(2)会社員-愛欲の旅-

 

 

チャンミンとの深夜残業を終えた日、俺は風邪をひいてしまった。

 

運転席で眠るチャンミンにコートをかけてやるという、カッコつけた行為の結果が風邪っぴきだ。

 

寝不足、というのもある。

 

ぞくぞくと寒気がする、これはもしかして...と嫌な予感を抱えて、なんとか午前中の業務を終えた。

 

体調は悪くなる一方で、帰社する必要はないと判断した俺は、午後には真っ直ぐに帰宅することにした。

 

無理せず布団にもぐりこんで、さっさと寝るに限る。

 

デキる男チョンユンホ、体調不良を押してのパフォーマンス悪い仕事するべからず、周りに伝染すべからず。

 

とは言え、平日の昼間どきに、自宅のアパートのベッドに横になっているのも落ち着かないものだ。

 

熱を出すと世界が1枚膜を通したかのように、ふわふわと現実じゃないみたいだ。

 

レースカーテンを透かした日光によって、部屋に舞うほこりがよく分かる(休日に掃除をしなくては)

 

今頃チャンミンは、どうしてるかなぁと想像してみた。

 

無遅刻無欠勤だったチャンミンの、初めての遅刻。

 

真っ赤な顔でこそこそと出社して(抜き足差し足で)、PCを立ち上げデスクに散らばったプリント用紙を「未」とテプラを貼った書類ケースに入れる。

 

デスクにぺたぺたと貼られた付箋をチェックし、要点を欠いたメモ書きに、「5W1Hの基本がなっとらん」と眉間にしわを寄せる。

 

そして、七三分けを撫でつけ、肩をぐるんと回し、長い首を左右にこきこきやって、「よし!」と自分に喝を入れたのち、仕事開始だ。

 

うん、きっとこんな感じに違いない。

 

ここまで細かに想像できる俺。

 

やれやれ、やっぱり俺はチャンミンに参っているんだと、あらためて実感した。

 

「......」

 

先ほどから枕元で振動を続けるスマートフォン。

 

これで7回目(しつこい奴だ)

 

得意先からの電話だったりしたら、現場に駆け付けなくてはならなくなる。

 

5コール目で留守電に切り替わるからと、俺は無視を続ける。

 

それくらい俺の身体はしんどかったのだ。

 

電源を切ってしまおうか、と手を伸ばした際、うっかり通話ボタンをタップしてしまったらしい。

 

「ユンホさん!!!!!」

 

スマホを耳から遠ざけねばならないほどの、大声。

 

電話に出るなり怒鳴られて、画面に表示された発信者名に、スマホを取り落としそうになってしまった。

 

(チャ、チャンミン!!!!)

 

「...はい」

 

スピーカーフォンに切り替えた。

 

もっといい感じに出ればいいのに、他人行儀な、営業電話に出るかのような固い声...照れ臭かったのだ。

 

「ユンホさん!!!!」

 

スピーカーの音が割れるほどの大音量。

 

「ああ」

 

「どこいっちゃったんですか!?

まだ帰ってこないんですか?」

 

時刻を見ると17:30で、いつの間にか3時間ばかり眠っていたようだった。

 

「今日は社に戻らないんだ、直帰の予定」

 

「えええっ!!

聞いてませんよ」

 

「そりゃそうだ、言ってないからな」

 

「ユンホさんのお帰りを待っていたんですよ!」

 

チャンミンと約束していたっけ?と記憶をたどってみたが、それらしい会話はしていないはず。

 

俺の返答に大いにお気に召さなかったらしい、電話の向こうでムスっとしているのが、目に浮かぶ。

 

体調不良の今、チャンミンの相手をするほどの気力がなく、「今、出先なんだ。切るぞ」と通話を打ち切ろうとしたが...。

 

「僕っ...仕事帰りにユンホさんと、カフェーにでも行こうかと...。」

 

「ごめん、そっか...」

 

俺とチャンミンは、そういえば『交際』しているんだった。

 

肩を並べて帰宅する...放課後の高校生かよ、と思ったけど、もちろん口には出さない。

 

「どこにいるんですか?」

 

「えっと...G町のあたりかなぁ(嘘)」

 

「今から、そっちに行きます!」

 

「いや、来なくていいよ。

遠いし...」

 

「いいえ!

行きます!」

 

「来なくていい。

この後、用事があるんだ」

 

「...用事って、何ですか?」

 

「いや...いろいろと...」

 

「いろいろって...仕事に関係することですか?」

 

「...個人的なことだよ」

 

「『個人的』...」

 

しまった...話をややこしくしてしまったようだ。

 

正直に、自宅で寝ていると言えばよかったのだが、チャンミンに心配をかけてしまう。

 

ネガティブ思考のチャンミンは恐らく、「超」心配性とみた。

 

面倒がる俺を、救急外来に引っ張っていきそうだ。

 

「...どなたかと、デートですか?」

 

恨みと不安のこもった低い声で、ぼそっとつぶやいたチャンミン。

 

「はあ?

デートって誰と?

んなワケないだろう?」

 

「じゃあ、どうして僕がそちらへ行くのを渋るんですか?」

 

「だからさ、チャンミンも疲れてるだろう?

ほら、昨夜はちゃんと寝てないし。

寄り道しないで、まっすぐ帰りな、な?」

 

「ユンホさん、僕は胡麻化されませんよ?

遠かろうと、寝不足だろうと、僕はユンホさんに会いに行きます!

お休みの計画を立てないと!

昨日、打ち合わせをしようって、食堂でお話しましたよね?」

 

そんなような会話をしたようなしてないような...。

 

「あ...!」

 

今さらながら思い出す、次の休日つまり明日、チャンミンと初デートの予定だったことを!

 

「思い出しましたか?」

 

「...ごめん」

 

チャンミンのご機嫌が悪くなるはずだ。

 

このまま適当な言い訳で胡麻化すよりも、正直に話してしまった方が話は早いと判断した。

 

「ごめん、今さ、家にいるんだ」

 

「どうしてですか?」

 

「う~ん...。

風邪ひいたみたいでさ、早退したんだ。

だから、今日はごめん、お前とカフェーには行けない」

 

「......」

 

嘘ついたことを怒ってるんだろう、チャンミンは無言だ(冗談とか、取り繕うための嘘とか、チャンミンはいかにも嫌いそうだから)

 

「...僕のせいですね?」

 

「チャンミンのせい?

なんで?」

 

「ユンホさん、僕に上着をかけてくれましたよね?

寒かろうに、って。

そのせいです。

...申し訳ないことをしました」

 

「チャンミンのせいじゃないさ。

最近忙しかったし、不摂生がたたったのかもしれないし。

だから、チャンミンのせいじゃないよ」

 

「......」

 

「チャンミン?」

 

俺の呼びかけに応えないチャンミン。

 

「お前のせいじゃない」

 

「合点しました!」

 

「!!!」

 

「ユンホさん、待っててください。

僕が今から助けにいきます!」

 

「来なくていい!」

 

「どうしてですか!?」

 

「チャンミンの相手ができるほど、俺は元気じゃないんだ。

熱もあるし、横になっていたいんだ」

 

「えええっ!!!!

重症じゃないですか!?」

 

「ただの風邪だって。

明日には治る!」

 

「今から駆け付けます!

ユンホさんの自宅は分かってますから」

 

「え...?」

 

「ユンホさんの誕生日と一緒に、ご住所も記憶してますので。

ほら、免許証のコピーを取った時に、見えてしまったのです。

見ようと思ってみたわけじゃないですからね」

 

「...そっか」

 

チャンミンは視覚的記憶に優れている、と心のチャンミン録に新たなメモ書きが加わった。

 

「超特急で向かいますからね。

ベッドで大人しくしていてくださいね。

あ...!

ユンホさんは敷布団派ですか?

とにかく、布団でネンネしているんですよ」

 

そこまでまくしたてたチャンミンは、ブツッと通話を切ってしまった。

 

「はぁ...」

 

疲れる...疲れるけど、チャンミンにこれから会えるのか。

 

体調不良で心細くなっていたところに、恋人がお見舞いに来てくれるとは。

 

ウキウキしている自分がいた。

 

「そっか...チャンミンは俺の恋人なんだよなぁ...」

 

 

(つづく)

 

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