(後編)夜明けの空気

 

~ユノ~

 

 

チャンミンとようやく連絡がついた。

「チャンミン、着いたよ」

 

『はい、僕も着いたところ』

 

「ずいぶんゆっくりしていたんだな」

 

『いろいろとね』

 

俺は、わくわくとした気持ちを抑えきれなかった。

 

「俺は今、どこにいると思う?」

 

『うちじゃないんですか?』

 

「不正解」

 

『飲みにでも行ってるんですか?』

 

「不正解」

 

『えー、分かんない』

 

「びっくりするよ、絶対に」

 

『なんですか、それ?』

 

「チャンミンは絶対、びっくりする」

 

『もったいぶらないで、早く言ってくださいよ』

 

「1時間後には会えるよ」

 

『え?』

 

「すぐに会えるからな。

ちょっとだけ待ってろよ」

 

『え?』

 

「俺はね、今、空港にいるんだ」

 

『空港?

見送った後、ずっと?

どうしてです?』

 

 

「俺はね、チャンミンの国にいるんだ」

 

『はあ?』

 

「離れ離れは嫌なんだ。

だから、お前を追いかけた」

 

『......』

 

「...怒った?」

 

『いえ...』

 

チャンミンが黙り込んでしまったから、俺は少し不安になる。

 

『ユノ...』

 

「ん?」

 

『僕は今、どこにいると思います?』

 

「どこって、新しい家だろ?

こんな時間なんだし」

 

『違います』

「違う?」

 

『僕はね、ユノの国に戻ったんです』

「はあ??」

『僕...。

ユノと一緒にいようと決めたんです』

 

「?」

『離れて暮らすのは、嫌なんです。

だから、ユノの国に戻りました。

​あなたの国で、一緒に暮らそうと決めたんです。

今まで通りに』

「......」

 

『馬鹿な男だって…あきれてますか?』

​「まさか!」

 

『ほんとですか?』

 

「ああ。

俺こそ馬鹿な男だ」

「ぐふふ」

 

チャンミンはクスクス笑っているようだ。

『国を越えたすれ違いですね』

可笑しい。

 

嬉しい。

 

泣きたい。

 

笑いたい。

 

俺の心は、パンク寸前だ。

 

「俺らは…とんだ『バカップル』だなぁ」

 

『何ですか?

言葉がダサいですよ』

ひとしきり二人で笑った。

 

全く、俺らときたら...二人そろって...。

 

「...これから、どうする?」

 

『朝一番の便でユノは、こちらへ戻ってきてください』

 

「駄目だ。

チャンミンこそ、こっちに戻ってこい」

 

『いーえ。

ユノが来るんです』

「駄目だ。

チャンミンがこっちに来るんだ」

 

押し問答しているうち、俺はいいアイデアを思い付いた。

「そうだ!

​どこか暖かい国へ行こう!」

『え?』

「二人にとって、新しいところへ行くのはどうだ?」

『なんで行き先が、暖かい国になるわけです?』

「うーん、なんとなく」

 

『何ですか、それ!』

 

「俺の国とも、お前の国とも、かけ離れた所がいいんじゃないかと思うんだ」

『どちらかの国だと、どちらかが犠牲を払ったみたいに思えるから、ってことですか?』

「それもある。

ほら、お互い無職になるんだし、新しい場所で再出発しよう」

『無計画過ぎません?』

 

​そういいながらも、チャンミンの声は高く澄んでいる。

 

「これからについては、現地に着いてから一緒に考えよう」

 

『どこの国にします?』

 

「インドネシアはどうだ?」

 

『インドネシア!?』

「ああ」

 

『思いきりましたねぇ』

 

「なんとなく決めた。

適当だ。

俺は無鉄砲なとこがあるからな」

 

『あははは、確かに。

ユノは大胆派ですからねぇ』

「現地集合にしよう!」

 

『パスポートの有効期限は大丈夫ですか?』

 

「あったりまえだろ」

 

『チケット買うお金はありますか?』

 

「あるに決まってるだろ!

子供じゃねえんだから」

 

『よし!

向こうで再会です』

 

「面白くなってきたな!」

 

俺はニヤけてきて仕方がない。

 


 

 

~チャンミン~

 

 

僕は搭乗ゲート前の、ベンチに座っている。

 

​この24時間の間で、3度目だ。

 

ここに到着した時は深夜だったから、数時間ベンチで仮眠をとった。

 

去年、ユノと旅行したバリ島を思い出していた。

蒸し暑い空気と汗ばんだ肌。

​エアコンが効きすぎた部屋からバルコニーへ出ると、湿気交じりの暖かい空気に包まれ、ほんのしばらくホッとした。

開けた窓から、室内の冷気がこちらへ流れてきた。

 

部屋の中央に据えられた巨大なベッドに、ユノが大の字になって寝ていた。

堂々とした寝姿と、猫のように目尻が切れ上がった、美しくも穏やかな寝顔とのギャップが面白かった。

 

白いシーツにくたりと投げ出した手...小一時間前まで僕を愛撫していた指が、夢を見ているのかぴくぴくと動いていた。

 

僕はあの時、こう思ったのではなかったか。

 

この男を絶対に、手放さないと。

 

紙コップのコーヒーを飲みながら、全面ガラスの向こうを見渡した。

 

 

延々と延びる、白くかすんだ滑走路の先のすそが、曙色に染まっている。

 

 

夜明けの空の下、12月のひんやりとした空気を吸う様を、想像する。

 

 

太陽が間もなく姿を現すだろう。

 

ユノと繋いだ手は、二度と離さない。

 

僕はユノと生きていく。

 

新しい僕らの一日が始まろうとしている。

 

 

(おしまい)

 

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