真ん丸お目目はヤバイ。

 

チャンミンに見惚れていると、彼は眉をひそめてしまう。

 

「何ですか?

じろじろ見ないでください」

 

ぷいっと顔を背けてしまったチャンミンもやっぱり可愛くて、しつこくじぃっと見つめていたら...。

 

「ユンホさん!」

 

思いっきり俺の顎を押しのけて、チャンミンは怖い顔をして言う。

 

「こ、ここは職場ですよ!

見境なく、ぼ、ぼくに、キッ...キスをするなんて!」

 

「してねーよ!」

 

「しようとしてたじゃないですか!

エッチな顔して僕を見てたじゃないですか!」

 

チャンミンは俺に背を向けて立ち上がり、乱れてもない髪を撫でつけている。

 

「チャンミンが可愛くて、見惚れてただけだって!

キスだってさ...もうしたじゃん。

俺たちは“交際”してるんだろ?」

 

「ホントですか!?」

 

くるりと振り向いたチャンミンの弾ける笑顔。

 

「ホントですか、って。

さっき自分で言ってただろう?

俺たちは“お付き合い”してるんだろ?」

 

「え...えっと、あれは、ユンホさんの気持ちを知りたくて、カマをかけてみただけです」

 

「はあ?」

 

なあんだ、チャンミンも確信が持てずに、まわりくどい方法で俺の気持ちを探っていた訳だ。

 

ダサい見た目と、カチカチの融通がきかなさそうな仕事ぶりに、恋愛に関して初心なんだろうと判断していたが、そういう小手先も使えるのか...甘く見てはいけない人物だ。

 

「カマなんかかけなくてもさ、分かってるくせに」

 

つんつんとチャンミンの腕を突いたら、「じゃれつかないでください!」と振り払われた。

 

両耳を真っ赤にさせたチャンミンは、顔を手で仰ぎながら、つかつかと入り口まで引き返すと、ガチャリと鍵を下ろした。

 

鍵をかけるってことは...もしかして、チャンミン!

 

堅物のくせに、なかなかどうして情熱的な奴だ(『ユンホさん、二人っきりになれましたね。ここなら滅多に人は来ません』って、俺は床に押し倒されるのか!?...っておい!)

 

せっかくのこの機会。

 

今週末の『デート』ではっきりさせようと計画していたが、予定変更、繰り上げだ。

 

ずばりの言葉をチャンミンに伝えなくては...と、口を開きかけたら...。

 

「はい、そこまで!」

 

「へ?」

 

「ここは職場で、勤務時間中です。

浮ついた話は、職場から離れた時にしましょう」

 

切り替えるように大声を出すと、俺が床に広げた伝票の束にため息をつく。

 

「ユンホさん。

ぐちゃぐちゃにしちゃって...後で並べなおすとき、苦労するのはユンホさんですよ?」

 

「無意味に散らかしてるんじゃないって。

得意先別に仕分けしてるの」

 

胡坐をかいた俺にならって、チャンミンは両膝を折って正座をする(正座!?床の上だぞ?)

 

「さて、ユンホさん。

見つかりましたか?」

 

「見つかるも何も、送り状そのものがない」

 

「...やっぱり。

そうなんじゃないかって思ったんですよ」

 

「?」

 

「今回の件で、ユンホさんは2つのミスを問われます。

その1。

納品場所を誤って指示をした件」

 

「納品の度に、指示なんか出さないぞ。

いつものことだし。

それに南工場しか送ってないものを、今回だけ行先が北工場に変更になってたら、出荷係もおかしいと思うだろう?」

 

「思うでしょうね。

手口は単純です」

 

足がしびれたのか、くずした座り方がカマっぽくて、目を離せずにいたらぎろりと睨みつけられた。

 

「教えろよ」

 

「後でゆっくり説明してあげますよ」

 

つんと、顎を斜め上に向けたチャンミンは、得意げだ(いちいち勿体ぶる奴だ。面倒臭い奴だけど、チャンミンだから許す)

 

「その2。

先日に引き続いてのミス。

今度こそ責任が問われるでしょうね」

 

「だろうね。

件の伝票はここにはない。

ないものはない。

証拠隠滅だろうね、どうやって業務課から持ち出したのやら...

そんなことより。

大事件って何?」

 

「ああっ!

ユンホさんのせいですよ、もー!

変なことをするから...」

 

「何もしてねーだろ!?」

 

変なことも何も、チャンミンの顔をまじまじと見ていただけのこと。

 

それを変な意味で捉えたのはチャンミンの方じゃないか、と言いたかったが止めといた。

 

ごちゃごちゃと話が長くなりそうだったから。

 

ひとまず目の前のトラブルに集中することにする。

 

「大事件ってなんだよ?」

 

「転送は無理でした」

 

「えええーーー!!

どうしてそれを先に言わないんだ!?」

 

「だって、ユンホさんがキスしようとしたから...」

 

「してねーよ」と言いたかったが、同じことの繰り返しになるからぐっと堪えて、チャンミン発言を無視することにする。

 

「転送できないって、どういうことだ?」

 

まずいぞまずいぞ!

 

何事にも鷹揚な俺だが、こればっかりはピンチだ。

 

「北工場は僻地にあります。

配送業者は山を下りてしまいました。

もし転送して欲しければ、トラックをチャーターすることになります」

 

「う...」

 

「そこで僕は解決法を思いつきました!」

 

「?」

 

「今から北工場へ向かいましょう!」

 

「へ?」

 

「荷物をピックアップして南工場へ運びましょう」

 

この窮地を抜け出すには、この方法しかない...しかないが...。

 

「...遠いよ」

 

長距離運転だ...所要時間は往復10時間...。

 

「安心してください。

僕も一緒です」

 

「チャンミンが!?」

 

「はい。

交代で運転しましょう」

 

にこにこと楽しそうに言うから、がっくり来ている俺もヤル気が出てきた。

 

「僕とドライブデートですよ、うふふふ」

 

ピンチをイベントのひとつにしてしまうなんて、チャンミンは俺以上にポジティブシンキングの持ち主らしい。

 

「ユンホさんは車を借りてきてください。

商用バンが空いてるはずです。

あれなら全部積みこめるでしょう」

 

「日付が変わっちゃうぞ?

残業手当も深夜手当も出ないぞ?」

 

「ユンホさんと一緒なら、構いません。

このピンチを僕らで乗り越えましょう!」

 

チャンミンは俺の手を握って、ぶんぶんと上下に振った。

 

「お、おう!」

 

「軍手も持っていった方がいいですね。

途中で夜食を買いましょうね。

そうそう!

お泊りグッズも持っていかないと、ぐふふふ」

 

大きな独り言をつぶやき、忍び笑いをこぼすチャンミン。

 

「遊びに行くんじゃないんだぞ?」

 

すると、チャンミンはきょとんとして、

 

「分かってますよ。

仕事で行くんですよ。

いるものリストを挙げていただけです」としれっと言う。

 

「お!

雪がちらついてきました。

今すぐ向かいましょう」

 

チャンミンに引っ張られ、備品庫を出た。

 

チャンミンとロングドライブ、車内で2人きり、6時間越えの残業がこうして始まったのだ。

 

 

(つづく)

 

 

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